第一部 第六章「破魔の力」
第29話 影から迫る魔術師①
手紙に書かれていた通りに屋上へと向かい、少し重ために作られている扉の取っ手に手をかける。
なんでだろう?
途轍もなく緊張する。
取っ手を握る手がすでに汗まみれだ。
なぜ、緊張しているのか…それは考えなくともわかっている。ロンギヌスのせいだ。
『え、わしのせい?』
そう。俺が罠だと思いたいのに…。こいつがラブレターとか言うから……。
変に意識しちゃったじゃないか!
もう完全に人いや、モノのせいにしながら扉を開けようとすると、ギギィッといった感じの如何にも錆びてますといった音を響かせながら、重い扉が開く。
「さて、誰かいるんだろうか?」
屋上へと出て、辺り一帯を見渡してみるが、夕焼け空が空を真っ赤にしているだけで、誰も居らず、人の気配もしない。
「……」
『お主……』
言うな。ロンギヌス。
『まさか、罠すら仕掛けられんとは……』
言うなよ。悲しくなるだろ?
手紙貰って、何があってもいいように構えて行ったら何もないなんて……。
なんだよ。もうっ!
『まあまあ、お主は……うん。まあ、うん。ね?』
ロンギヌス。君、慰め方が下手くそ過ぎない?
『……いや、だってのう。……うおっ⁉ お主! 喜べ! 罠じゃぞ!』
ロンギヌスの嬉々とした声が頭の中で響いた瞬間、背後から寒気を感じる。
これは…殺気っ⁉
突然感じた殺気に背後を振り返ると、フードを深くかぶった男が黒色のナイフ片手に突っ込んできていた。
『お主、とりあえず、距離をとれ』
分かってるよ。
頭の中でロンギヌスに返事を返しながら、バックステップでいったん距離をとる。
すると、フードを深くかぶった男はまるで、こちらの様子をうかがっているかのように両手に黒色のナイフを構えるだけで動こうとしない。
何なんだ? こいつは……。
「お前は何者だ。なぜ、俺を攻撃しようとした」
「……」
質問するが男はどこ吹く風といったような表情で黙ったままである。
一体全体何なんだよ。こいつは……。
目の前の男は俺が何を言っても何の反応も示さない。
『こやつ……。まさか……暗殺者というやつかっ⁉ 絶対そうじゃの。お決まりの奴じゃ。じゃが、しかし……美少女という線は無さそうじゃの。残念じゃ』
いや、普通は暗殺者が美少女とか無いだろっ!
まったく。ロンギヌス。お前の頭の中はどうなってんだ?
頭の中で響くシリアスぶち壊しの声に対してツッコんでいると、フードから見えている男の顔が少し動いた気がした。
『来るのじゃ!』
了解っ!
「『
瞬時に身体強化の魔術を使い、バックステップでさらに距離を取ろうとしたその時、男が地面に吸い込まれるようにして姿を消した。
消えたっ⁉
周囲を見渡すが男の姿は無い。
気配もしない。
一体どこに……。
『バカ者。慌てるでない』
ロンギヌス?
『これは…恐らく影魔術の“影移動“じゃ。不意打ちに使われやすい。じゃから、目で捉えようとするな。感覚で捉えるんじゃ』
わかった。
目を瞑り、視覚以外の感覚すべてに全神経を集中させる。
「はあ。はあ。はあ」
風の音、自分の息遣い、最近塗り替えたのか分からないが微かなペンキの匂いといった様々な事柄に感覚が反応する。
いつ来る。
分からない。
「はあ。はあ。はあ」
『お主! 来るぞ。後ろじゃ!』
ロンギヌスの声と共に背後に気配を感じた。
来たっ‼
「『
瞬時に右手で剣を想像して、後ろを振り向くと同時に閉じていた目を開き、迫って来ていた黒色のナイフの刃先を剣の腹で受けた……はずだった。
「なっ?」
男の黒色のナイフは剣を透過してそのまま突き進んでいく。
なんで、透過した?
あのナイフ……物質じゃないのか?
『バカ者。考えるよりも避けるのじゃ!』
ロンギヌスの叱責が飛んでくる中、ブリッジのような体制をとって飛んでくるナイフを避ける。
「ふうー。危ねえ。まさか……あのナイフが物質じゃないとか……マジかよ」
ナイフが過ぎ去ったのを確認し、立ち上がって男の方に視線を向けながら愚痴っていると、フードを深くかぶった男はこちらに顔を向けながら何やら考えている。
「……お前が玄野零、か?」
低い男の声かと思えば、機械的な声。どうやら、目の前の男はボイスチェンジャーでも使って話しかけているらしい。
それにしても……なぜ、俺の名前を?
目の前の男はフードを深くかぶっているとはいえ、見覚えが無い。
最初は、ジェスターの手先かと思ったけど、あいつはどちらかというとゼロの方に興味を寄せていたみたいだし……。
うーん。まったくと言っていいほど、目の前の男の目的が分からん。
どうする?
