第7話 バケモノ

「んっ」

どうやら、いつの間にか寝てしまっていたらしい。

教室内は電気が消されており、窓から差し込む夕日が教室内を真っ赤に染めていた

「ふわぁ~」

外の景色を見ながら、欠伸を漏らす。


大分寝てしまったみたいだな。

そういえば、今、何時だろうか?

授業が終わってからというもの記憶が無いんだよなぁ~。

多分、終わった瞬間に倒れたんだろうな。うん。きっと、そうだろう。

まあ、仕方ないよな。なんせ、魔力切れのせいで授業どころじゃなかったんだし。

あ~。でも、ノートは誰かに借りないと…。

今日の内容、全く書けてないんだよなぁ~。

「はあ~」

自分の人生の中で最も長いであろうと思えるほどのため息をついていると、

『零、起きたの?』

昨日からずっと耳にしている少女の声が頭の中で響く。


「ルナか」

「うん。…おはよう。零」

声のする方に視線を向けると、綺麗な銀髪を持つ少女が隣の席に座っていた。

誰もいないから魔術を解いたんだろうか?

そんな疑問が浮かんできたが、一番聞きたかったことを質問する。

「ルナ。俺、どのくらい寝てた?」

「ざっと、2時間くらい。……疲れは取れた?」

「ああ。もう大丈夫だ」

魔力切れは……な。

若干、筋肉痛で身体が痛いのを笑ってごまかす。


「そう。……とにかく、帰りましょうか」

「あ、うん」

少し疑われたような気がするが……バレていないだろう。

そんなことを考えつつ、教室を出る。


靴を履き替えて外に出ると、季節のせいもあってか、外は大分暗くなっていた。

「暗くなるのが早いなぁ」

「零が寝過ぎたせい」

「……」

反論できねぇ。

「零。言い忘れてた。あの転……」

ルナが何か言いかけたその時、何処からか子供の泣き声が聴こえてくる。

こんな、時間に子どもの泣き声?

「今、聴こえたか?」

「うん。聴こえたよ?」

「そうか」

俺の聞き間違いじゃないか。なら、少し心配だな。

「ルナ、ちょっと心配だから見てくる」

子供の声のする方向に向かって走ろうとするが、ルナに袖を掴まれ、止められる。

「ルナ?」

「零、行ってはダメ! 途轍もなく嫌な予感がする」

嫌な予感か……。昨日のよりも最悪なことが起きるのだろうか?

もし、そうだとするのなら。余計に子供が心配だ。

「ルナ、ごめん。子供が心配だ」

「零⁉」

ルナの手を振り切って、声のする方向へと向かった。

どのくらい走ったのだろうか、子供の泣き声のする方向に向かって走っていると、人通りの少ない道にやって来ていた。


どこだ? どこにいる?

子供を探し回っていると、チカチカと点滅している街灯の下で小さな女の子が体操座りをして蹲って泣いているのを見つけた。

「ひぐっ、ひぐっ」

良かった。何もなかったようだ。それにしても……。

「ねえ。君。こんなところでどうしたの?」

「……」

声をかけた瞬間、女の子の泣く声が止んだ。

なんだ? なんか……やばい気がする。

突然の静寂に不気味さを感じて、一歩後ろに下がったその時、先程まで蹲っていた女の子が突然立ち上がってこちらに視線を向け……無邪気に笑った。

「ねえ。お兄さん。ア・ソ・ボ?」

女の子の真っ赤に染まった大きな瞳に自分の姿が映る。

その眼はまるで、獲物を見つけた獣のような眼で……。

「零、逃げて! その子……」

女の子の眼に見入っていると、ルナが息を切らしながらやって来る。

「ルナ?」

「人間じゃない!」

ルナがそう言った瞬間、女の子の体が膨張していき…破裂音と共に何かが飛び散り、その一部が顔にかかった。

「え?」

一体何が起きた?

顔に手を伸ばし、嫌な臭いのするソレに触れる。

グニョッとした嫌な感触のするソレを手に取って見ると、そこには赤黒いグロテスクな物体があった。

なんだこれは……?

突然のことに頭が追い付かない。

「っ! 『Shield』」

呆然と立ち尽くしていると、ルナの慌てる声と共に、鈍器がぶつかったような鈍い音が聴こえてくる。

「ルナ?」

「零! 早く私の後ろに!」

ルナの奴、何を言っているんだ?

何もかも分からなくなり呆然としていると、ルナが創り出したのだと思われるうすい膜の向こう側から真っ赤な瞳がこちらを覗いているのに気が付いた。

その瞳に誘われるようにして近づいていくと、真っ赤な目をした犬の頭が見えてくる。

『ネエ? オニイチャン。アソボ?』

犬の頭をしたソレは先程の女の子の声でそう言うと、ニヤリと不気味に笑った。

「あ、ああ」

恐怖からか、下半身に力が入らなくなり、地面に座り込む。

すると、それを見ていたバケモノはニヤリと笑って、薄い膜に鋭い爪突き刺した。

ビキビキと膜にひびが入る音がまるで、ゲームオーバー時のBGMのように聞こえてくる。

あっ、詰んだ……。

そう思って、目を瞑るが一向に痛みは来ない。

一体何が…起きた?

