第28話 12年前
病室のベッドから起き上がり、オペレーションルームに向かって歩いていく。
向かっている途中、ここで働いている人たちとすれ違うが、皆同じく暗い表情をしていた。
多分、ジェスターの件なんだろうな。
そんなことを考えながら歩いていると、オペレーションルームが見えてくる。
「おっさん」
オペレーションルームに入ってすぐに、入り口近くにいたハリスのおっさんに声を掛ける。
「やあ、玄野君。調子はどうだい?」
ハリスのおっさんはいつものように何を考えているのか分からない笑みを浮かべながら、こちらを見てくる。
いつもなら……嫌な笑みだと思うけど、今回は違うな。
焦ってるとかじゃなくて。何かの覚悟しているような顔だ。
「調子は良いよ。ぐっすり寝てたわけだし。それよりも……おっさん。早く、あいつ……」
「ジェスター=アンドレイという人物について、私が知っている事を全て話せ。ということだろう?」
「……そうだ」
「君ならそのことを聞いてくると思っていたよ」
ハリスのおっさんはにこやかに微笑みながら、そう言った。
「じゃあ……」
「そうだね。話すとしよう。ジェスター=アンドレイという男について。そうだなぁ、まずは、エレベーターに乗ろうか」
ハリスのおっさんはそう言うと、ついて来いといった感じで手招きしてくる。
「わ、わかった」
ハリスのおっさんの後をついて行き、エレベーターに一緒に乗ると、おっさんは1から5階まで存在するエレベーターのボタンを5,3,1、2、4といった順番で押し始める。
「おっさん?」
「玄野君。今から、行く場所の話は誰にもしないでくれ」
ハリスのおっさんがそう言った時だった。
エレベーターがすごいスピードで下へと降りていく。
3,2,1……。
やばい。このままじゃ、ぶつかる!
頭を押さえてしゃがみ込んでいると、隣からハリスのおっさんの笑い声が聴こえてくる。
「あはははは。いや、驚かせてしまってすまない。ただ、安心したまえ。エレベーターが事故を起こしたわけではない。人を来させないようにするために、こういう仕掛けを作らないといけなかったんだ。さて、着いたよ。玄野君。さあ、目を開けてごらん。すごい絶景だろ? ここが『アガルタ』の心臓部にして、我々が守っているモノ。世界樹さ」
ハリスのおっさんの言葉を聞いて、目を開けると、そこは、とても地下とは思えない空間が広がっていて、その中心にはとてつもなく大きな木が生えていた。
すごい。なんだこれは……。
俺が未だに驚いている中、ハリスのおっさんは中心に生えている木に向かって歩いて行く。
「あ、ちょっ」
取り残されそうになりかけ、急いでその後を追っていると、大きな木の前に置かれてある石碑の前でハリスのおっさんは足を止めた。
「ハリス本部長。ここは……」
「私の先祖と私の妻、マリアの墓だ」
マリア?
そういえば、ジェスターの口からそんな名前が出ていたような……。
もしかして、同一人物なのか?
でも、そうだとすると、亡くなっているってことになる。
うーん。どうなんだろうか?
「マリア=イグナートは私の娘、アイリスの母であり、明子先生の弟子でもあった。彼女は誰にでも優しく、弟弟子や妹弟子、明子先生。皆から愛されていた。そんな彼女が自分の兄弟姉妹弟子の中でも、実の弟のようにかわいがっていた子供がいた。その子供の名はジェスター。ジェスター=アンドレイ」
「え? ジェスターって明子さんの弟子だったんですか?」
急な俺の問いに、ハリスのおっさんは目を見開くと、そうだよ。と言った。
あれ?
ということは……明子さんがジェスターを知っていたのはそういう事?
