第27話 不安
「はあ」
学校の窓から見える青々とした空を眺めながらため息をつく。
ジェスターとの戦いから、もう1週間もの月日が経っていたが……。
あの戦いで全てが終わったわけではなかった。
ふと、アリスの座っている席に視線を向けると、そこは空席になっている。
あの戦いの後、ルナは意識不明の重体、アリスは全治1か月の怪我を負い『アガルタ』で入院しているのだ。
あの戦いで思い知った。
魔術師という生き方の過酷さを……。
俺も、もしかしたら死ぬかもしれない。
だから、後悔しないように生きないといけない。
そのためにも……。
「零君? ため息なんてついてどうしたの? 何か悩み事があるなら聞こうか?」
雫が心配そうにしながら声をかけてくる。
顔に出ていたのか?
「いや、何でもない。大丈夫だよ」
俺はニッコリ笑ってそう答えると、雫は一瞬、少し怒ったような表情を見せると、すぐに何もなかったかのようにいつものニッコリとした表情へと戻っていく。
「零君。無理はしないでね」
「分かってるよ」
「……そっか」
雫は悲しそうな表情を浮かべて自分の席に戻っていく。
ああ、ダメだな。こんなんじゃ……。
絶対に後悔する。
そんなことを考えていると、頭の中で少女の声が響いてくる。
『暗いのう。しゃきっとせんか。しゃきっとっ! お主はあの女子の事が好きなのだろう? なら、早く気持ちを伝えい!』
別にっ!……好きではある。
『ならっ‼』
だけどさ。もし、俺が死んでみろ。
残されたあいつが苦しむだろ。
『優しいのう。お主は……』
分かったのなら……。
『でも、死ぬ気の者と生きる気の者。お主はどちらの方に力が宿ると考える?』
そりゃあ……。
生きる気の方に決まってんだろっ!
『フフッ、分かっておるのなら話は早いっ! 告白じゃっ!告白』
……そうだな。
制服のポケットで微妙に動いている破片を叩くと、俺の席から離れていく雫の手を掴んだ。
「零君⁉ ど、どうしたの?」
流石に急に手を掴まれて驚いているのか、雫はあたふたとしていた。
「ごめん。雫。今度……」
「今度?」
「今度、一緒にどこかに行かないか?」
俺の言葉に雫はきょとんと首を傾げると、次第に満面の笑みになっていく。
「うん。今度! 絶対に行こうね」
この笑顔を守るためにも俺は……絶対にジェスターを倒してみせる。
そう心の中で誓いながら、俺は……ジェスターと戦った後の事を思い出していた。
・・・
時は1週間前、ジェスターを倒した時まで遡る。
ジェスターの首が胴体から離れ、地面に落ちていった瞬間、ルナも同時力尽きたように倒れる。
「ルナ!」
今にも倒れそうな身体に鞭をうち、ルナに近づいていくと、さっきまで感じていた恐怖が消え去っていた。
戻ってる?
いや、そんなことよりも……。
「ルナ! 大丈夫か!」
「慌てなくともその小娘はただの魔力切れだ。ほら、呼吸はしているだろ」
俺が慌てていると、仮面の男が冷静にツッコんでくる。
ホントだ。
呼吸はしている。
「良かった」
一瞬死んでしまったのかと思った。
それにしても……あの姿は一体?
