第8話 負傷

竜巻が消えて視界がクリアになっていく。


「任せていいわね?」

「ああ。任せろって」

アイリスの言葉に俺は満面の笑みで返す。


「……零」

「ルナ。俺がしたいと言った事なんだ。心配すんなって!」

「……」


ルナがまだ心配そうにこちらを見ているが、気にしちゃ負けだ。

とにかく、俺は俺のできることをするまで……。

自分の頬を叩き、気合を入れる。


視線の先には、筋骨隆々な肉体を持ち、人間のように二足歩行で歩く頭部が犬のバケモノ。


時間が経過しすぎたためか、ルナが先程与えた致命傷は再生して完治している。

確か、あのバケモノは正式名称は合成怪物キメラだったか。

バケモノ並みの再生能力を持っているんだったよな。


「いや、もうバケモノでよくね?」

正式名称いるか? あれに……。

そんなことを呟きながら、バケモノのいる方向へと一歩前に進んでいく。

そして、大きく息を吸い……。


「おーい! そこの犬っころー! 遊ぼうぜー!」

大声でそう叫んだ。


どうだ? バケモノ!

ニヤリと口角を上げながら笑うが、バケモノの顔を直視する勇気が無い。

足が地味にガタガタと震えている。

ああ。クソッ。やっぱ、怖えぇよ。でも…。

見ないといけないよな。俺が役目おとりを果たすためにも…。


爪が食い入るまで手を握りしめ、バケモノの顔から下に向けていた視線を上に持っていく。


「っ!」

真っ赤に染まった瞳がこちらを見てくる。

呼吸が苦しい。ひしひしと殺気が伝わって来る。


完全に怒ってるな。あのバケモノ。まあ、うん。第一段階はクリアだな。

じゃあ、次は…。


「ふうー。バケモノ来いやぁー! 俺を捕まえて見ろ!」

そう叫んだ瞬間、身体を反転させて、バケモノから逃げるようにして走り去る。

後ろからバケモノが走って近づいて来ている足音が聴こえてくるが振り向かない。


「はあ。はあ」

これで一応、第二段階クリアで良いんだよな?

