第一部 第五章「森の中での激闘」

第20話 噂

昼休みになり、教室内が騒々しくなる中、俺は机の上で寝そべって死んでいた。


「大丈夫? 零君」

雫の声が聴こえてきて机から起き上がると、目の前で雫が心配そうにこちらを見ていた。


「あ、ああ。うん。大丈夫だ。問題ない」

「ほんとに? 最近、辛そうだよ。大丈夫?」

雫は心配そうに俺の顔を覗き込んで来る


完全に噓ってバレてる。

雫のこういうところには敵わないなぁ。

幼馴染の勘の鋭さに少しだけ恐怖を覚えつつ、俺は……。

「……ああ。大丈夫。少し疲れているだけさ。だから、寝ていれば治る」

幼馴染の優しさを裏切った。


「……そう。じゃあ、何か困ったことあったら相談してね」

「……うん」

ごめん。雫。

心配してくれている君に対して俺は……必要なことを喋らなかった。

本当は全て話したい。

だけど、俺が魔術師だということは口が裂けても言えないんだ。

ごめん。


罪悪感に塗れながら、1週間前の事を思い出していた。


・・・


時は1週間前に遡る。


「今日からあなた達の修業をつけることになりました」

目の前で明子さんが爆弾発言をする。


「「……」」

「それで、今から私と模擬戦してもらおうと思います。準備はいいですか?」

俺とルナは明子さんの余りにも突然の爆弾発言に呆然としていると、明子さんがニッコリ笑顔で話を進め始める。


え?

いきなり模擬戦ですか?

噓ですよね?


「あの少し休憩を……」

「あなたは敵が前にいても同じことが言えるのですか?」

「はい」

説得を試みるが、失敗に終わってしまう。


「では、2人同時にかかってきてください」

明子さんはニッコリと微笑むと、目をつぶった。


目を閉じた⁉

……ハンデといったところか?

ふっざけんなよ!


「ルナ。いくぞ!」

「うん」

ルナに合図を送り、ルナは前へ、俺は後ろへと下がる。



「『Stone bullet石弾』」

牽制として右手を前に突き出して、魔術で石つぶてを生成し、弾丸のような速度で明子さんに向かって飛ばす。


これだけじゃ倒せないだろうけど。

牽制にはなるはずだ。

この隙にルナが攻撃すれば多少は……。


俺はこの時、甘く考えていた。

目の前にいるのが、どういう存在なのかも知らずに……。


「はっ!」

ルナが俺の魔術に合わして、鋭い突きを放った次の瞬間、明子さんはニッコリと微笑んだまま、飛んできた石つぶてを片手で握りつぶすと、もう一方の片手の小指でルナの槍の突きを止め、ルナの横腹を蹴り飛ばす。

「うぐっ」

「ルナ!」

「叫ばなくとも次はあなたの番ですよ」

苦悶の表情で修練所の壁際まで飛ばされていくルナの姿を目にしていると、背後から背筋が凍りそうなくらい冷たい明子さんの声が聴こえてくる。


噓だろっ!

まさか…今の一瞬で……背後に⁉

本当に人間かよ。

早すぎるだろ。


「くっ、『Earth sword大地の剣』」

すぐに剣を生成して、後ろを振り向くが……誰もいない。


どこだ!

どこへ消えた?


「……後ろですよ」

その声が聞こえたと同時に、剣を防御に回すが、間に合わず、明子さんの一撃を腹に食らって修練所の壁際まで蹴り飛ばされる。


「ぐはっ!」

衝撃が内臓まで届いてやがる。

内臓に衝撃が伝わったせいか、口の中で血の味が広がっていく。


やばい。

立たないと……。

必死で立ち上がろうとするが、先程のダメージがあまりにも大きかったせいか、脚に大して力が入らない。


微妙にぼやけつつある視界から明子さんが近づいてくるのが見える。


立ち上がらないと……。

意識が薄れつつある体に鞭を打って、最後の力を振り絞り、魔力を全身に回す。

「はあ。はあ。『Strengthening the身体強化 body』」

ズキリッ!

身体を無理やり動かしているせいか、全身の筋肉が悲鳴を上げ始める。


あと少し、あと少しだけ。


「うおおおおぉぉぉ!」

拳を力いっぱい握りしめ、目の前にいる明子さんに振り下ろすが……。

拳は明子さんをすり抜けていく。


「なっ⁉」

「……残像ですよ」

背後から明子さんの声が聴こえてくると同時に首筋に鈍い痛みが走る。


どうやら、あの首トンというやつをやられたようだ。

意識が次第に遠のいていく。


「うーん。まあ、及第点といったところでしょうか? それにしても、新人がこれほどとは……。ふふふふ! これはとても教え甲斐がありそうですね」


意識を失う直前、微妙に寒気を感じた気がしたのだがこの時は気のせいだと思っていた。


・・・


その後、俺は3時間後に意識を取り戻した後、ルナと何故かアリスも一緒にオペレーションルームに集められ、明子さんが考えたとかいうやつをやらされることが決定した。


ハリス本部長は「これは未来ある若い魔術師たちを強くするため(以下省略)」なんて言葉を目をそらしながら話していた。


もし、今の自分がいるならきっと、「目をそらすな! 目を!」なんて言っていたことだろう。

しかし、俺たちはその過酷さを分かっていなかった。


この一週間、俺は『魔術抵抗の足枷』の他に『軽減魔術付与の重り』という魔力を通して、軽くしておかないと5㎏の重さが全身にのしかかるといった悪夢のような道具をつけさせられて1キロぐらいランニングさせられたり、100メートル泳がせられたりした。


ルナとアリスは何をしたのかわからないが、死んでいたので、なんとなく理解した。

ちなみに今、俺の近くにはルナがいない。

『アガルタ』でお留守番中だ。


アリスの方は……机にうつ伏していた。

疲労混倍なのだろう。


かわいそうに……。

まあ、俺も人のことを言える余裕はないが。


そんなことを考えながら、机にうつ伏して死んでいるアリスの方を見ていると、


「なあ、零! 聞いたか? あの噂!」

元気いっぱいの隼が俺の机の前にやってきた。


君の元気分けてほしい。

それよりも……。

「噂?」

「ああ、実はなぁ。隣のクラスの奴らしいんだけど、近くの森で肝試ししたらしいんだよ。そしたら、急に幼い子供の泣き声が聞こえてきて……」

隼は恐怖を誘うような口調で喋り続ける。


「その声の正体を探ろうと近づいた瞬間、ドンッ! 後ろで何かが落ちてくる音がするんだ。そいつらが恐る恐る後ろを振り向くと、化け物が立っていてこちらを睨みつけていたらしいんだ。どうだ? 面白い話だろう? バケモノなんているはずもないのにな」

隼は喋り終わるとニコニコしながら、バカだよなぁ。なんて口にしていた。


バケモノ⁉

その話が本当だとすれば……。

俺はふとアリスの席に視線を向ける。


アリスは未だに机にうつ伏したままではあるが、耳だけは動いていた。

器用だな。あいつ。

まあ、一応、後で本部の方に報告しておくか。

そしたら、今日の修行は絶対にない!

あ、やばい。キメラが天使に見えてきた。


そんなアホなことを考えながら、まだまだ続く隼の話に耳を傾けていたのであった。


この後、どんなことが起きるのかも知らずに……。

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