第18話 それはきっと…憧れ
Side:アイリス=イグナート
廃病院での事件から1ヶ月。
風の噂によれば……玄野君。その事件で大怪我を負ったそうじゃない。
学校にはいつも来ているからもう治ったのかもしれないけれど……。
大丈夫なのかしら?
そんなことを考えながら、オペレーションルームに向かっていると、誰かが会話している声が聞こえてくる。
「おい! あの新人、見てみろよ。あいつ……。さっきから何回も倒れているのに笑顔で立ち上がってやがる」
「おお。すげえなぁ。そういや、あの新人。あれだろ。確か……一か月くらい前にあった事件のミッションに参加してた奴だろ?」
「一か月くらい前っていえば、あれの事か? ブラックリストに登録された魔術師を討伐するだけのミッションのはずなのに……情報の中にはなかった完全体に成りかけの
どうやら、『アガルタ』のスタッフ達が修練所を暇つぶしに覗いているようだ。
一体、誰を見ているんだろう?
今、事件となったミッション参加者って言っていたから玄野君ことかしら?
「あなた達……何をしているの?」
修練所を覗いている2人の男性スタッフに声をかける。
「あっ、これはアイリス様! すみません! 仕事に戻ります! いくぞっ!」
「あっ! ちょっ!」
スタッフたちは私の顔を見ると、顔を青くして逃げるように去っていった。
どうやら、仕事をさぼっていたようだ。
「あぁ、待って……って、もういない」
逃げていく彼らを止めようとするが、間に合わない。
どうしよう?
「さすがに覗くのはちょっと……ダメな気がする」
魔術師は基本的に秘密主義の人が多い。
だから、魔術師同士で手の内を見せあう事なんてめったにないし、魔術の練習をしている者がいた場合、他の魔術師はあまり見ないようにしてあげるというのが暗黙の了解である。
とはいえ、一般的な魔術師は結界を張って練習するから、見ようにも見れないのだけど……。
でも、気になる。
うーん。少しだけ。少しだけなら良いよね。
心の中で自分の行動を正当化しつつ、修練所の中が見える窓に近づいていく。
すると、修練所には、先程まで考えていた男の子、玄野君といつも彼の隣にいる少女、ルナがいた。
彼らは手合わせをしているようで、何度も何度もぶつかり合っていた。
だが、ルナちゃんの方が強いからか、玄野君は何度も何度も吹き飛ばされていた。
まあ、当然の結果よね……。
そう思っていると、玄野君はフラフラしながら立ち上がってはルナちゃんに再度挑み、やられていた。
また、やられた。
だけど、また、彼は立ち上がる。
そして、また、彼女、ルナちゃんの方へと向かって走って行き、吹き飛ばされていた。
ねえ。なんで?
なんで何回も立ち上がるの?
絶対に勝てないでしょ。
気がつけば私は窓に張り付いてその光景を目にしていた。
何やってるんだろう……私。
そろそろ自分の仕事に戻らなくちゃ……。
そう思いその場から離れようとした瞬間、
「アリス。何をしているんだい?」
後ろから父の声が聴こえてくる。
「……お父さん」
「へえ。玄野君とルナちゃんの手合わせか……。噂には聞いていたけど、すごいねぇ」
父は私の隣まで来ると、窓から見えるその光景を見て、楽しそうに笑っていた。
「すごいですね。勝てない相手を相手に何度も立ち向かおうとするなんて……」
「本当にそう思うかい? アリス。私は今日までの彼の行動を見ているとそうは思わないんだけどなぁ~」
「それは……どういう?」
どういう意味なんだろう?
父が言いたかった事を考えていると、父は今もなお吹き飛ばされ続けている玄野君の方を指さした。
「私にはねえ。目があるんだ。この『アガルタ』で起きたこと全てを監視できる目が。だから、誰がどういう事をしたのかという情報は全てわかるんだ。まあ、その中でも彼、玄野君の動きはとても面白かったよ。なんせ……ぷっ、あはははは」
父は何故か急に笑い出した。
玄野君。君は一体何をしたの?
