第2話 遭遇
放課後、陸上部の使った道具を倉庫の中に片付ける。
「はあ」
片付けが終わり、外に出ると、さっきまでそこの空にあった夕日はもう沈んでおり、今は夜のとばりが下りていた。
「零、今日は手伝ってくれてありがとな」
隣を見ると、一緒に片づけをしていた隼も片付けが終わったのか倉庫から出てきていた。
「じゃあな。また明日」
「じゃあな。隼。また明日」
俺は隼を見送ると、地面に座り込む。
「はあ、今日は疲れたなぁ」
そんな愚痴をぼやきながら、スマホを見ると、思っていたよりも時間が過ぎていた。
「やべっ、早く帰らないと。今日は俺が夕飯作らないといけなかったんだった!」
足早に帰ろうとしたその時、突如グラウンドの方から金属同士がぶつかり合うような甲高い音が聞こえてくる。
何の音だろう?
音の発生源が気になってしまい。
足をピタリと止めてその音の鳴る方向に視線を向けた。
音はまだしている。
ちょっとだけ…。ちょっとだけ…。
俺は怖いもの見たさで音のする方に向かって歩き始めた。
金属同士がぶつかり合うような甲高い音が近づくにつれて次第に大きくなっていく。
グラウンドに着いて、謎の音の正体を探ろうとするのだが、グラウンドライトが切られていて辺りがよく見えない。
しかし、音は確かに
ポケットからスマホを取り出して、音のする方向にカメラを向けた。
「っ!」
驚きと恐怖で、声を上げそうになるが、必死で声を押し殺す。
カメラを向けたその先、そこには、黒髪の男の拳を白髪の男が剣で防いでいるといった奇妙な様子が映し出されていた。
なんだよ! あれは…。
頭が混乱する。
こんな時はどうすればいいのか?警察に相談か?
いや、目の前で起きていることを相談しても彼らは取り合ってくれないだろう。
それよりも今は逃げるしかない!
気付かれたら殺される!
幸いまだ気づかれていないため、足音を立てないようにして、その場から急いで遠ざかる。
景色が次々と変化していく中、後ろを振り向かずに走っていると、目の前に学校の校門が見えてくる。
何とか気付かれなかった。
「ふう」
安心して、今まで肺の奥で溜めていた息を全て吐き出したその時だった。
「おや? まさか安心したのですか?」
背後からねばりつくような声が聞こえてくる。
恐怖で動けなくなりそうになるも、何とか堪えて後ろを振り向く。
すると、そこには、ロザリオを首から下げた気味の悪い老人が立っていた。
「目撃者は逃がしませんよ? キヒヒヒヒヒ」
老人はそう言うと、醜悪な笑みをこぼし、ブツブツと何かを唱え始める。
あれはヤバイ!
生物の本能なのだろうか、頭の中で警鐘がカンカンッと甲高い音を上げ、鳴り響く。
とにかく逃げなければ!
しかし、そう思った時にはもう遅かった。
老人は呪文のようなモノを唱え終わったのか、片手をこちらに向けた。
「『---』」
瞬間、老人の手が一瞬だけ光ったと思うと、その光はすぐに止んだ。
一体何をされた?
何が起きたのかわからず戸惑っていると、地面に真っ赤な液体がポタポタと落ち始める。
これは……血? なんで?
何をされたのか分からず、自分の体を確認すると、腹に大きな穴が開いていた。
「キヒッ! これで目撃者はいない。キヒヒヒ」
老人は俺が助からないと思っているのか奇妙な笑い声をあげながらどこかへ去って行く。
「ま、待て! ごほっ」
血が気管に入ったのか、血反吐を吐いた。
これで死ぬのか? 嫌だ! 死にたくない!
熱い! 死にたく…な…い。
様々な思いが頭の中を駆け巡ったと思うと、次第に何も考えられなくなるほど、眠たくなってきて、今までの人生がまるで走馬灯のように……。
いや、走馬灯なのかもしれないが頭の中を駆け巡っていく。
もうこれで死んでしまうのか。
随分とあっけない人生だったな。雫、隼それに凜。ごめん。
そして、俺の意識は闇の中へと消えていった。
Side:白髪の男(仮)
太陽が沈み、夜のとばりが落ちて暗くなった学校のグラウンドで俺は黒髪の男と向かい合っていた。
「……一つ聞く。お前は…神霊教会の人間か?」
目の前の男の首から見えるロザリオを目にしながら問いかける。
「おいおい。どこで知った。その名を……。まさか、お前。敵の派閥の魔術師か?」
黒髪の男は俺が口にした言葉を聞くなり、驚愕した後、睨みつけてくる。
こいつ……。俺のことを精霊協会の人間と勘違いしているのか。
まあ、いい。今はとりあえず、こいつを……殺す!
「……ああ。そうだ。だから、死ね。『
右手から魔力を放ち、剣を創造して男の首を狙って斬りかかる。
「おっ、危なっ! いきなり斬りかかるかよ。普通」
男はバックステップで剣をかわすと、愚痴を口にした。
「死ねばいいものを……」
「おぉ、怖いねぇ。じゃあ、俺も本気で戦うとします…かっ!」
男はそう言うと、殴りかかって来る。
「っ!?」
何を考えているんだ!?
素手で殴りかかって来るなんて正気じゃない。
剣を盾にするように構え、男の一撃を受ける。
カンッ!
金属同士がぶつかったような音が響く。
「ぐっ!」
重いな。防御で手いっぱいだ。だが。
「どんどん行くぜ。おっさん!」
あいつを殺すまでは負けられん!
「『
もう一本、剣を創造して迫りくる男の拳を受け流す。
「なっ⁉ ふ、フハハハハハ。面白れぇじゃねぇか。おっさん!」
男はよろけそうになりながら、体勢を立て直して、バックステップで距離をとると、
右腕を下げ、左足を前に出して構える。
「本気でやろうぜ!」
男がニヤッと笑った瞬間、男の姿がその場から消えた。
来る!
カンッ!
片方の剣を盾にして男の一撃を防ぎもう片方の剣で男を斬ろうとしたその時、視界に僅かな光が入りこんだ。
なんだっ⁉
止めを刺そうとした手が謎の光のせいで一瞬だけ止まった。
「ふうー。危ねぇ。今戦っても勝てねぇな。仕方ねえ。引くか。じゃあな。おっさん。『
男はバックステップで迫りくる剣を避けると、そう言い残して転移の魔術でどこかへ消えていった。
「くそっ! 逃げられた」
あの光が無ければっ!
とにかく、目撃者はなんとかせねば…。
苛立ちながらも先程の光が見えたところへと向かうが、誰もいない。
「……誰もいないか」
まだ遠くへは行っていないはず、追いかければ問題ない。
そう考えて、校門近くまで来ると血の匂いが鼻についた。
気配を調べるが誰もいない。
なぜ、血の匂いが?
辺りを見渡すと誰かが血を流しながら倒れていた。
「可哀想に。殺されたか」
血まみれになって倒れている少年を横目にその場から去ろうとした時、少年の胸元で何かが光ったように見えた。
なんだ?
少年に近づいて胸元を見ると、見覚えのあるペンダントが目に入る。
「っ!!」
なぜ、これがここにある。
いや、これも
「『契約者の権限を行使して指輪に命ずる。かの者の時間を巻き戻せ』」
俺は目の前の少年の額に手を持っていき、呪文を唱えていく。
成功するかわからんが、お前がもし本物であるなら何とかなるだろう。
だから、簡単に死んでくれるなよ。玄野零!
「『禁術
呪文を唱え終えると、少年の身体の上に魔法陣が出現し、逆再生しているかのように少年の体に空いていた穴がふさがっていく。
「だいぶ魔力を消耗したが、これで問題あるまい」
俺は少年に向けていた自分の手に視線を落とした。
先程の魔術せいか、その手にはめられていた指輪はどこか黒く荒んでいる。
仕方ないか。どうせ、もう使い道はない。
指輪を指から抜き取り、安定した呼吸をし始めた少年を目にする。
「これはもう俺には必要のないものだ。お前にくれてやる」
少年の手を取り、指輪をはめる。
「じゃあな。少年」
そう呟き、俺は少年をその場に置いて去っていった。
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