第一部 第四章「強くなる為に」

第17話 不思議な夢

あの男のように……。

俺は目の前にいる仮面の男に向かって手を伸ばす。

なのに……足が動かない。

だけど、ただひたすらに手を伸ばす。


あの男のような魔術師に……。

すると、仮面の男はどんどん遠ざかっていく。


待って!

追いかけようとしているのに体が動かない。


・・・


「待って!」

夢を見ていたのか、手を天井に伸ばした状態で目を覚ましてしまった。


「ゆ、夢か……」

それにしてもここは……病室か?


周囲を見渡していると、ベッドと椅子以外には家具が一切置かれていない寂しい景色が懐かしさを感じさせる。


「そうか。あれから……帰って来れたのか」

倒れた後に救助されたのか……。

「……」

結局……俺はあのバケモノに何もできなかった

もし、あの男が来なかったら俺は…確実に死んでいた。


ベッドの隣に置かれていた点滴棒を力強く握りしめる。


あの男は…ルナが苦戦していたバケモノをたった一撃で倒していた。

俺は……あの男のようになれるだろうか?


ダメだ。ダメだ。クヨクヨするんじゃない。玄野零。

自身の両頬をパシンッと叩いて気合を入れる。


追いつく。絶対追いつく。

そのためにも……。

「『Sword Creation剣創造 mode casting鋳造 type stainlessステンレス』」

まずは、あの魔術を試してみるしかない!

右手を前に出して、仮面の男が唱えていた魔術を見よう見まねで唱えてみた瞬間……。


バチッと右手から火花が飛び散って、何が起こったのかを認識する暇もなく、右腕の内側から焼けるような痛みが襲い掛かる。


「うぐあぁぁぁぁぁぁ!」

痛い。痛い。

早くちゅ……。


原因不明の腕の痛みから、魔術を中断しようとするが……間に合わず、意識を落としてしまった。


・・・


ここはどこだろう?

周囲を見ても瓦礫の山だ。

それに、まだ少し形の残っている建物に火がついている。火事だ。

地震か何かの二次災害なのだろうか?


早く消さなきゃいけないのに足が動かない。

目の前でさっきまで逃げ惑っていた人たちが段々動かなくなっていって数秒後には燃えている。


助けなきゃ。助けなきゃ。


そんな時だった。

世界が真っ白に染まっていき、火事で死んでいった人たちの死体が灰となってどこかへ飛んでいく。


一体今の光は?


光の発生源だと思える場所に目を向けると、異形のバケモノがわずかにこちらを向いて微笑みだす。


今のは、あいつの仕業なのか?

それに俺のことを狙っている?


あまりの恐怖にその場からすぐにでも離れたい気分になるが、さっきと同じように足が動かない。


異形なバケモノから先が鋭い触手のようなものが伸びてくる。


もうダメか。


俺はそう思い、目をつぶった。しかし、一向に痛みはやってこない。


あれ? なんで?


目を開けると、触手は俺の体を貫通させたまま、どこかを狙っていた。

触手が狙った先に視線を向けると、フードを深くかぶった一人の男が立っている。

あ、危ない!


俺がそう思った瞬間、男は右手から剣を創り出して、近づいてくる触手を切り裂いた。

すると、異形のバケモノは男を殺せなかった怒りからか、顔を歪ませて、斬られた触手とは別の触手を数十本、身体から生やしては男を狙って伸ばし始めた。


男の方は、空中に様々な武器を創り出して触手に応戦しながら、異形のバケモノの方へと向かって走り出す。


異形のバケモノは焦りを感じたのか、さらに多くの触手を生み出しては男に向かって伸ばしていた。


しかし、男は止まることもなく走り続け、異形の本体の元までたどり着くと、手に持っていた剣でバケモノを突き刺した。


終わった…んだ…よね?

終わったってことでいいんだよね?

でも、本当にこれでいいのかな?

目の前で起こっている光景を目にして、俺は……何が正しいのかわからなくなった。


男が……涙を流しながら異形のバケモノの死体を抱きしめていた。

男の顔はわからない。

なのに、その光景を見ていると何故か心が痛くなって、気づいたら俺も涙を流していた。


なんで、なんでこんなに悲しいんだろう。

無意識に流れ出る涙を拭っていると、


おぎゃあぁぁぁ!

瓦礫にすべてが埋もれた世界の中で赤子の泣く声が聴こえてくる。


男はその鳴き声に気づいたのか、抱きしめている死体に何かを言うと、そっと手を離した。

すると、そのバケモノの死体はそれに応えるように灰となって消えていく。


男はそれを見届けると、地面を濡らしながら、未だに泣いている赤子の方へ歩いて行った。


・・・



「零、死なないで!」

目を覚ますと何故か慌てているルナがそこにいた。


「ル…ナ…?」

なんか久しぶりだな。

病院の地下に長い間いたせいか、ルナの顔が懐かしく感じてしまう。


「零!」

ルナは俺が起きていることを確認した瞬間、涙を流しながら抱きついて来た。


「ルナ⁉」

「良かった。生きてて良かった」

ルナは涙と鼻水だらけの顔になりながら、俺の胸に顔を埋める。


「ルナ。痛い。身体が…壊れ……る…」

あと……鼻水。

病院の服、薄いから濡れちゃってる。

着ている服の一部分がルナの涙と鼻水で濡れ広がっているのを我慢しつつ、ルナの頭を優しく撫でる。


「心配かけてごめん。ルナ」

「……零。あ、そうだった。先生。零が目を覚ました!」

「玄野君が起きたって?」

ルナがマルティン先生を呼んだ瞬間、病室の扉が勢いよく開いてマルティン先生が入って来た。


「玄野君! ぶ……はあ」

マルティン先生はベッドから体を起こしている俺を見て安心したのか、ベッドに近寄ってくる。


「玄野君。調子はどうだい」

マルティン先生はニコニコしながらそう聞いてくるが、まったくと言っていいほど目が笑ってない。


「一応……元気です」

うん。原因はなんとなくわかるよ。

でもね。先生。その笑顔、すんごく怖い。


「はあ、玄野君。君、僕が何で怒っているのか分かっているよね?」

「さ、さあ。そんなの存じ上げませぬぞよ」

「目が泳いでのと口調がおかしいので、動揺していることはバレバレだよ。まったく」

マルティン先生はやれやれといった感じで呆れながら、俺の右腕を指さしてきた。


「病院の地下で見つかった時、餓死寸前に低体温症、血圧の低下、さらにその他もろもろで生きているのが奇跡だって言われる状況だったのに……。入院中に魔術を無理やり使用して、腕の魔力回路を暴発させるとか…ねえ。玄野君。君は……おとなしくすることが出来ないのかなぁ」

「……」

内心、冷や汗ダラダラになりながら黙り込む。


「でも……僕があの時ガスに気づいていれば、こんなことにはならなかったんだよね。ごめん。君が地下で倒れていたのは……僕のせいだ」

マルティン先生は申し訳なさそうな表情で謝罪してくる。


「いいよ。別に。そのおかげで俺も一つ目的が出来たわけだし」

俺がニッと笑ってそう言うと、マルティン先生は一瞬驚いた表情で俺を見てきたが、再びニコニコした表情へと戻っていった。


「そうかい。じゃあ、僕より怒っているお姫様がいるみたいだしね」

「……はい?」

「じゃ、あとはルナちゃんに怒られることだね」

マルティン先生はそう言い残すと、病室から出て行った。


「え、ちょっと?」

ルナに怒られるって……。


そろーっとルナの方に視線を向けると、ニコニコ笑顔のルナがそこにいた。


うわっ、絶対怒ってるな。

「えーっと、ルナさん?」

「なに、零。流石に……私も右腕の件は許さないよ」

「……ごめんなさい。俺が悪うございました。許してください。ルナ様」

「……」


うーん。どうしよう。まだ怒ってるな。

そうだ。あの伝家の宝刀を……。


「なんか、欲しい一つ買ってきますから許してください。お願いします」

「……わかった」

ルナはそう言うと、ため息をついていた。


「でも……。説教はさせてもらうね」

「げっ」

ニコニコ笑顔のルナの発言に俺は絶望を隠すことが出来なかった。

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