「えーと。それで、玄野君は何をしたんですか?」
「あははは。ごめん。ごめん。つい思い出し笑いしちゃったよ。玄野君はね。あの事件で大怪我を負って、緊急ということで、この『アガルタ』で治療および入院をしていた事は報告書を通してもうアリスも知っていると思うけど、その入院中にね。無理やり魔術を使用して魔力回路を焼き切ったり、何を思ったのか病室から抜け出して図書館に引きこもりマルティンに見つかって説教されたり、怪我が治った途端、病室で筋トレを始めて筋肉痛で苦しんでいたりと様々なことをやっていたね」
「……はあ」
玄野君。君はバカなのか。
バカなのか?
彼の行動に呆れていると、父は再び玄野君の方を指さした。
「まだ、他に何かあるんですか?」
「アリス。玄野君の足首を見て見なさい」
私はお父さんの言葉通りに玄野君の足首に注目する。
すると、彼の足首には枷がつけられていた。
確かあれは……『魔力抵抗の足枷』という魔道具だったはず。
効果は確か、装着者の魔力の流れを妨害してその妨害した分、重くなる……ってあれ?
なんで、そんなデバフ効果が発生するものを身に着けているの?
「あれはね。怒ったマルティンが無理やり着けた物なんだけどね。どうやら、玄野君はあれがとても気に入ってしまったらしくてね。外せって言われても着けたままでいるんだよね」
「……」
ダメだ。もう意味が分からない。
玄野君。君、何やってんの?
頭からプシューっと煙が出そうになるのを抑えつつ、一旦頭を整理しなおす。
「玄野君が奇行に走っているのはわかりました。ただ、余計に分からなくなることが一つ。彼は一体何がしたいのでしょうか?」
「そうだね。じゃあ、アリス。君は人間がいつ強くなろうと思うか知っているかい?」
父は顎に手を当てて何かを考えると、私に質問してきた。
いつ、強くなろうと思うか……。
「誰かに負けて悔しいと思ったときでしょうか?」
「それも確かに正解ではあるんだけどね。他に一番大切なことがあるんだよ。それは、あこがれの存在が出来た時さ。敗北もこれがなきゃ意味が無い」
あこがれの存在……か。
「それより、見てご覧。玄野君は今からルナちゃんに一本取るよ」
突然の父の発言に私は考えることをやめて、窓から玄野君の姿を見る。
すると、彼は修練所の床に手をつき始めた。
さすがに体力が尽きたのかしら?
私は彼のその姿を見て、そう思ってしまった。
だけど……。そうじゃなかった。
彼は床から歪な剣を作りだすと、ルナちゃんの方へと向かって行く。
すると、ルナちゃんは槍でその剣を受け止め、はじき返した。
彼は手に持っていた剣を手から離して、槍を蹴り上げるが、槍で足を叩き落されてしまう。
頑張ったけど、さすがにもう無理かな。
私がそう思った時だった。
彼が最初に立っていた修練所の床から石つぶてが発射される。
ルナちゃんはあまりに突然のことに驚いたのか、防御が間に合わず、喰らってしまっていた。
「ハハハハハッ! どうだい? 彼、面白いだろう?」
「……そうですね」
私も彼らに負けてられない。
……強くならないと!
私は父の言葉にただただ頷くとすぐにその場を去って行った。
アリスが去っていた後ハリスは一人、誰かに電話をかけ始める。
「『ああ。……さん。うん。うん。え、あ、ああ。うん。それで、頼みがあるんだ。え? あ、ああ。あの時のことはごめんって。あ、はいはい。で、……して欲しいんだけど……あ、今近くにいるから受けてくれるって? それはありがとう』ふう。これで、さらに面白くなってきたね。さあ、私を楽しませてくれよ? 玄野君」
ハリスは窓の方を見ながらそう口にすると、ニヤリと笑っていた。
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