第16話 零と仮面の魔術師
「はあ。はあ。はあ」
ここはどこだ?
負傷と疲労で今にも倒れそうになっている身体を壁を支えにしながら歩き、出口を探す。
「はあ。はあ。はっ、うっ!」
膝に痛みが走る。
こけたのか?
足元に視線をやると、瓦礫がそこにあった。
あの爆発の産物か。
もう、こんなのも見えなくなってきているとはな。
クソッ!
魔力も無い。
時間もわからない。
連絡も取れない。
そして、歩く気力も…もう無い。
「はあ」
ため息をつきながら、コンクリートの壁に背を預ける。
「お腹……減ったな」
今、何時だ?
ダメだ。わからない。
そろそろ『アガルタ』に連絡がいっていても良いと思うのだが……。
光が全く見えない天井の大穴を眺めながら先程までの事を思い出していた。
・・・
あの爆発の後……。
俺は探索中に一度も通らなかった通路っぽい場所で目を覚ました。
身体は爆発の衝撃で全身を痛めていて、右足はもうほとんど動かない。
それでも唯一、助かったことと言えば、スーツのおかげか、火傷とかの怪我がなかったことかもしれない。
倒れていた周囲の状況を確認していると瓦礫に混じる様にして小型の蜘蛛の死体が散らばっているのが目についた。
あの大きいのが簡単に死ぬはずはない。
ここにいないってことは、どこかにいるってことか。
それにしても……爆発の中心にいたルナとマルティン先生は無事だろうか?
そんなことを考えつつポケットに入れていたスマホを手にする。
爆発の影響か、スマホの画面には少しヒビが入っていた。
せめて、時間だけでも。頼む!
スマホの電源をいれようとするが電源が入らない。
おいおい。マジかよ。こんな仕打ちがあるかよ。
あまりの絶望に項垂れていると、地面についていた手に水が一滴落ちてくる。
水? 天井からか?
天井に視線をやると、そこには大きな穴が開いている。
まさか……上から落ちてきたのか?
だとすれば、爆発で床が抜けたのだろうか?
じゃあ、ここは……一体?
通路のように見えるが通路なのだろうか?
ダメだ。わからん。とりあえず、今は……上に行く方法を探そう。
・・・
そうやって、上に行く方法を探し続けて1時間くらいか。
あとどのくらい歩けば手がかりが見つかるんだろうか。
そもそも、手がかりなんてあるのか?
ダメだ。ダメだ。ネガティブになるな。玄野零。
上に行く方法は絶対にある!
とりあえず、休むのは終わりしよう。
少し休んでいたおかげか、立ち上がるのはそこまで苦にはならなかった。
「よし。いくぞ」
再び壁を支えにしてゆっくり一歩一歩進んでいく。
・・・
歩き始めて30分くらいたった頃だろうか、通路の向こう側に明るい何かが見えてくる。
明るい。
あれは……なんだろう?
まあ、いいや。とにかく進もう。
視界に映る明るい何かを目指して進んでいると、電灯で明るくされた部屋にたどり着いた。
「ここは……むぐっ」
なんだ、この部屋は。
おぞましい。
吐きそうになるのを抑えながら、部屋の中にあるモノに目を向ける。
部屋の中には、ホルマリンなのか培養液なのかはわからないが、バケモノになりかけの人間がそれに漬けられていた。
「なんで、こんなものが……」
「おや? おやおや? おやおやおや? 侵入者がいるね。ここにいるってことは精霊協会の犬かな? 犬なのかなぁ~?」
部屋の中にあるモノに目を奪われていると、背後から人の声が聴こえてくる。
誰だ!
バッと後ろを振り返ると、そこにはあの写真の男がニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながら立っていた。
「お前は……糸田……」
やばい。この男の下の名前ってなんだったかな?
もういいや。
「糸田なんたらかんたら」
「狂治郎だ!」
「あ、そうそう。狂治郎。それで、これはどういうことだ。なんで、ここに
「ふん。そんなことどうでもいいだろう。だろ? 僕のキメラちゅわーん」
目の前の男、糸田がそう言うと同時に、部屋の天井から蜘蛛のバケモノ。アラクネ(命名:俺)が糸田の隣に降りてくる。
「噓だろっ」
信じられない光景に目を疑う。
なんで、あのバケモノがこんなところにいるんだよ!
「うん。うん。いい顔してるね。いい顔してるよ。その絶望した顔……うーん。ぞくぞくしちゃう」
糸田は恍惚とした表情で自身の両頬に触れながら体をクネクネとくねらせている。
「でも……足りないなぁ。もっと。もっとぉ絶望が欲しいねぇ。そうだ。僕のキメラちゅわーん」
糸田は突然、恍惚とした表情をやめるといやらしい笑みを浮かべて隣にいるバケモノの前足を撫でる。
「お腹減ったでしょ。あいつ、食べちゃいなよ」
糸田がそう命令すると共に、バケモノはこちらに襲い掛かって来る。
「クソッ、クレイジー眼鏡が」
どうする?
このままじゃ死ぬぞ。
逃げるか?
