第3話 謎の銀髪の少女①

底知れぬ闇の中を沈んでゆく。

もう何かをする気力も起きない。

疲れた。もう寝たい。

開けていた目を閉じようとしたその時、

誰かが俺の手を力強く掴んだ。


誰だよ。俺は眠いのに……。

瞼を閉じようとすると、手を掴んでいたその手は、起きろとでも言っているかのようにぐいぐいと手を引っ張り始める。


だから、眠いんだって……。

寝かせてくれよ。

イライラして、掴んでいる手を払いのけると、その手もムカついたのか、顔面に強烈なビンタをかましてきた。


グホッ⁉ 痛えぇなぁ!

何しやがる!

文句の一つでも言ってやろうと思ったその時、俺の手を掴みなおしたその手が勢いよく引っ張り上げた。


・・・


「うわあぁぁ!」

悲鳴を上げながら目を開けると、そこは校門の前であった。

「ゆ、夢か……」

近くにあった街灯がチカチカと点滅する中、上半身を起こそうとする。


「あ、あれ? なんで?」

だが、何故か腹に力が入らない。

「くそっ! なんで起き上がれないんだ」

何度やっても、起き上がる事が出来ない。

イライラしながらもうつ伏せになると、真っ赤に染まった地面が視界に入る。


なんだ。これは?

まるで、血のようなモノが広がった地面を見ていると、頭痛が起こり、頭を押さえる。

「はあ。はあ」

呼吸が荒くなり、心拍数が次第に早くなっていく。

それはまるで、地面を見るな!とでも言われているかのように…。

そういえば、俺。ここで何をしていたんだ?

なんで? 真っ赤に染まった地面の上で寝ていたんだ?

頭が少しだけ動き始めたのか、様々な疑問が頭の中に浮かび上がってくる。


「うっ」

頭が……痛い。割れそうだ。

頭痛が次第に悪化していき、死を覚悟したその時だった。

「ぐ、ぐあああああ!」

頭に電撃が走り、謎の老人に襲われた時の記憶がフラッシュバックする。


今のは……。俺の…。じゃあ、今の俺は…死んでる?

「おええええ!」

自分が一度死んだという事実に頭がついて行かず、吐き気を催し、口から赤いモノが混じった吐しゃ物を吐き出す。


「はあ。はあ。ふ、ふうー」

ショックの影響で過呼吸になりそうになるのを抑えながら、深呼吸を繰り返す。

途中、若干口の中に残った血とゲロの味が更なる吐き気を催しそうにはなったが、気合で抑えた。


深呼吸を繰り返した影響か、それともゲロを吐いた影響かはわからないが次第に気分も落ち着いていく。


「それにしても……。うん?」

指に違和感を感じて、指に視線を移す。


こんな指輪してたっけ?

いや、してないし、まず、持ってない。

じゃあ、この指輪はどこから?

それに、怪我が治っているのも、一体だれが?

様々な疑問が頭の中を飛び交う中、スマホの電源を入れて、時間を見る。


あれから、まだ、30分も経ってない。

一体全体、この30分の間に何が起きたのだろうか?

いや、そんなことより、早くここから離れないと。


早くここから立ち去ろうと、起き上がったその時、

「おやおや、一応、念のため、戻ってきて正解でしたねー。まさか、死んだふりをするとはキヒヒヒ! なめられたものです。いいでしょう。この私がもう一度滅ぼしてあげましょう。キヒッ! キヒヒヒ!」

特徴的な笑い声が後ろから聞こえてくる。


後ろを振り向くと、そこには、先ほど自分を殺した老人が不気味な笑みを浮かべながら立っていた。


「……なんなんだよ。あんたは」

「私は神霊教会、神父、ロドリゲス=テスタロッサ。目撃者には消えてもらいます。全ては我が神の為に! キヒッ! キヒヒヒ!」

目の前の老人、ロドリゲスはそう言うと、懐から奇麗な装飾が施された短剣を取り出す。


「『エンチャント Poison』」

そして、短剣に手をかざし、何かを唱えた。


「さあ、今なら特別に楽に逝かしてあげますよ! キヒヒヒ!」

ロドリゲスは不気味に笑いながら襲い掛かってくる。


あの短剣に触れたらヤバイ!

