第200話 勇者見参

さて、ご飯も食べ終わったことだし、午後の訓練まで何をしようかな。まぁ、普通に――

(部屋にでも戻るかぁ。)

(友達は作らないんですか?)

(残念ながらそのキャンペーンは終了したんですよね。新規キャンペーンをお待ちください。)

(何ですか、それ。)

(いや、だからそのままの意味。友達は作らないってこと。)

(どうしてです?)

(作るのしんどいし、維持もめんどいから。)

(身も蓋もない理由ですね。)

(真実というのは大抵そんなもんだ。)

そもそも友達というのは何だろうか? まずはそこを定義してからじゃないとだめだろう。

(パール、お前の中に友達の定義ってあるか?)

(ありません。その代わり、栄光なる孤高、というものが存在しますね。)

…博士、俺は君の味方だよ。

(…なに、その栄光なる孤高って。)

(群れず、媚びず、恐れず、誰よりも高みに立つことを指すみたいです。具体例としてディアル・フォン・レンドラ――つまりは博士が挙げられていますね。)

(…そうか。)

もはや何も言うまい。

(というかフォンってことは、博士は貴族だったんだな。)

(はい。もっともレンドラ家は没落し、歴史からも抹消されてますけどね。)

(歴史から抹消って何をしたんだよ。)

歴史から抹消されるのって、確か帝国では最高刑だ。かなりやらかさないと適用されないはずだが。

(それは勿論、皇帝の意思に反して大陸間戦争を終結させようとしたことですよ。私がその最たる象徴ですし、その他にも色々とやっていたようです。それに博士は国策とはいえ、後ろ暗い実験にまで手を染めていましたからね、帝国としても消したい過去だったのでしょう。)

(スケープゴート的な?)

(いえ、大罪人ではないのかと問われれば、大罪人であると答えざるを得ませんからね、スケープゴートにしては大物過ぎます。)

まさかの大罪人かよ。まぁ、科学者っていうのはどこか頭のねじが外れてそうだもんな。マッドサイエンティストとか。

(一応聞いとくけど、ダークエルフも博士が作ったとかないよな?)

(…。)

(おい。)

(…まぁ、関与はしてそうですよね。もし本当に影のモノの闇を使っているのだとしたら、それはもう最先端技術に該当しますからね。博士が絡んでないとは考えづらいです。)

(…フゥ。それで博士はどうなったんだ? 処刑でもされたのか?)

(いいえ、行方不明です。本当は博士は避難民たちを避難船に連れてくる予定だったのです。ですが…。)

(来なかったと。)

(はい。)

(ふーん。そういや、最初に会った時にもそんなこと言ってたな。)

しかし、博士は生死不明なのか…。案外サイボーグ化して生きてたりしてな。もしくは帝国と裏取引して匿われてたりとか…ちょっと飛躍しすぎか。


そんなことをパールと話していると、勇者候補生の一団がこちらに向かってくるのが見えた。

…俺じゃないよな? 俺じゃないよな? 俺は信じてる。

「よぉ、非人。何でお前みたいなやつが食堂を使ってやがるんだ?」


「ドゴン」


…これって俺に言ってんだよな? 思いっきり俺の机を蹴られてるし。


「えっと、君は…」

「テメェの発言は求めてねぇ。」


「ブン」


相手が殴りかかって来たので、咄嗟に飛びのく。


「…どういうつもりだ?」

暴言なら許す、陰口も許す、まぁ、無視も許してやる。だがな、俺に危害を加えるってんなら話は別だ。どっちが潰れるか、勝負だ。


「どういうつもり? それはこっちのセリフだ!! ずっとこそこそ隠れてやがった卑怯者が。」

…あー、そういう感じか。力あるものは責務果たせってやつね。まぁ、分からんでもない。ちょっと冷めたな。でも非人って言いすぎなようもするけど。それだけ大陸を取り戻したいのか。


