第31話 影を燃やす青き炎

「はあ。はあ。はあ」

息も切れ切れになりながら、左手に持った剣を杖にしてよろけそうな体を支える。


『お主、大丈夫かの?』

頭の中で心配そうなロンギヌスの声が聴こえてくる。


ああ、なんとか。

……でも、さすがに体力がもう…もたない。

どうやって、あいつに勝つか……。


ロンギヌスと会話しながら、目の前の男に勝つ方法を探していると、目の前から拍手する音が聴こえてくる。


「さすがだな。玄野零。見事だった。だが、お前には大きく分けて2つの敗因がある。1つは」

目の前のフードの男はそう言いながら、空を指さした。


空?

まさか……。


「気づいたようだな。そう。時間切れだ。ここら一帯は夜になっていくと灯りが点くようになっている。つまり、影も増える。今より倍の数に近い魔術がお前を襲うだろう。そして、2つ目は」

フードの男はそう言いながら、自身の影から糸を取り出す。


来るのか?

「ロンギヌスっ‼」

『了解なのじゃ』

頭の中でロンギヌスの声が聴こえた瞬間、俺の影から出てきた糸が塵となって消えた。


良しっ!

次は……。

そう思って視線をずらした瞬間、腹に衝撃がくる。

「がはっ」

「その技は強力ゆえに多発して使えない。つまり、フェイントに弱いということだ」

声が聴こえてきた方向に視線を向けると、そこにはフードの男がいた。

「ゲホゲホッ!」


なんで?

糸を精密操作している時は……動けないんじゃないのか?


「不思議そうな顔をしているな。……お前、まさか俺が糸を操っている時は動けないなんて思っていたのか?」

「……違うのか?」

俺の言葉にフードの男は、残念だ。と口にすると、ナイフを俺の陰に向かって投げる。


「『Shadow bind影縛り』」


身体が動かない⁉

フードの男が何かを唱えた瞬間、身体が金縛りにでもあったかのように動かなくなる。


この術……まるで、ゼロのようだ。

全く体が動かせない。


「チェックメイトだ」

目の前に立つフードの男はそう言いながら、俺の首を掴み持ち上げると、影から伸びてきた4本の糸で四肢を貫き、磔のような状態で固定する。


「がはっ!」

クソ痛てぇ。

でも、負けるわけには……いかないんだ。

ここで負ければ、あいつジェスターに勝つことなんてできねぇんだよ。


「はあ。はあ。『Stone bullet石弾』」

持っていた剣を捨て、最後の力を振り絞って左手を前に突きだし、石弾を飛ばすが……。


「悪あがきか?」

フードの男に当たる寸前でかき消される。


そんな……噓だろっ。

なんで……。


『あれは……闘気じゃ』


闘……気…?


『そうじゃ。あれは、魔力と反対に位置する力で、魂の力じゃ。長時間扱えば命を削る代わりに魔を全て打ち消し、身体能力を上げるという…言わば、諸刃の剣みたいな力じゃ』


何だよそれ……。

そんなの……勝てるわけないじゃん。

くそっ!


「まあ、強さとしてはそこそこか」

フードの男は残念そうな声でそう言い残すと、背中を向けて何処かへと歩いて行く。


ああ、くそっ。

「ま…て……」

伸ばした左手に力が入らなくなっていく。


『お主、大丈夫か! しっかりするのじゃ!』

ロンギヌスの声が遠く聴こえてくる。


……もう。ダメなのか。


・・・


「何、諦めてんの?」

暗い世界の中、誰かが話しかけてくる。


別にいいじゃんか。ほっといてくれよ。


「へえ~。そう。まあ、いいけどね。でもさぁ、あれだけ勝つとか言っておきながら急にどうしちゃったの?」


お前には関係ないだろっ!

話しかけんなっ!


「関係あるよ。だって……僕は君だから」

誰かの声がそう言った瞬間、目の前の暗闇から俺が出てきた。


・・・


ドックン!

大きな心音が鳴り響く。


ドクンッ! ドクンッ!

身体の奥深く、心臓の中で種火は……より大きく。より強くなっていく。


『なんじゃ? この鼓動は……お主。まさか……』

「なんだ? この波動は? まさか……開花したのか?」

「……」


身体が熱い。

まるで燃えているようだ。

でも、熱さなんて今はどうでもいい。

とにかく……目の前にいる敵を……倒すっ!


フードの男の元まで瞬時に移動し、男の顔を殴りつけるが、男は驚いた顔をしながら衝撃を後ろへと逃がしていた。


ダメだ。

この調子ではあいつを倒せない。

もっと早く!

もっと強く!


地面を強く蹴り、男の懐に入り込む。


次は絶対に……逃がさないっ!

「『Form change形態変化 mode Gauntletガントレット』」

『お主、待つのじゃ。これ以上……その力を使うでない』


敵に早く……止めをっ!

