第14話 試験

夜のとばりが下りた世界の中、俺とルナとマルティン先生の3人は廃墟となった病院の前に立っていた。


うわ~。

幽霊でも出てきそうだなぁ。

入りたくないなぁ。


今にも目の前の扉が勝手に開いて、中から幽霊でも出てきそうなくらい不穏な雰囲気を纏った病棟を前にしながら、そんなことを考えていた


「はあ」

それにしても……どうしてこうなった?


・・・

遡ること数時間前。


「……帰る? どうする? 零」

ルナと一緒にマルティン先生が修練所を出て行くのを見届けていると、隣にいたルナがこれからどうするのかを聞いてきた。


「ルナはどうしたい?」

「私は……。帰りたい。ここにいると、なんか落ち着かない」

俺の質問にルナは若干嫌そうな顔をしながら答える。


ルナはここが嫌いなのかなぁ。

うーん。わからん。

まあ、とりあえず、マルティン先生もいなくなったし、帰るか。


「じゃあ、帰ろうか」

「……うん」

ルナと話し終わった後、更衣室で先程まで着ていた制服に着替える。


部活帰りみたいでなんか懐かしいなぁ。

更衣室内の鏡を見ながら、懐かしさに浸る。


俺も部活をやめることなく続けていたら、こんな気持ちになる事も無かったのかな。

いや、昔の事は忘れよう。

これ魔術師は、あの頃部活動時代と同じ気持ちでやったらダメなんだ。

鏡に映る自分を見ながら、そんなことを考えていると、更衣室の外からルナの声が聴こえてきた。どうやら、もう着替え終わったようだ。


「零、着替えた?」

「ああ。もう着替えた」

ドアノブをひねり、更衣室から出る。


「じゃあ、帰ろうか」

「そうだな!」

そう言って修練所を出て帰ろうとした時、つま先に何かが当たった。


「うん?」

「どうしたの? 零」

「いや、なんか。今、足にぶつかって……」

足元に視線をやると、金色の装飾が施されたペンダントらしきものが足元に落ちていた。


ペンダント?

落とし物かな?


落ちているペンダント拾い上げると、ペンダントの裏側に“M.A”と彫られている。

「M.A?」

イニシャルかな?


「どうしたの? 零」

俺が見たものを口に出してしまったせいか、ルナが首を傾げてこちらを見ていた。


「いや、すまん。落とし物の持ち主がわからなくて……」

「貸して」

ルナは俺の手からペンダントを奪うと、ジーっと観察し始めた。


「零」

「うん? 何かわかったか?」

「このペンダント……特殊な開け方をして開くタイプのロケットペンダントだと思う」

「じゃあ、もしかしたら……中にヒントが?」

「あるかも……とにかく開けてみる」

「よろしく。ルナ」


・・・

数分後、ルナの「開いた」という言葉を聞き、ペンダントの中を見に行くと、ペンダントの中から一枚の写真が出てきていた。


「これは……」

「マルティン先生のだと思う。でも、それにしても……」

俺とルナはその写真を見て、少し驚いていた。

なんせ、その写真にはマルティン先生が2人映っていたのだから……。


「マルティン先生って双子なのかなぁ?」

「……わからない。でも、零よりも数日長くここにいたけど。あの人が2人いたところは見たことない」

「じゃあ、違うのかな。写真の2人は仲良さそうだし。うーん。わからん。とりあえず今はマルティン先生にこれを届けに行くか」

大事なものかもしれないし……。


「……そう…だね」

「マルティン先生が呼ばれていたのってオペレーションルームだったよな?」

「……確か」

「じゃあ、早く届けて早く帰ろうぜ。ルナ」

「うん」

ペンダントを閉じて、オペレーションルームに向かっていると、オペレーションルームの扉から誰かが言い争っているのか、怒鳴り声が聞こえてくる。


「……入る?」

「うーん。一応、入ろうか」

オペレーションルームに入ろうと一歩進んだ瞬間、

「何を考えているんですか!」

マルティン先生の怒鳴り声と何かを叩く音が室内から聞こえてくる。


「び、びっくりした」

「……そう?」

俺が入り口で驚いて止まっていると、ルナは何事もなかったかのようにスタスタと中に入っていく。


え、えぇぇぇぇ。

ちょっ、驚いていたのって…俺だけ?

マジで?


顔が熱くなるのを感じながら、平常心を保とうとしていると、ハリスのおっさんとバッタリ目が合ってしまった。


「げっ!」

会いたくない人に出会ってしまった。

どうする。逃げるか?


「フッ、ちょうどいい所に来たね。玄野君」

すると、ハリスのおっさんはニヤリと笑みを浮かべてこっちへ来いと手招きしてくる。


“零は逃げようとした……しかし、回り込まれてしまった”

某RPGの有名な言葉を頭の中で出しながら、自らの不幸を呪う。


あの笑顔、それに……隣にいるめちゃくちゃ怒っているマルティン先生。

絶対ろくな事じゃないな。これは。

うーん。帰っていいかな?