頭の中で警鐘がガンガンと鳴り響く。

逃げなければ!

ロドリゲスの方を振り返ることもなく、その場から必死で逃げる。

「キヒヒヒ! 鬼ごっこですか。いいですねぇ」

ロドリゲスは不気味な笑みを浮かべながら、必死で逃げる俺をまるで、獲物を弄ぶかのようにゆっくりと追いかけて来た。


・・・


どのくらい時間が経っただろうか。

いつの間にか、地獄の鬼ごっこは地獄のかくれんぼと化していた。

学校の教室のロッカーの中に入り、息を殺して、近くにロドリゲスがいないかを確認する。

良かった。もういない。助かった。


安心して、息を吐き出した瞬間、

「みーつけた! キヒヒヒヒ!」

目の前のロッカーの隙間からロドリゲスが覗いていた。


「ぎゃあああああ!」

心臓が破裂するんじゃないかってくらいバクバクなって、

頭の中はパニックになる。


腰は抜けてしまって、動けない。

ロドリゲスはロッカーをゆっくりと開ける。


「キヒヒヒヒ! ざーんねーん! チェッークメーイト!」

不気味に笑うロドリゲスの短剣がどんどん近づいてくる。


自分の死が近づいているせいなのか。世界がゆっくりに感じてきた。

ああ、もうこれで終わりか。


そう何もかもあきらめかけた瞬間、

頭の中にただ一つの言葉が浮かんできた。

Summon?

なんだこれは? 意味が分からない。

「『Summon召喚』?」

そう呟いた瞬間、全身の血管に青い光りが灯ると、身体からドッと力が抜けていく感覚に襲われる。


な、なんだ? 急に脱力感が……。

身体がふらついて、倒れそうになったその時、指にはめられていた指輪が輝き、教室の床に大きな魔法陣のようなものが形成されていく。


「ほう。召喚の魔術ですか。面白い。キヒヒヒ!それに、あなた。魔術を使うということは魔術師と関係がありますね。これは絶対に生かしては置けない! キヒッ! キヒャハハハハハ!」


ロドリゲスがそんなことを言った瞬間、教室内の空気が渦を巻くようにして、魔法陣のようなモノに吸い込まれていき、魔法陣のようなモノが途轍もない程の光を放ち始める。


「なっ!?」

あまりの眩しさに慌てて目を塞ぎ、光が収まるのを待っていると、光はものの数秒で収まっていき、魔法陣があったところには、1人の少女がそこに立っていた。


その少女は、白を基調とした服装に背中の肩甲骨あたりまで伸びた綺麗な銀髪が窓から差し込む月明かりを反射していたのも相まってか、誰もが黙ってしまうほどの神々しさを醸し出している。


そのあまりの美しさに俺は死の恐怖を忘れ、目の前の人形の様なくらい綺麗な少女に目を奪われていた。


「君は誰?」

恐る恐る目の前にいる少女に向かって訪ねる。


すると、少女は眠たそうにしていた目を開けて、透き通るような碧眼で俺の顔をジーと観察し始めた。


「えーと、顔に何かついていますか?」

「……?」

少女は俺の顔を見ながら何かを言う。

「はっ?」

「あなたは誰?」

「え、あっ、えっと。俺は…玄野零」

「……そう」

目の前の少女はそう言うと、何故か悲しそうな顔をした。


「キヒヒヒヒ! もうこれで終いか? じゃあ、死ねえええ!」

ロドリゲスは止めを刺さんと言わんばかりに襲い掛かってくる。


あっ、やばい。死ぬ。

そう思った時だった。

「邪魔! 神器召喚『ロンギヌス』」

少女が何かを呟く。

すると、何もないところから槍が出現し、ロドリゲスの短剣をはじいた。

「なっ⁉」

少女は畳みかけるようにして槍を手に取ると、体制の崩れたロドリゲスを床に叩きつける。

「がはっ」


「私の名前はルナ、ルナ=セクト。ここがどこなのか、あなたが誰なのかは知らない。だけど、この人は私が守ってみせる!」


少女、いや、ルナは声高らかにそう宣言すると、ロドリゲスに槍を向けるのであった。


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