「…。」

「どうした、さっきまでの威勢はよォ。」

これ、いつになったら終わるんだろう。さっき殴りかかってきたのはその意識の高さに免じてやるから、どっか行ってくれないかな。


「…。」

「ッチ、腰抜けが。二度と食堂に来んなよ。」

俺だって別に来たくなかったんだけどな。メインリーが連れてきたんだよ。


嵐のような輩共が去り、俺も部屋へ戻る。

「なんかやる気なくしたなぁ。」

「元からないのに何を言ってるんですか。」

「それは言わない約束でしょ。」

「してませんよ、そんな約束。」

「これだから人工知能はさぁ。じゃあ、今約束な。これから先、言わないこと。」

「しょうがないですね。善処しましょう。」

「しないやつだろ、それ。」

「経験者は語ると言うやつですね。」

「違うわ!」

「そうですか。ところで話は変わりますが、トランテ王国がマルシア王国国境に軍を集め始めていますね。それに対してマルシア王国は動きが鈍いです。」

「マルシア王国は東部諸国連合とも接してるからなぁ。動きづらいのかもな、ジルギアス王国も暴れまわってることだし。」

「ですね。ただ、トランテ王国としても細心の注意が必要です。」

「というと?」

「マルシア王国には聖女がいます。万が一彼女に危害を加えてしまえば、セントクレア教徒が一斉に敵に回ります。そもそもマルシア王国を攻める時点でかなりの反発が予想されますが…、それでもトランテ王国はマルシア王国を攻めるようですね。」

地球で言うとバチカンを攻めるようなものか? …それはどう考えても不味いよな。この上なく悪手だ。

「大丈夫なのか、それは?」

「あくまでマルシア王国を治めているのはマルシア国王ですからね、聖女が統治しているわけではありません。ただ、マルシア王国を下したとしても聖女と向き合う必要があります。ですが、うまく聖女を扱うことができればセントクレア教徒をうまく誘導できるという利点も存在します。」

「うまく使えればな。」

宗教はねぇ、厄介だよ。あれは心に、精神に働きかけるからやり方次第で無敵になれる。まあ、この世界では愛を信仰するセントクレア教と、大精霊を信仰するエルフィー教が二大宗教だからそこまで厄介な感じはしないけどな。

「今代のトランテ国王は優秀ですから下手は打たないでしょう。」

「そう。…その感じだとトランテ王国が勝つのを前提にしてそうだけど、トランテ王国が勝つのか?」

「マルシア王国は宰相が辞め、国王も色におぼれているので勝てる道理がありません。」

「なーるほどねぇ。」

じゃあ、問題はマルシア王国がどこまで抵抗できるかだな。帝国との条約が終わる1年後までにはマルシア王国を下したいだろう。だが、帝国としてはマルシア王国に簡単に倒れてもらっては困る。…これは北の海路で軍事支援をするのかな?

「…帝国はマルシア王国に援助すると思うか?」

「しないでしょうね。帝国は北に海を持っていますが、それはトランテ王国も同じです。トランテ王国としては帝国から補給を受けさせないようにマルシア王国の港を徹底的に破壊するでしょう。しかし、マルシア国王が堕落しているとはいえ、気骨ある貴族がいないわけではありません。マルシア王国の北部貴族と西部貴族が婚姻同盟を加速させ、トランテ王国に備えているようです。」

「勝てるのか?」

「無理です。」

おおぅ、無情な答え頂きました。現実ってそんなもんだよな。

「ですが、時間稼ぎに徹し、帝国とトランテ王国の条約が失効するまで耐えきれば勝利の目が出てきます。もちろん帝国の参戦は必須ですが。そのときには聖女の保護という名分でトランテ王国を侵攻することになるでしょう。マルシア王国も属国となりますが…、滅ぼされるよりはマシでしょう。」

「ならマルシア貴族の手腕に期待だな。どこまで耐えられるか、高みの見物といこうか。戦場にも行ってみたいな。」

「なら早くマルスラン大陸を片付けなければいけませんね。」

「ハァ、結局そうなるのね。」

「ただ…。」

「ただ?」

「もしも聖女が聖令を発するようなことがあれば、一気に戦況は分からなくなります。」

「聖令って何?」

「聖令とは聖女がセントクレア教徒に向けて発する詔ですね。強制力はありませんが、影響力はすさまじいものです。」

「…彼女は出すのかな?」

「今の所出すつもりはないようです。しかし、マルシア王国の形勢が悪くなれば、間違いなく圧力がかかるでしょう。」

「だよな。」

「ただそうなってしまえば各国はセントクレア教徒を警戒せざるを得ません。それは聖女も望まないでしょう。マスターも知っている通り、彼女は人格者ですから。」

「今はな。」

聖女が聖女たるか、それが試される。大勢の信徒を戦に駆り出すようなら、俺はやはり宗教は危険だと思ってしまうだろう。俺的にはそうである方が望ましいが。

「また、そういうネガティブなことを言うんですから。」

「仕方ないね、そういう人格なんだから。」

「今更矯正なんて無理ですしね。」

「…なぁ、古代文明の時代に人格の改変って人為的に出来なかったのか?」

この世で一番大事なのはお金でも、地位でも、権力でもない。この世で一番大事なのは人格だ。つまり自分が自分であるという感覚。自我こそが自分を自分たらしめる。

「…それを知ってどうするんですか?」

〈人格…、今のマスターの人格は前世から引き継いだもの。だが本当にそうなのか、実はこちらの世界で生まれるときに手を加えられているのではないかと疑っている?〉

「…この世で一番大切なのは何だと思う?」

「一番ですか?」

「ああ、一番。」

「…真理でしょうか。」

「…真理…、なるほど実に人工知能的な考えだ。」

「そうでしょうか? なら、マスターはどのようにお考えなのでしょうか?」

「俺はねぇ、人格だと思っているんだ。」

「人格ですか。」

「そう。さっき言った人格者という意味の人格じゃないぞ。自分が自分であるという感覚、自己の同一性、連続性と言ってもいい。」

「人格…。」

「いくらお金があろうと、高い地位についていようと自分という意識が無かったら無意味だろ。だからねぇ、俺は恐ろしいんだ。自分が自分であるという意識がなくなることが。」

地球では認知症や多重人格といった自己認識に関する病気がある。それが何よりも恐ろしい。自分が自分でなくなる。それすなわち人間の脆さ也。

「…マスターは自分が自分でなくてはならない理由が欲しいのですね。」

「そう…かもしれない。」

正直、前世ではこんなことを話す相手は居なかったからな。まぁ、こんなのほんの序章に過ぎない。本当に俺が抱える闇は曝け出せる気がしない。…ただ、こいつならいつか話せるかもしれない、俺のすべてを。…なんてな、俺は全てに期待しない。その代わり絶望しない。そうやって生きてきたのだから。それを否定してはそれこそこれまでの俺の人生が間違っていることになる。それは許容しかねる。


〈…ここがきっと一つの分岐点ですね。マスターを思えば、ここは否定するのがいいのでしょう。ですが、嘘をつかれたと知ったマスターは私を遠ざけるでしょう。…何が最善か。…私は——〉


「――では、マスターの質問にお答えします。まず古代文明以前に現代においても人格が変わる病気というのは存在します。主に経年劣化ですね。それと死の淵を彷徨うような病気やケガから生還した際には、性格が変わったという報告もあります。」

「…。」

そこまでは知ってる。それも許せないけど、一番の問題は人為的に変えられるのかどうかだ。それで何かが変わる。

「それで古代文明時代ですが…、当時は魂や意識の存在について詳しく調べられていました。具体的に魂の存在は肯定されませんでしたが、過酷な人体実験の果てに人格が変わるというのは多々ありました。それらを詳しく解析することで、強烈な電気ショックや音波を脳に与えると一時的に記憶が消え、そこに新しい記憶を上書きすれば人格を変えられるということが発見されたのです。ただ、当時の権力者がそのあまりの非道さに禁忌設定をし、表の舞台から姿を消しました。もっとも確認する限り暗部では今もまだ引き継がれているようですが。」

「…なるほどな。」

発狂してしまいたい。いっそ狂えたらどれだけ楽だろうか、だけど俺の強固な理性が俺を逃がしてくれない。


〈酷い顔です。…私の選択は間違いだったのでしょうか? ですが、マスターは真実を知りたがっていました。でも知ったがゆえにこれほど苦しんでいる。〉


「…一つ聞きたい。それは魔法が無くても可能なのか?」

「…可能です。多くの人々が魔法の利便性に囚われていますが、大昔には人力で火を起こしたりしていたのです。それを『科学』と呼んでいたのですけれどね。今ではすっかり廃れてしまいました。人は便利な方に頼る、然もありなんですね。」

「違いない。」

これでまた一つ俺の存在理由が消えたな。違う奴の記憶を消して俺の記憶を植え付けたら、そいつが俺になるってことだろ。もう笑えてくるな。

「じゃあ、最後に聞かせてくれ。古代文明時代に自分そっくりの人物を作り出すこととかってできたのか?」


〈マスターの心拍が低下しています。…いえ、薄くなっている? 一体マスターに何が起こっているのでしょう? 早く、早く元のマスターに戻ってください。〉


「可能でした。自分と同じ遺伝情報を持ちつつ、限りなく同じ存在である『クローン』を作り出すことは。」

「そう。」

それはもう自分を増殖できるっていうことだよな。ますますオリジナルがオリジナルである必要なくね?

「ただそれも禁忌設定され、こちらは完全に廃棄されました。自分を作った貴族は全員処刑、科学者も一生軟禁とされました。」

何の慰めにもならんよ、そんなの。危惧していた可能性が現実化していたという事実だけでオーバーキルだよ。クローンに自分の記憶を乗せれば、それはもう…。

「――ただ、人の記憶を抜き出すという技術は無かったため、極まれに上書きされた記憶が消えて元の記憶を思い出すということもあったようです。」

「記憶を抜きだす技術は無かったのか。」

「はい。」

…それはちょっと話が変わってくるかもな。俺の記憶を抜け出せないってことは、完全なる俺にはなりえない…。

「ちなみに記憶を上書きするってどうするんだ?」

「特殊な音波に作った物語を乗せて聞かせるだけです。他には電気信号や光に情報を含ませて脳に届けるという方法も開発中でした。ただ、こちらは完成しませんでしたが。」

「なるほどね。」


〈マスターの声に張りが戻ってきました。これはやりましたか?〉


本当に最悪の事態は回避されたってところか。でも何か印象が薄くなってるけど、人格は人為的に変更できるんだよな。普通に鬱になりそうだわ、こんなの。発想を変えれば、人為的に人格を変えようとしても変えれないのであれば、そいつがそいつであることに価値が生まれるけど、どうなんだろうか? それで変わってしまえば庇うことすらできない。やはり挑戦というのはすべきではない。可能性があるうちは夢の中で生きられる、覚めることのない夢で。


「そろそろ時間ですね。訓練室に向かいましょうか。」

「そんな気分じゃないんだけどなぁ。」

すっげえ鬱の気分すぎて今なら無辜の人間でも大虐殺できそう。

「運動すれば塞がった気分も晴れますよ。」

「ハァ、そうかね。」


訓練室へ行った俺を待っていたのが食堂で俺に声をかけてきた奴だった。

「非人…!」

マジで今の俺は機嫌が悪いからな、殺しそうだぜ。すでに首輪と腕輪は外されてるからなァ。


「ゼクス!! あんた、何を言ってんだい!」

「だってそうだろ!! こいつはぬくぬく隠れて生きてやがったんだぞ。」

「この子にはこの子の事情があるんだよ。勝手にあんたの物差しで測ってんじゃないよっ!」

「ギリリッ」


「ああ、いいっすよ、メインリーさん。俺がこいつをぶちのめすんで。」

「レッド…」

「あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝? 調子乗ってんじゃねぇぞ、殺すぞ、テメェ!」

「やってみせろよ、ゴミカスがァ!」

もう無理だわ。全てが無理、まだ俺の中で整理がつきそうにない。とりあえずこいつは半殺しだ。


「もういい、さっさと戦いな。やばくなったらこっちで止めるからね。」


「プシュウ」


訓練室から人が去り、俺たちのみが残る。

「死ねっ!!」

「テメェが死ね!!!」


「バキドコバキドコ」


互いに激しい突きや蹴りが飛び交う。


「螺旋炎槍!」

「紫電雷!」


「ピシピシピシ」


互いの魔法が中心点でぶつかり、凄まじい衝撃波が生じる。その余波でガラスにひび割れが入るもメインリーは止めるそぶりを見せない。


「この程度かよッ!! 非人!!」

「そっちがな!!」


この野郎、なかなかやる。だが、人体改造してこの強さなら泣けてくるなァ、おい。少なくともテメェは俺の下位互換だ。つまり俺に存在価値がないならテメェも無価値なんだよ!!


「ゴオン」


互いの頭突きがぶつかり合い、鈍い音が響き渡る。

「腰抜けは引っ込んでろよ!!」

「引っ込んでただろ!! 俺は引きずり出されたんだよ! それにこの程度で調子に乗ってんならお前は無価値だな!!」

「黙れ!! 俺は勇者になる男だ!!」

「無理だね!! この俺程度と競っているようじゃ、一生かかっても無理だ! 諦めろよ、分不相応だ!」

「何を分かったつもりでいる!! 俺の事は俺にしか分からねぇ!」

「数字は嘘をつかねぇぞ。今の勇者の魔力量は300万らしいじゃねぇか。テメェはいくつだよ!」

「グッ…!」

一瞬、相手が動揺し隙を見せる。まだまだ甘い、心が弱すぎる。こいつに勇者は相応しくはない。俺がここで土をつけてやる。


「ラアアアアア」

「ブン」


組み合った体勢から風魔法の追い風で相手を押し込み、強烈な蹴りを叩きこもうとするも空ぶってしまう。


「バチバチバチ」


紫の雷。大幅に身体能力が向上している。とうとう身に纏ったか。


「まさか非人ごときにこれを使うなんて…、クソがァァ!!! 楽に負けれると思うなよ!!」


…アレックスよりも強いな。流石に人体改造をしているだけはある。


「負ける? この俺が? 冗談キツイわ。俺は勝てる勝負しかしねぇっての。」

まだまだ破壊的衝動は止まらない。ぜひ受け止めてほしいね、受け止められるなら。


「「死ね!!!」」



二人の戦いをガラス越しに観戦する他の勇者候補生たちはあまりのレベルの高さに戦慄するほかなかった。

「な、なんだよ。これ。」

「ゼクスはまだ分かるけど、なんであんなやつがあんなに強いんだっ…!」

「ハ、ハハ勝てっこないじゃん。」

「…。」

「化け物かよ…。」


〈…あの状態のゼクスに対しても優勢を取れるのかい。魔法の発現スピードが若干レッドの方が早い。超高速戦闘ではその差が大きく出るからねぇ。…ただ、相性は悪いみたいだねぇ。…離した方が二人のためかねぇ。〉



「ドゴッ」


クソ、やっぱり相手の方が最高速は速いな。こればっかりは雷魔法の強さだからどうしようもないな。なら、火力で押すまでだ。


風魔法で宙に舞い、全方位に向かって風で圧縮した火球を飛ばす。かなりの魔力量を込めたが、どうなろうが知ったことかよ。何より破壊衝動が止まらな過ぎて、俺自身が怖い。この辺で発散が必要だ。