いや、無理だろうな。
なら……。
「死ぬ気で戦うしかないだろう! 『
右腕を引いて、左足を前に出す。
怖えなぁ。でも……。
「歯ぁ食いしばれよ。クソ野郎。俺は今、途轍もなくストレスが溜まってんだ」
どんどん近づいてくるバケモノの顔面に一撃いれようとした瞬間、バケモノと俺の間の地面から金属製の槍が突き出した。
「っ⁉」
なんだ⁉
突然のことに困惑していると背後から誰かが近づいてくる足音が聴こえてくる。
「命を燃やしてでも戦うなんて行為をする奴はこの世で一番の愚者だぞ。少年」
後ろを振り返ると、そこには黒色のフード付きローブを着た仮面を被った男が立っていた。
「邪魔だから下がっていろ。『
男は俺にそう言うと、魔術で剣を創り出す。
「何? 君も精霊協会の犬か何か? 犬か何かなのかなぁ?」
「黙れ。クソ眼鏡。この虫を殺した後は貴様だ」
仮面の男は糸田を睨みつけると剣先をバケモノに向ける。
「な、ぼ、僕のキメラちゅわーんをむ、虫といったなあぁぁぁ! お前、ふざけんなよおぉぉぉ!」
糸田は目を真っ赤にさせて激怒すると、いけっ! とバケモノに命令する。
「いくぞ。虫」
仮面の男はそう言うと、瞬時にバケモノの前まで移動してバケモノの前足を両方斬り飛ばした。
「あああぁぁぁぁ! 僕の、僕のキメラちゅわーんがあぁぁぁぁ!」
糸田は走ってバケモノに近づいていくと、斬り飛ばされた前足を押さえてボロボロと涙を流し始めた。
「痛いよねぇ。ごめんねぇ。僕があいつに騙されなきゃこんなことにはならなかったのに……。ああ、そうだ。あいつのせいだ。あいつが中級程度の魔術師の実験体が手に入るなんて噓を俺に振ったきたばかりに…。僕は今こんな目にあっているんだ。何が中級程度だ。あの男は…完全に“導師”だろ」
糸田は目を真っ赤にさせて喚き始めた。
あいつ?
誰の事を言っているんだ?
「ほう。あいつ…か。そのあいつって言うのが誰なのか。吐いてもらおうか。クソ眼鏡」
仮面の男は剣の刃を糸田の首に当てる。
「ひいっ!」
「さあ、早く吐け」
「あ、あいつは…じぇぐ? ぶえごいあ⁉」
糸田がその“あいつ”の名前を言おうとした瞬間、突然頭に紋章が浮かび上がり糸田は苦しみ始める。
「何が……」
「口封じだ。少年、あの男から離れておけ。危険だ」
仮面の男はそう言うと、後ろへ下がり始めた。
「あの助けないんですか?」
「あ? なぜ、クズを助ける必要がある? それに……どうせ奴を助けても意味はない。奴はもう死んでいる」
「ぐっ、があぁぁぁぁ!」
仮面の男がそう口にした瞬間、糸田のいる方向から悲鳴が聞こえてくる。
「え?」
「始まったか」
悲鳴のする方に視線を向けると、糸田がバケモノに頭から食われていた。
「なんで?」
なんで、あいつが食われているんだ?
「契約魔術だ。恐らくだが、名前を口にすれば発動するようにされていたのだろう。徹底した奴だ。ふむ。とりあえず……受け取れ。少年」
仮面の男は瞬時に剣を創り出すと、俺に投げ渡してくる。
「お、うおっと」
危ねえ。落とすところだった。
それにしても……この剣、すごく手に馴染む。
それに……何故かこの魔術の原理がわかる。
なんだこれ。
「俺はこれから少年を守れるかはわからん。それは護身用だ。自分の身くらい自分で守れ」
仮面の男は計画変更だ。と呟くと、糸田だったモノを食い散らかしているバケモノに剣を構える。
「わかった」
「最後にひとつ。少年に言っておく。あれはもう人間じゃない。バケモノだ。愛情なんてものは無い。元が人間だからと言って、人間性なんてものは無い。言葉は喋ったりするが、油断させる罠でしかない。奴らにとっては人間なんて肉塊としか見えてない。もし、あれらと戦う時、元が自分の愛する人間であったとしても、遠慮はするな。即殺せ」
そう口にする仮面の男の声は怒りで震えていて、明確な殺意がこもっていた。
バケモノは即殺せ…か。
人間に戻す方法ってのは存在しないのかなぁ。
すると、そんなことを考えている間にバケモノは糸田を食べ終わったのか、剣で切り落とされた両前足を修復させると次のご飯を探すような目つきでこちらを見てくる。
「あいつを完全に殺すにはもう一本切れ味の高いのが必要か。仕方ない。『
仮面の男は魔術を使って、今持っているのとは別の黒い刀身の剣を創り出す。
バケモノはその剣を見た瞬間に何かを感じ取ったのか、恐怖に染まった顔をして、必死に糸を噴出して、その剣を狙うが、糸がその剣に当たった瞬間、いともたやすく真っ二つに切れて、勢いのまま壁に飛んでいった。
あの剣に何かあるのだろうか?
呪文が途中聴こえなかったから分からないけど。
「ふっ、まあ、怖いだろうな。なんせ、この剣は貴様らの血が素材となっている。つまりは貴様ら専用の剣というわけだ。というわけで観念しろよ。『魔力纏い 逆さ十字』」
仮面の男はそう言った瞬間、バケモノが四等分になって崩れ落ちていった。
グシャッ!
そんな音がすると同時に、紫色の液体が地面に広がっていく。
「せめて、次はいい人生送れるといいな」
仮面の男は悲しそうな声でそう言うと、俺の方をちらっと見て、仕事は終わったという感じでどこかへ去って行った。
あのバケモノを一撃で……。
あの男は何者なんだろう?
いやいや。今はそんな事よりも上を目指さないと。
あれ?
歩き出そうとしているのに何故か足に力が入らない。
視界も次第にぼやけ始めて……。
ダメだ。こんなところで倒れ…るわ……けには……。
ルナ。マルティン先生。……ごめん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます