第201話 勇者の力

バカな!! いつの間に現れやがったんだ、この女。全く感じ取れなかったぞ。


「ねぇ、聞いてる? そこの君。見たところ、候補生のようだけど。」

女はそう言うと、透き通るような水色の瞳を向けてくる。

すごい美形だ…、女神だと言われても納得してしまうかもしれない。新たに宗教でも始められそうだ。

「…ただの訓練ですよ。」

「訓練で身体にここまで亀裂が走るまでやることはないから。さぁ、早く答えなさい。」

「…。」

…面倒くさいな、こいつ。俺はこんなやつより弱いのか。

(すでにお気付きになられてると思いますが、彼女が今代の勇者です。それにしても凄まじい速さでしたね。まさかここまでとは思いませんでした。)

(パール、お前はこいつの速さを感知できたか?)

(いいえ、できませんでした。それゆえに凄まじい速さだと言ったのですよ。彼女はどうやら雷を纏ってきたようですね。)

そりゃあ、焦げた匂いがするし、まだ空中に帯電してるからな。…金色の粒子が。それぐらい俺にだって分かる。

(…問題は極集中状態の俺でさえも知覚できていないって言うことだな。あのとき俺は多分秘剣を使えてたはずなんだよ。)

(…マスターの言うとおりなのだとすれば、運命すらもねじ伏せるのでしょうね、彼女の力は。)

(化け物め!)

俺が神ならぜってぇ殺してるわ。運命に逆らうんじゃない!


そんな風に俺がパールと会話していると、勇者の魔力が高まりだした。

「…私にも限度はあるよ?」



「ピッ」


…首筋に勇者の指が添えられる。彼女がその気になれば、俺の首は落ちるのかもしれない。だが――

(これは宣戦布告と捉えていいのかな?)

(駄目でしょ。)

(パール、今思ったんだが…、1500年かけて作った勇者を潰したら面白いと思わないか?)

(いや、今朝仰っていたのと真逆のことを仰っていますが?)

(知らね、気のせいだろ。勇者か何か知らねぇが、偉そうにしやがって。)

(だから彼女は偉いんですよ。この大陸において、最高権威を担っているのですから。)

(なら土でもつけてやろうか。) 

俺に危害を加えるなら容赦はしない。全身全霊を以って叩き潰す。

(すぐそうやってムキになるんですから。)

(はぁ? 違うから。)


「コラーーーー、何をやっているんだい!! ミコト、その手を離しな!」

「…おば様。」

 

メインリーが近づいて来ると、ミコトと呼ばれた女は大人しく俺の首から手をどけ、ゼクスを手渡す。

――だが、謝罪がない以上、落とし前は必要だ。一度舐められると、永遠に虐げられる。一番いいのは眠れる獅子状態になることだ。チラリと力を見せ、殊更に誇示しない。それだけで相手は攻撃することを躊躇う。


「ハァッッ!!」


俺は対面の女性の顔面に向かって、思いっきり拳を打ち込む。


「バシッ」


ああ、受け止められるだろうよ。だが、その余裕そうな顔は気に入らない。飄々とするのは俺だけでいい。


「ズザザザサ」


闇纏と暴風で一気に勇者を押し込んでいく。

これはあくまで力を見せつけるのが主目的。だからこそ、連続攻撃はしない。

しかし――


「…凄いね、私をここまで押すのは君が初めてだよ。」


その勢いは止まり、逆に勇者が歩み始める。その歩みは、輝きは俺に無いもので、無性に俺を苛立たせる。

…怪物めっ!! こちとらほぼフルパワーだぞ。しかも先手は間違いなく俺で、魔法も使っている。それなのに、単なる身体強化だけで跳ね返して、反撃に転じる? そんなの反則だろうがよォッ!


「お、オオオオーーー」

「まだ上限値じゃなかったんだ。でも、それじゃあ私に勝てない。」 


そんなこと知ってる。ここからが俺の!!