でも、死んだとかどうとか言ってたしな。
「ジェスター、彼は幼い頃、子に恵まれなかったアンドレイ家の者によって弟のマルティンと共に養子として拾われた。そういえば、私が彼と初めて会ったのは、アンドレイ家の者が挨拶に来た時だっただろうか? 彼は養父の後ろに隠れるほど人見知りな子であった。そうだなぁ、あの時は普通の子供だったんだよ。周りになじめないだけの普通な子。今じゃ考えられないだろう? 玄野君」
ハリスのおっさんはそう言うと、悲しそうに笑っていた。
「そして、拾われて2年が経ち、彼が8歳になった時だっただろうか? 彼の才能を目にした明子さんが彼を弟子にしたが為に、彼は注目を浴び、いつしか“神童”と呼ばれ始めた。だけどね。それと同時に彼は孤立してしまった。マリアはそれを見て、我慢出来なかったんだろう。まるで弟の世話をするような感じで彼の世話をし始めたんだ。少し嫉妬したよ」
ハリスのおっさんはそう言うと、当時を思い出しているのか、少しむっとした表情をした後、ハハッといった感じで笑い始める。
「……」
おっさん。子供相手に嫉妬はないわ。
そんなことを思っていると、いつの間にか顔に出ていたのか、ハリスのおっさんはコホンっと咳をして、話の続きを話し始める。
「彼は最初、マリアのするお節介をとても嫌がっていたんだ。だけどね。時間が経つにつれて、彼もマリアを認め始めたのか、段々、本当の家族のように接し始めたんだよ。あの日が来るまでは……」
「あの日?」
「玄野君。君は12年前のことを覚えているかい?」
俺の問いかけに応えるように、ハリスのおっさんは12年前について聞いてくる。
12年前。
忘れるはずもない。
「はい。あの災害ですよね。何万人もの人が亡くなったっていう」
俺がすぐに答えると、ハリスのおっさんはどこか驚いた顔をし始める。
「どうかしましたか?」
「いや、すぐに答えられると思ってなかった。だって、12年前って言ったら君は5歳かそこらだろ? 普通は考えるものなんだよ。こういうのは……。まさか、誰かあの災害の被災者が身近にいたのかい?」
「……ええ。家族に一人」
「そうか、それは災難だったね。まあ、今、その話は置いておこう。では、本題に戻るよ。12年前。あの災害が起きる瞬間、この世のモノとは思えない程のでかい魔力の衝突が感知されたんだ。それはあまりにも凄まじく、私は妻を本部に残して、数少ない魔術師たちとともに調査に赴いたんだ。だけど、それが間違いだった。もう少し、戦力を本部に残しておくべきだった」
ハリスのおっさんは当時を思い出しているのか、とても悔しそうな顔をし、墓を眺めて、涙を流す。
「私が調査を終えて、戻ってくると、妻と娘の姿がなかった。私は慌てたよ。何かあったんじゃないかってね。それで、探し回ってようやく見つけた時には、1人で泣いている幼いアリスと霊体となったマリアがいたんだ。マリアは私を見るなり、近寄って来て『ごめんなさい。あなた。私は、私は……ジェスターを、彼を信じてしまった。私が一番彼の近くにいたのにもかかわらず、彼の本質を見抜けなかった。ごめんなさい。これは私の罪なの。ごめんなさい。あなた。娘を頼みます』そう言い残すと、消えてしまった」
ハリスのおっさんはそこまで言うと、ポケットからハンカチを取り出して、涙をふき取る。
「まあ、そんなことがあり、ジェスターが生存している可能性も、死んでいる可能性なかったがために、ジェスター。彼は死んだとされていた。つい最近までは……。それにしても、すまないね。玄野君。こんなことに巻き込んでしまって」
ハリスのおっさんはそう言うと、深々と頭を下げる。
「頭を上げてくれよ。おっさん。俺が魔術師として生きる道を望んだんだ。だから……あんたが悪いわけじゃないし、いつもみたいに意地悪なおっさんじゃないとなんか、気持ち悪い」
「ハハッ、ひどいなぁ。でも……玄野君。君らしいね」
ハリスのおっさんはフッと笑うと、次の瞬間、まじめな顔になっていく。
「君に頼みがある。どうか……」
・・・
「れ…くん!」
誰かが俺を呼んでいる。
「零君! 起きて!」
「雫? なんで、……ここに?」
「いつまで寝ているの? もう放課後だよ!」
雫にそう言われて、窓を見ると、夕日で空が真っ赤に染まっていた。
ああ、もう放課後か。帰らないと……。
「雫、起こしてくれてありがとう。爆睡してた」
「もう。あんまり寝ないようにね。夜寝れなくなるよ! じゃあね。また、明日」
雫は頬を膨らませて怒った後、ニッコリと笑って、教室を出て行く。
「さて、俺も帰るか」
椅子から立って背伸びをした瞬間、引き出しから何かが落ちてきた。
なんだ?
これ……手紙?
引き出しから落ちてきたそれは、どっからどう見ても手紙であった。
……罠っぽいなぁ。
まあ、開けてみるか。
手紙を開けて中の内容を見ると、きれいな文字で『屋上で待ってます』そう書かれていた。
この字は絶対にアリスのじゃないな。
あいつ。少し汚いもんな。
じゃあ、誰のだろうか?
なんか、明らかに罠っぽいけど……。
『お主。恋文か? 恋文なのか? よし、行こう。早く行こう。いざ、行こう!』
分かった。分かった。
分かったから、引っ張るのはやめろ。
制服が破ける!
『やったのじゃっ‼』
寝起きの頭の中に鼻歌が響く中、重い足取りで屋上へと向かうのであった。
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