『フフフッ、こういう時はわしの出番じゃな。よし、わしが今から言うことを大声で言うんじゃ』
分かった。それで何て言うんだ?
『「誰だ。そいつは!」』
は?
「は?」
目の前の男は俺の発言に口をぽっかりと開けている。
まあ、仕方がないと思う。言った張本人でさえ驚いているもん。
『どうじゃ、わしの発言は。あまりに予想外過ぎて驚いたじゃろ』
頭の中で大爆笑している少女の声が響く。
ああ。予想外だよ。
……予想外だったよ。
でもさぁ、ロンギヌスさん。場所考えよ?
TPO弁えよ?
『なんじゃ。その言い草はわしが悪いみたいじゃんか』
ああ。悪いよ!
あんたが一番悪いよ。
だって、ほら、あの暗殺者っぽい奴口元ヒクヒクさせてるよ。
絶対怒ってるよ? あれ。
『そんなもん。わしは知らんのじゃ』
クソ野郎っ!
頭の中で流れてくる無邪気な言葉に俺は悪態をつきながら、制服のポケットの中にある本体を叩く。
叩いた瞬間、頭の中で『痛っ』と聴こえてきたが気にしない。
「あははは。さっきはごめんな。俺が……」
目の前の男に慌てて話しかけ、弁明しようとした瞬間……男の笑い声が聞こえてくる。
「フフフ、フハハハハ。ここまでコケにされたのは初めてだ。いいだろう。お前が玄野零だということを認めないならそれでいい。俺は……お前をここで始末する」
フードの男はそう言うと、先程、俺に刺そうとしてきた黒色のナイフを片手に再び襲い掛かって来た。
げっ、すんごく怒ってらっしゃる。
仕方ない。戦うしかないか。
おい。ロンギヌス!
『なんじゃ、バカ者』
サポート頼む。
『……わしの力は使わんのか?』
それも考えたけど……今は自分の力で戦ってみたい。
ジェスターとの戦いからあんまり時間は経ってないけれど……ロンギヌスの力を使ってからというもの少し調子が良い。
だから、少しだけではあるが、成長を実感している。
『……そうか。分かった。やってみるがよい』
ありがとう。
頭の中でロンギヌスに感謝しながら迫りくるフードの男に蹴りを入れようとするが、相手もそれなりに強い。
「『
フードの男は上半身を逸らして俺の蹴りをかわすと、滑り込むようにして自身の陰に潜っていく。
「あっ、また、消えやがった。どこだ」
とにかく、あいつに一撃いれることが優先事項だな。
あの影魔術の対策を早く取らないと、俺の体力が尽きる。
剣を構えながら、もう一度、目を閉じて感覚を研ぎ澄ましていく。
どこだ。どこから出てくる。
緊張からか手汗が滲み、水滴となって剣の柄を伝って地面に落ちていく。
「はあ。はあ。はあ」
『お主! 後ろへ跳ぶのじゃ!』
「っ⁉」
突然、ロンギヌスの声が頭の中に響き、目を開けて後ろへと跳ぶと、さっきまでいた場所を黒色のナイフが通り過ぎていく。
おいおい。マジかよ。
影からナイフを飛ばしてくるとか……反則だろっ!
『お主、のんびりとしている暇はないぞ? 次が来ているのじゃ!』
頭の中で聴こえてくるロンギヌスの言葉に反応して辺りを見渡すと、屋上の日陰となっている部分の様々な角度から黒色のナイフが複数飛んできていた。
噓だろっ!
「よっ! ほ! はっ!」
ルナや明子さんとの修行により身体を柔らかくしていた成果か、うまい具合で飛んでくるナイフの回避に成功する。
「気持ち悪いくらいに避けているな。柔軟性は高いのか……。まあ、そんなことはどうでもいいか。もう。お前。体力切れそうだし」
一体いつ姿を現したのかは分からないが、フードの男は少し離れた所に立つと、そう呟きながら、こちらを見てくる。
「はあ。はあ」
まあ、目の前の男の言うとおりだな。
体力がもう限界だ。
だけど……。
「何言ってんだ? 体が温まってきた頃合いなだけだろっ! ここから先が本番だ」
俺の発言にフードの男は口角を吊り上げて笑う。
「そうか。ここからが本番…か。なら、盛大に持て成してやろう」
フードの男はさっきよりも倍の数のナイフを創り出し、自身の影に投げ入れる。
『お主。危険じゃ。何とかして防御するのじゃ!』
ロンギヌスのうるさい声が頭の中を響いたと思った瞬間、ゾワリッと寒気がする。
な、なんだ。この寒気。
しかも、防御しろって一体……?
寒気の原因を探るため周囲を見た瞬間、四方八方の影からナイフがこちらに向かって飛んできていた。
おいおい。
逃げ場くらい用意してくれよ。
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