「『其は全てを覆い、厄災を遠ざけるもの。四方結界』」

瞬時に呪文を唱え、フードの男を結界で閉じ込める。


「結界? 何をする気だ」

「『Flame break青炎撃』」

青い炎を纏わせた一撃が結界ごとフードの男の顔を殴りつける。


「ぐがっ」

「……」


・・・


Side:フードの男


俺は不思議な光景を目にしていた。


影糸と影縛りで致命傷寸前レベルのダメージを与え、意識を刈り取ったはずなのに……。

なぜ、こいつは動けるんだ?


何がお前を……闘気の開花まで導いた?


目の前には炎を纏った拳を握り、白目をむいたまま動いている男がいる。

傷口から青色の火を噴きだし、ただただ俺を攻撃してくる。


こいつ……気絶しているのに、ずっと、闘気を使い続けてる。

しかも、さっきまで剣だったのがガントレットに変形している。

それに……一撃一撃が全て重い。


このままだと……俺やられる。

どうする。


「『其は全てを覆い、厄災を遠ざけるもの。四方結界』」

若干焦り始めたその時、目の前の玄野零が白目をむいたまま四方結界の呪文を唱え始める。


「結界? 何をする気だ」


まさか……この結界は……。


「『Flame break青炎撃』」

玄野零はそう言うと、結界ごと俺の顔を殴りつけてくる。


俺の影魔術を封じる為の術か⁉


「ぐがっ」

重いっ!

だが、これ以上の戦闘は……奴にとっても危ないはず……。

なのに……なぜ、お前はそうやって平然と立っているんだ。

玄野零っ!


目の前にいる男、玄野零は荒い呼吸をしてフラフラとした足取りをしながらもこちらへと向かってくる。


そうか……。

お前はあの戦いで……。


「お前が開花して調子に乗っているのかは知らないが……。俺はお前を今から本気で叩き潰す」


だが、俺もお前に負けるわけにはいかないっ!


「……」

「見よっ! これが闘気と魔術の合わせ技だ。『影纏い Black shadow黒影の feather knight羽騎士』」

俺が呪文を唱えた瞬間、全身から黒いオーラが放出されていき、黒色の鎧と堕天使のような黒い翼が形成されていく。


久しぶりの本気だな。

もって3分ってところか。

まあ、十分だろう。


「『Shadow feather影羽』」

背中の翼を羽ばたかせて、ナイフのように鋭く尖った羽を辺り一帯にまき散らすが、玄野零に当たろうとした瞬間、辺り一帯に煙が蔓延していく。


さすがにこれで、倒せたとは思ってない。

どうせ闘気で無効化しているだろう。

そうとなると……すぐに奴は……攻撃に転じてくるよなっ!


辺りに玄野零の闘気によってまき散らされた煙が蔓延している中、俺は上空へと飛行して相手の出方を待つ。


すると、すぐに……煙に影が見えてきた。


来たっ!


「……っ‼」

玄野零も気絶していながらこちらに気づいたのか、火力を強化してこちらに殴りかかって来る。


奴に魔術は今、効かない。

だけど……。

「闘気の力ならお前も防御は出来ないだろ? 玄野零っ‼」

黒いオーラを纏った一撃で目の前の男、玄野零を殴りつけるが……。


「ぐがっ‼」

「……っ‼」

お互いにクロスカウンターを決める形になってしまい……地上へと墜ちる。


さすがに……奴もこれで……。

チラリと玄野零の方に視線を向けるが、奴はまだ動いている。


頑丈過ぎないか?

まあ、いい。

次で終わらせるっ!


体勢を立て直し、上空から玄野零のいるところへと急降下していく。


「もう寝ろっ! 玄野零っ!」

「そこまでじゃ。2人とも」

突然、その声が聞こえたと同時に術が強制解除される。


「……爺さん」

「海よ。熱くなり過ぎじゃ。もうこ奴は完全に意識を失っておる」

突然、現れた老人は術も解け、動かなくなった玄野零の腕を持ち上げ、プラプラと遊んでいた。


「はあ。分かってるよ。爺さん」

着ていた服に付いた汚れを叩いて落としながら、老人に近づいていく。


「それで? どうするんだ? そいつ。俺が本部に持って帰るのは嫌だぞ」

重いし、疲れるし……。


「はあ~。わかった。わかった。わしが担いでいくからそんな顔をするな。海」

老人は溜息を吐くと、玄野零を米俵でも持つかのような担ぎ方で担ぐ。


「それにしても……面白いもん見させてもらったのじゃ」

「爺さん。そいつの師匠。確か……“不老”の明子だったはずだから……弟子にしようなんて考えると喧嘩になるぞ?」


多分、この流れだとそんなことを考えているんだろうな。

この爺さんのことだし。


俺が喜ぶ老人に対して先手を打つと、老人はバツの悪そうな顔をする。


「明子ちゃんの弟子かぁ~。いや、何とかなるかもしれんな」

老人はニヤリと笑うと、鼻歌を歌いながら転移魔術で何処かへと飛んで行った。


この老人が零の人生をまた一つ狂わせてしまうのだが、今の零にはそんなこと知る由もなかった。

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