心拍数が上昇を見せる中、先程竜巻の中で起きていた事を思い出していた。


・・・


「知っているよね?」

「さ、さあ?」

「目が泳いでるけど?」

「うぅ」

目の前の少女、何も言えなくなったのか少し悔しそうな顔をした。


「さて、答えてもらおうか」

「……」

黙秘か。ふむ。そっちがその気なら…。


「ルナ。くすぐりの準備を」

「了解」

「へ? え?」

アイリスの後ろでずっと黙っていたルナに命令すると、ニヤリと笑うルナが指をワキワキさせながらアイリスに近づいていく。


「な、何かの冗談よね? ねえ?」

そろりと後ろへと逃げるアイリスをルナが見逃すはずもなく…。


「……観念」

その言葉と同時にくすぐりという拷問は執行された。

「きゃはははは! だ、ダメ! あっ。そこは……」


・・・


くすぐり始めて数分後、見事にアイリスはゲロった。

あのバケモノは合成怪物キメラと呼ばれている事。

合成怪物キメラは人間から作り出されているという事。

合成怪物キメラは再生能力が高く、一撃で仕留めないと復活して強くなる事。

アイリスは所属している組織の命令でここへやって来たという事。


「はあ。はあ。これでいいかしら」

「あ、ああ」

情報が多すぎて頭が追っつかねえ。

あまりの情報量の多さに頭を抱えていると、ルナが肩を叩いてきた。


「ルナ?」

「ねえ。あのバケモノって再生能力があるんでしょ。どうやって倒すの?」

「……」

どうやって倒そう。

そう思いながら、アイリスの方に視線を向けるが…。


「うん。無いな」

「何でよ! 私だって作戦の一つや二つくらいあるわ!」

「「え、えぇぇ」」

「二人して、え? こいつ信じて大丈夫? みたいな顔するのやめなさいよ! さすがに傷つくわ!」

半泣き気味のアイリス残念美少女がこちらを睨んで来る。


「あー。わかった。ごめんって。で、アイリスさんの作戦は」

「私の作戦はね。私とその銀髪の…ルナ? あなたでバケモノに同時攻撃を仕掛ける」


ドヤ顔で自分の作戦を言うアイリスに若干のイラつきを覚えるが…。

まあ、これが妥当か。ただ…。


「なあ、アイリスさん。俺も、俺も何かしたい」

「零!」

「ごめん。ルナ。でも、後ろで見とくだけなのは嫌なんだ」

その言葉を言った瞬間、アイリスの口角が上がった。

「フフッ。さすが、玄野君。いいわ。あなたにピッタリな役目をあげる」


・・・


まさか、そのピッタリな役がおとりとは…。

でも、もうすぐ約束の地点だ。

この地獄の追いかけっこもあと少し。頑張れ。俺。

自らを鼓舞し、その地点に倒れ込むようにして入ろうとした瞬間、後ろから足を掴まれ、強く引っ張られる。


『オニイチャン。アソボウ?』

くっ、なんて運の悪い。いや、まさか。こいつ…狙ってやがったのか。

足首を掴んでニヤニヤと笑うバケモノの顔を目にしながら、そんなことが頭を過っていく。


「っ‼」

今はそんなことを考えている場合じゃない。

何とかしてこのバケモノから逃げないと。

掴まれた足を引っ張り抵抗していたその時、

「『Wind bullet風弾』」

風切り音と共に不可視の一撃が足を掴んでいた方の腕を吹き飛ばした。


『グガアァァァ!』

「玄野君。お疲れ」

声のする方向に視線を向けると、金髪の少女が満面の笑みでグッドサインを決めていた。


「あ、アイリスさん」

「後は任せて。ルナちゃん!」

「了解!」

アイリスの声にルナが槍を構えてバケモノに突撃していく。

た、助かった…。


死の恐怖から解放され安心したその時、無くなった腕を抑えてもがき苦しんでいるバケモノの顔が一瞬だけ、笑ったように見えた。


まさか、コイツ…。

嫌な予感が頭を過っていく。


「ルナ! アリス! 耳を……」

『ギャアオオォォォォン!』

大声で叫んだものの間に合わず、バケモノの咆哮によってかき消され……。


・・・


「ぐっ!」

背中が痛みで目を覚ます。

何が起きた?

確か、嫌な予感がして耳を塞いだ瞬間、バケモノが吠えて…。

ダメだ。そこからの記憶が無い。

耳は……。うん。何とか聞こえる。

とりあえず、早くルナとアイリスさんを探さないと…。


瓦礫の山にめり込んだ身体を起き上がらせて、瓦礫まみれの世界をフラフラとなりながら進んで行く。


「ルナ。アリス。どこにいる。返事をしてくれ!」

大声で叫ぶが返答は返ってこない。

早く見つけねえと……。


焦りと不安で押しつぶされそうになっている中、目の前の瓦礫から銀色の何かが飛び出ているのが見えてくる。


まさか…。

「ルナ!」

相棒の名前を呼んでその瓦礫に近寄ろうとしたその時だった。


『ミーツケタ♪』

まるで楽しんでいるかのようなバケモノの声が聴こえてきた。

走るのをやめて、立ち止まるとルナの埋まっている瓦礫の向かい側から真っ赤な瞳をギラギラとさせながら近づいてくるバケモノの姿が視界に入る。


バケモノはこちらを見てニヤリと笑うと、ルナの埋まっている瓦礫に近づいていく。


アイツ。まさか……。


「ルナ! 逃げろ!」

『オモシロイコトシテアゲル』

バケモノはそう言うと指から鋭く尖った爪を出現させ、ルナの埋まっている瓦礫を狙って振り下ろし、ルナに覆いかぶさっている部分の瓦礫を粉々にして、手を引いた。


失敗したのか?

近くで見ていた俺は一瞬そう思ったがバケモノの顔を見た瞬間、それは違うと判断した。


奴は……楽しんでいたのだ。


獲物を弄ぶことを……。


『オシカッタ。ジャア、モウイッカイ。コレデオワリ』

バケモノはまるで、ゲームを楽しんでいるかのように無邪気に笑うと、再び腕を振り上げた。


このままじゃ。ルナが…。

どうする。どうすればいい。


頭をフル回転させて、ルナを助け出す方法を考えていると、ルナが使っていた魔術が頭を過ぎった。


これなら、いけるかもしれない。

俺に使えるかわからないけど、今はやって見るしか……。


「頼む。成功してくれよ。『Strengthening the身体強化 body』」

ルナを召喚した時に感じた力を再現し、呪文を唱えると、バチッと静電気みたいなのが身体を駆け巡っていき、次第に体が軽くなっていく。


今の感覚。成功したのか?

その場で二回ほど跳ねるがやはり体がいつも以上に軽い。


これなら…いける。間に合う!

火事場の馬鹿力とも言えるくらいのスピードでバケモノとルナの間に入り込む。


「ルナ!」

「れ……い?」

ルナの名前を呼ぶと、ルナは意識が戻ったのか、俺の名前を呼び返してくる。

「起き上がるなよ!」

「どういう……」

ルナはどういう事かを聞こうとしたんだろう。

でも、その言葉は途中で止まってしまった。


ザシュッ

肉を抉るような音が聴こえてくる。


背中が熱い。燃えるように熱い。でも…。


「よかった。間に合って」

ルナが無事なのを確認すると、安心してしまったせいか、その場に膝をついて倒れた。


「零、しっかり!」

ルナが倒れそうになっている俺の身体を掴んで、揺らしてくる。

あ、やばい。視界が…ぼやけ……。

ルナの心配する声を最後に俺は意識を手放した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る