ルナのいつもとは違う姿について考えていると、仮面の男はジェスターの死体に近づいていく。
「そういえば、ジェスターはもう死んだのか?」
「ああ、こいつは死んだ。だが、これは……」
仮面の男は俺の質問に答えるが、その声はどこか悔しそうに感じられる。
「どうかしたのか?」
「これは奴の分身だ」
仮面の男がそう言うと、ジェスターの首に剣を突き刺した。
すると、剣を突き刺した首だけでなく、首から上を失って倒れていた胴体も小さな紙きれへと姿を変えていく。
「この人型から考えて、写し見の術だな。本体はまだ生きている」
仮面の男が今までジェスターだった人型を拾いながら、そう告げた時であった。
『さすが血塗れ君だよ』
この世で最も聞きたくない不快な声が頭の中に響いてくる。
「ジェスター!」
「静かにしろ。どうせ、聴こえてない。これは、人型を使った条件式の置換式魔術だ。恐らく、
「そんな!」
『多分、今頃、この声がなぜ聞こえてくるのかなんて説明しているんだろうね。まあ、そんなことはどうでもいいや。僕が言いたいのはここからだからね。血塗れ君はもう知っているかも知れないけど僕は今、神霊教会という組織のリーダーをしていてね。今、血塗れ君の大嫌いなことをしようと模索している所だよ。時が来たらまた遊ぼうね。じゃあ、バイバイ』
ジェスターの声はそこで終わり、人型は役目をもう終えたといった感じで灰となって消えてゆく。
「クソッ!」
仮面の男は近くにあった木を悔しそうに殴る。
ここまでの犠牲が出たのに……。
やっと、キメラを生み出している奴を倒したというのに……。
その倒した奴が分身だったとか、そんなのアリかよ。
暗い雰囲気に包まれる中、背後から明子さんの声が聴こえてくる。
「落ち込むよりもまずは、救援を呼ばないといけません。玄野君。本部へ連絡をお願い出来ますか?」
後ろを振り返ると、満身創痍な明子さんが近くにあった木を支えにしながら、立っていた。
「明子さん。……了解」
明子さんの指示通り、本部に連絡していると、明子さんと男の会話が聞こえてくる。
「それで、あなたはこれからどうするんですか? 仮面の魔術師」
「俺はあいつを……。ジェスターを追う。あんたらとは敵対はしない」
「そうですか。残念です。あなたのような魔術師なら“導師”にだってなれたのに」
「そうか。それは損したな」
「なら」
「だが、俺にもやらないといけないことがある。すまんな」
「そうですか」
明子さんの悲しそうな声が聞こえたと同時に本部への連絡も終わり、俺は2人に近づいていく。
「連絡は終わったか。少年」
「ああ、終わった」
そう答えると、仮面の男は仕事は終わったと言わんばかりに、森の奥の方へと歩き始める。
「待ってくれ。最後に1つ聞いていいか? あんたの名前を教えて欲しい」
俺がそう言うと、男の足がピタッと止まる。
「仮面の魔術師じゃダメなのか?」
「だって、あんた。仮面の魔術師とか血塗れとか言われるの嫌そうだったじゃないか」
仮面の男の問いに俺がそう答えると、仮面の男の方からフッと笑い声が聞こえてきた。
「そうだな。じゃあ、ゼロとでも呼んでくれ。じゃあな。少年」
仮面の男がそう言って、去って行ったと同時に、上空からヘリコプターの音が聴こえてくる。
やっと、終わったのか……。
緊張が抜けて、足に力が入らなくなっていく。
あれ、身体がうまく動かない。
やばい。このままだと地面にぶつ……か…る……。
倒れそうになっていた俺の身体を誰かが支えた。
一体誰が……。
「お疲れ様。玄野君」
薄れゆく意識の中、ハリスのおっさんの声が聴こえてきたのであった。
・・・
次に目が覚めた時、俺は『アガルタ』の病室のベッドに寝かされていた。
「な、なんで?」
だけど、目の前の状況に混乱する。
「玄野君。目が覚めたかい」
「なんで、ジェスターがいるんだ!」
俺がそう言うと、目の前のジェスターは呆れた顔をし始める。
「はあ、玄野君。僕だよ僕。マルティンだよ」
「え、あっ、マルティン先生?」
マルティン先生は俺の反応を見て溜息をつき始める。
「そうだよ。あと、ジェスターは僕の兄さ」
「ジェスターがマルティン先生の兄? そうだ。マルティン先生!」
マルティン先生なら、知っているはず、アリスとジェスターの関係を……。
「なんだい? ジェスターに関することだったら緘口令が出されているから僕は何も言えないよ?」
マルティン先生は先手を打つようにそう言ってくる。
「なんで……」
「会長からのお願いさ。後は会長に聞いてくれ。僕はこれ以上何も言えない。それと、一応異常は見られないからもう退院していいよ」
マルティン先生はそう言い残すと、病室から出ていった。
「一体何を隠しているんだよ」
一人だけになった病室の中、俺の声が虚しく響くのであった。
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