ルナの方にちらっと視線を向けるが、伝わらなかったのか、ルナは首を傾げていた。


無理か。

まるで、BOSS戦だな。

いや、あながち間違ってはないか。


しょうもない事を考えて現実逃避しようとするも流石に無視するわけにもいかず、手招きに応じることにした。


「玄野君。ルナちゃん。今から君たちに試験を行う」

「「試験?」」

試験? そんな話聞いてないぞ?


「うん? そんな話聞いてないって顔をしているね。まあ、大丈夫だよ。試験とはいっても筆記とか暗記とかそういうのじゃないからね」

「じゃあ、どういうのだよ」

俺の質問にハリスのおっさんは再びニヤリと笑う。


「ただの実技さ。そう。ただの……ブラックリスト魔術師討伐というね」

「ブラックリスト魔術師?」

なんだそれ?

チラリとルナの方に視線を向けるが、顔を横に振られた。


ルナも知らないのか。

何だろう。ブラックリスト魔術師って。

途轍もなく嫌な予感がする。

辞退させて……。


「ああ、辞退するのはだめだからね」

ハリスのおっさんはにこやかな笑顔でそう告げた。


「なんでっ!」

「そりゃあ、君たちは我々の信用が薄いからね」

「そんな理由で……っ!」

そんな理由で辞退するのがダメとか……理不尽すぎるだろ。


歯を食いしばり、手を強く握りしめていると、ハリスのおっさんが顔を近づけてくる。

「うちにはね。君たちを信じていない人たちが多いんだ。だから、ほら、周りを見てごらん?」

耳元で囁かれた言葉通りに辺りを見渡すと今まで全く気づいていなかった敵意や侮蔑などといった感情のこもった視線が自分やルナに向けられていることに気づいた。


そうか。これが……ルナやマルティン先生が言っていたことか。

確かに気持ちのいいものではないな。


すると、俺の顔を見ていたハリスのおっさんが突然、肩に手を置いてきた。

「玄野君。君に残された選択肢は二つ。一つは今回の試験で生き残って実績を積んでいく道。二つ目はここで逃げて我々に処分される道。まあ、私としては前者の方がいいと思うよ? だって……君はキメラを倒すんでしょ? それに……そっちのほうが私も楽しめるからね」

クソッ!

このおっさん絶対に楽しんでやがる。


歯を食いしばりながら下を向いていると、ハリスのおっさんは肩をポンポンと叩くと、俺から少し離れる。

「それで、どうする? 玄野君」

「……わかりました。試験を受けます」

「それは良かった。じゃあ、試験内容について説明するよ。今回の試験の討伐対象ターゲット糸田いとだ狂治郎きょうじろう

ハリスのおっさんはそう口にしながら写真を渡してくる。


写真には眼鏡をかけて白衣を着た一人の男が映っている。

この男が討伐対象ターゲット

写真の男の外見はとても悪いことをするようには見えない。


「この男が?」

「見た目に騙されてはダメだよ。玄野君。この男はね。魔術を使った犯罪による前科が多数あり、要注意人物にされていた。しかし、最近では怪しい動きを見せていてね。病院の廃墟を拠点として何かをやっているみたいなんだ。普通なら不法侵入という罪状で警察が動くのだけど……相手が相手だからね。我々の管轄になったわけだよ。まあ、そういうわけで今回の試験では、玄野君とルナちゃん。ついでにマルティンもつけてやってもらおうと思う。じゃ、あとは任せたよ。マルティン」

ハリスのおっさんはニヤリと笑いながらマルティン先生の肩をポンポンと叩くと何処かへ行ってしまった。


「はあ~。ごめんね。玄野君。立場的に止められなくてね」

マルティン先生は頭を押さえながらため息をつく。


「別にいいですよ。俺は。それよりも……ルナ。勝手に決めて…ごめん」

「……零が決めた選択なら私はそれに従うだけ」

ルナはそう答えるとマルティン先生の方に視線を向ける。


「それじゃあ、『アガルタ』内の時間で今から15分後、修練所に集合し現場に向かうとする。2人はそれまでに準備をしておいてくれ」

「「はい」」


・・・

15分後


俺とルナは魔術師の服装に着替えて修練所で待機していた。


「準備は終わったかい?」

「「はい」」

俺とルナが返事をすると、マルティン先生は優しげな笑顔から真面目な顔へと一変する。


「今回のミッションには合成怪物キメラはいないとされているけど、死ぬ可能性があるかもしれないんだ。だから……必ず生きて帰る。それだけは忘れないでくれ」

「「……はい」」

「では、いくよ。『Teleport《転移》』」

マルティン先生が呪文を唱えると、周囲の空間が歪み始める。


絶対に。

絶対に生きて帰る。


心拍数が上昇している心臓を掴むようにして俺はそう誓った。

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