「!?、やるー。緩急のつけ方うまいね。二段構えの落とし穴。常人なら届いたかもね、常人なら。…でも――」


ゾクリと肌が粟立つ感じがした。


「私は勇者。人類救済の責務を背負うモノ。最強であらねばならぬ、人類の希望がたらん為に。」


咄嗟に体内のみに銀の魔力を練りあげ、左腕で顔を覆う。その判断が俺の綺麗な顔を救った。


「バゴッ」


「グッ…」


気づいたときには地面と並行に飛んでいた。それと同時に左腕に尋常ではない痛みが走った。すぐに治癒魔法で回復を施し、体勢を立て直す。


「いてぇ。」


…マジかよ。正直、SS級冒険者のジェドを殺せたから、俺が最強だと疑っていなかった。だが、やはり世界は広かった。俺の本気ですら歯が立たない。


〈これが、歴代最強の勇者。マスターですら届かない頂。…いいえ、そんなはずありません。マスターはまだ銀の魔力を使っていない。そう、だから負けていないんです!〉


…でもな、少し底が見えたぜ。少なくとも銀の魔力を使えば勝負は成り立つ。…勝てるかは不明だが。


〈最後に込められた力。明らかに限界値を超えていた。どういうこと? どうも魔力暴走ではないみたいだし。〉


そのまま勇者と見合っていると、ゼクスを抱えてメインリーがやってくる。

「コラァァァ!!! レッドォォォ。あんた、勇者に殴りかかるとは何事だい!! 反逆罪で処罰されたいのかい!!」

なわけあるか、ババア。俺ほど秩序を重んじているやつはいねぇよ。

「…ちょっと挑戦したかっただけですよ。」

「かああああ、アンタってやつは。」

そんなに暴れたらゼクスが死ぬぞ。

しっかし、勇者のやつ、無表情でこっちを見てきて怖いんだが。

「ねぇ、君、レッドっていうの?」

「…まあ。」

「そう。レッド、あなた勇者維新隊に入りなさい。」

(勇者維新隊って何だ?)

(主に外敵と戦う勇者を中心とした部隊です。勇者の側近になるという目的としては一応達成ですね。)

(…暴れた方がすんなり行くって嫌だな。)

(結果が良ければ何でもいいじゃないですか。)

(そうだけどさぁ。)

お前はそんな考え方じゃだめだろ。


「ぐがぅぇあら…。」


勇者がそう言った瞬間、ゼクスが呻き出す。

だが、勇者は冷たくそれを睥睨し、突き放す。

「勇者維新隊に弱者は不要。肉壁にもなれないんじゃ、居場所はないわ。もっと強くなりなさい。人を納得させるだけの力をね。見たところ、あなたにはまだ壊せる箇所があるし、強くなれるわ。」


それを聞いた俺は……ドン引きしていた。いくら顔が良くても、性格が終わっていたら、好きにはなれないんだなぁと現実の辛さを知った。



「バラバラバラバラ…」

「ファンファンファン…」


そして、しばらくするとヘリコプターや何台もの車がこちらに向かって来ていた。

「あら、随分仕事が早いこと。手間が省けていいわ。」

「ミコト…、そう上手くいくといいけどね。」

「大丈夫。この子に手は出させない。きっと人類の役に立つ。」


(…面倒なことになったな。)

(ご安心を。私が全て処理しておきます。)

(今回は素直に礼を言っとくよ。)

(言ってませんが?)

(あ・り・が・と・う!)

(どういたしまして。…どうして不機嫌なんです?)

(知らね!)


その後、俺は国の上層部の人間に尋問と長々とした説教を受けさせられたが、何か罰を課されるようなことはなかった。

しかし、解放された頃にはへとへとになっていた。

(あー、ちかれた。)


〈マスターにどうやってこれを伝えましょうか…。まずは様子見ですね。〉


(マスター、盗聴は妨害しているので声を出していただいても構いませんよ。)

(そう?)

「…はぁーーーー、勇者維新隊かぁ。化け物しかいないな。」

俺は今、勇者維新隊に割り当てられた建物に居るが、あちこちに怪物の気配を感じる。魔力は抑えられてるんだけど、静かすぎて逆に怖いんだよな。

「マルスラン大陸の最精鋭の集まりですからね。しかも、1500年も磨きあげた血の結晶体ですから。」

「…執念には勝てずか。」

「…どうですかね。でも彼女のお陰でお咎めは無しだったからいいじゃないですか。」

「でも結局はマルスラン大陸人のために戦うんだから、微妙だなぁ。」

「そこは何とも言えませんね。…そして、マスター、また一つサルベリア大陸で事変が生じました。」

「何? クーデターでも起きたか?」

「近いかもしれませんね。」

マジ? 適当に言っただけなのに。

「よく心して聞いてください。」

「もったいぶりすぎだろ。」

「…では、いきます。アレク・フォン・エルバドス、マスターの父親が、マルス・フォン・エルバドスによって本日殺されました。」

「…え? えっ? え?」

え?

「マジ、それ?」

「はい。マスターの手掛かりを求めて冒険者ギルドに行った帰りに、アレクはマルスに斬られました。」

「ちょ、待って。マルスがアレクを斬ったのか?」

「はい。」

「無理だろ。マルスじゃアレクに勝てないはずだ。後ろから刺したのか?」

「いいえ、真正面から切り捨てました。ただの一太刀で。」

「…そんなに強かったっけ?」

「…彼は知ったのですよ。間違っているのは自分ではなく、世界の方だとね。」

「…どういうことだ?」

「要は周りよりも自分を優先しただけの話です。その結果、彼は情を捨て、強さを得たのです。」

「……そうゆうことかよ。」

マルスの剣は相手を思いやるがゆえに鈍い剣。だから嫌いだった。一切の躊躇なく相手に剣を振り下ろせる俺が異常なのが浮かび上がるから。

もう哂うしかない。

「アレクを斬り捨てた後、マルスは旧フォーミリア王国方面へ逃走しました。現在、帝国騎士団と暗部が行方を追っています。」

帝国騎士団!!

「サラは知っているのか、このことは?」

「いいえ。現在、帝国騎士団に拘束され、尋問中です。」

「チッ。」

「ご安心ください。拷問はされていません。それに帝国騎士団はマルスの単独犯とみなしています。」

「ハァ。もう、どうすんの?」

「これで次期エルバドス家当主はマスターですね。世界覇権でも狙いますか?」

「は? 俺が次期当主? ねぇよ。」

「ですが、順序的に考えてもマスターが妥当ですよ。アレクは死に、マルスは自滅、そしてサラは女性。当主にはなれません。」

「で、俺?」

「はい。」

はい、じゃねえよ。

「というか前にさ、エルバドス家の家計は火の車とか言ってなかったか?」

「仰る通りです。」

「絶対継ぎたくないわ、そんなとこ。」

「ちっちっち、甘いですね。この私が居るんですよ、マスター。領内を開発するなんてお茶の子さいさいですよ。」

「…。」

田舎の領地でスローライフか。…仕事は全部パールに割り振ればいいし、実はホワイトなのか?

「どうですか?」

「まぁ、ありかな。でも、今はまだ嫌だ。」

「じゃあ、候補先の一つということで。」

「ああ、それでいい。…にしてもまさかアレクも殺されるとはなぁ。本当に死んだのか?」

「死にましたよ。右斜めからの振り下ろしで首が舞っていました。」

「きっしょ。」

「まぁ、人が殺されてますからね。でも思ったよりショックは受けてませんね?」

「正直、生みの親だとは思っても育ての親とは思っていないからな。」

俺の家族は前世の家族だけだ。大事なものは作らない主義だからな、俺は。

「ま、マスターが傷ついていないなら何でもいいんですけどね。」

「まあな。俺さえよければ何でもいい。誰も俺の邪魔すんな。」

「それでこそマスターです。」

…絶妙に褒めてないな、こいつ。

「とりあえず、明日に備えて寝よう。…ハァ、また自己紹介か。勘弁してほしいわ。」

「もう名前だけでいいんじゃないですか?」

「確かに。ま、時の流れが全てを解決してくれるさ。」

「都合いいですね。」

「それが俺だ。」

「知ってます。」

うざ。

「もう寝る。おやすみ。」

「ええ、いい夢を。」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぐうたら転生記 @sasuraibito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