ゆっくりと目を開けると、バケモノの爪を槍で受け止める銀髪の少女の姿が視界に入る。

「零には指一本触れさせない」

「ル、ルナさん」

必死な形相でそう口にする彼女に少し胸がときめく。

ルナさん。マジパネェすわ。

「零!」

ルナのかっこいい姿に見惚れていると、ルナから名前を呼ばれる。

え、愛の告白かなんかですか?

ごめんなさい。まだ、心の準備が……。

「ごめん。ルナ。心の準備が…」

「早く後ろに下がって!」

「わ、わかった」

危ねぇ。ルナのかっこよさに危うくロリコンを超えた変態になるところだった。

額から垂れてくる汗を拭いながらルナの後ろに下がる。

『ネエ、ソコヲドイテ?』

「退かない。だって、零は」

ルナはそう言うと同時に、バケモノの爪を受け流した。

『ナッ⁉』

「零は私の……だから! 空気よ纏え! 『Air blastエアブラスト』」

バケモノが体制を崩したその一瞬、ルナはバケモノの懐に入り込むと、矛先に空気の渦を纏わせた一撃でバケモノの身体を貫いた。


「死んだのか?」

「零。下がって。まだ、終わってない」

先程のルナの一撃のせいで砂煙が飛び交っている中、近づこうとする俺をルナは砂煙の向こう側を見つめながら止めにかかる。

「噓だろ。まだ、生きているのか?」

「多分。弱ってはいるみたいだけど……零! しゃがんで! 『Shield』」

突然、ルナに頭を押さえつけられ、地面に倒れ込む。

「痛っ、何すんだよ…ル……ナ……」

倒れた時に打った顎をさすりながら、ルナのいる方向に視線を向けると、そこには建物が瓦礫に変わっていく瞬間が映っていた。

え、何あれ? 建物が崩壊しまくってんだけど……。

「うっ! そろそろ限界」

あまりの衝撃に思考停止しそうになる中、ルナの言葉により、現実に引き戻される

「え、ちょっ! ルナさん? 何が限界なんですか?」

この薄い膜じゃないよね。そうだよね?

「ごめん。壊れる」

ルナがそう口にした瞬間、薄い膜にひびが入り、次第に広がっていく。

「大丈夫。苦しみはきっと一瞬だと思うから」

ルナは清々しい笑顔をこちらに向けてくる。

「いやいや。ルナさん。冗談でもやめて。さすがにこの歳で死ぬなんて俺は嫌だよ。お願いです。神様。仏様。ご先祖様。いや、やっぱ誰でもいいや。誰か助けてください。後で限定プリン買いますんで」

「約束ね」

必死になって神頼み?をしていると、女性の声が聴こえてきた。

すると、次の瞬間、竜巻がルナと俺の周りを包み込むようにして吹き荒れ始める。


え、なにこれ。

突然発生した竜巻に触れようと手を伸ばした瞬間、誰かに手を掴まれる。

「何してるの? 危ないわよ」

ルナじゃない声。だけど、何故か聞き覚えがある。

「誰だ?」

後ろを振り向くと、艶やかで輝く様な金髪に宝石かと思うくらいに奇麗な翡翠色の眼をした美少女がそこにいた。

「……アイリスさん?」

白衣いや、上から羽織っているわけではないからロングコートなのか?

裾の長い白色のロングコートに水色の魔法陣っぽい何かが入った服装が普段とは違う雰囲気を醸し出していて、すぐに彼女だと気づくことが出来なかった。

「こんばんは。玄野零さん」

何食わぬ顔で挨拶をする彼女の行動に違和感を覚える。

この竜巻は彼女の魔術だろう。だとすると、彼女は……魔術師。

なら、彼女は昨日の奴らの仲間なのか?

彼女の目的はなんだ? あのバケモノか?

「ねえ、アイリスさんは何でここにいるの?」

その質問を投げかけた瞬間、彼女の頬が少しだけ引きつった。

しまった。聞いてはいけない質問だったか。

内心焦りながらも、ポーカーフェイスを取り繕う。

「それはこっちのセリフよ。魔術師ではないあなたがなぜこんなところにいるのよ!」

「え?」

「え? じゃないわよ。任務に赴いたら、あなた達があのバケモノと戦っているんだもの。しかも、一撃で殺せなかったから強化されているし……。あ~。もう! なんで。こうなるのかしら。こうなる事ならここら一帯に立ち入り禁止令。いや、結界でも張っておけば良かったんだわ」

目の前の少女は頭を搔きながら愚痴り出す。

この姿、絶対クラスの連中が見たら悲しむだろうな。特に男子どもが…。

うん? それよりも…。

「ちょっと待って! アイリスさん。あのバケモノについて何か知っているの?」

「な、何の事?」

あの。アイリスさん?

目を泳がせるのやめない?

噓バレバレなんだけど……。


このアイリス残念美少女との出会いがまた一つ自分の人生を大きく狂わせることになるのだが、まだこの時の俺はそれを知る由もなかった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る