「ウオオオオオオオオ 魔力が高まる、溢れる。」


「ヒュンヒュンヒュン」


「あのバカ!! 何て魔法を放つんだい!! 建物が壊れちまうよ!!」

メインリーが慌てるが、魔法の発動が止まるはずもなかった。


「ドンドンドンドン」


無秩序に放たれた魔法で訓練室が吹き飛び、建物まで吹き飛び始めて訓練生たちも逃げ惑う。しかし、辺り一面が火の海と化し、逃げようにもすみやかに逃げられない。


「ガラガラガラ」


近くの建物もジンの魔法を受け、黒煙と土煙を上げながら崩れ去っていく。


…やっべぇ、流石にやりすぎたかも。

(マスター、やりすぎですよ。国家転覆罪で捕まりますよ。)

(…いや、俺レベルが本気で魔法を使えば訓練室で抑えられるわけないじゃないか。そもそもこれでも範囲は限定したんだぞ。)

(ここが勇者訓練施設でよかったですよ、本当に。)

(でもこれ流石に不味いかな?)

(どうでしょうか? 案外喜ぶかもしれませんよ。新たな戦士は強いとね。)

(ま、殺されそうになったら銀の力で強引に帰ろう。)

(それがいいですね。)


「…!?」

「バシッ」

「まだだァ、まだ終わってねえぞ。」

「しつこいぞ、お前。」


土煙をかき分けて、ゼクスが襲い掛かってくる。見たところ身体は擦り傷でいっぱいで血も流しているが、戦意は全く衰えていないようだ。

俺的には発散できたし、もういいんだが。


「バチバチバチバチ!!」


「おい、やめとけ。身体が耐えれてないぞ!」

ゼクスの身体に亀裂が走り、肉が見えている。それでもかろうじて人間としての形は保っている。

「るせぇ!! テメェなんかに負けられるか。」

「ッチ。」

顔が少し歪む。ここまで追い込んだのは俺、少し大人げなかった。こいつはまだ15歳くらいなのに。


「ぜってぇ倒す。」


「チュドーン」


両腕をクロスし、ゼクスの蹴りをガードするもものすごい勢いで吹き飛ばされる。

速い!! それに腕に残るダメージも先ほどと段違いだ。


「コラァ、あんたらァやめんかい!!!!」

遠くからメインリーの怒鳴り声が聞こえる。

いや、俺ももう辞めたいよ。俺の負けでいいからさ。


「紫電一閃」


「!!、黒剣!!」


「ゴウ」


咄嗟に魔法剣でガードするも、押し切られてしまう。

「クソッ、何で急に強くなった! 追いつめられると覚醒するタイプか?」


「紫電雷光」


「…クッ」


何とかゼクスの魔法剣を躱す。

風と水蒸気の索敵で何とか食らいついていってるが、正直軌跡を追うのも厳しい。これはかなりピンチと言っていい。…ゾーンに入るかぁ。精神的疲労が凄いからあまり使いたくないんだけどなぁ。そんなこと言ってられないか。


「今度はこっちから行くぞ…。」

風纏を解除し、闇纏を発動する。これは黒龍を参考にしている技だ。風纏よりも魔力を食うが、その分攻防ともに優れている。


「ズン」


剣を交えるたびに腹に響く音が鳴り渡る。音速を超えた剣戟はソニックブームを発生させ、辺りの瓦礫を削っていく。


「紫電一閃」

「死彗星」


「ゴウウウウ」


雷を一点に集中した突きと闇を一点に集中した突きがぶつかり合う。


「シュッ」


俺は膠着状態になると悟った瞬間、魔法剣を消し、新たに左手に魔法剣を召喚して振り下ろす。ゼクスは身体を反らして躱すも頬に傷を負う。


「…おお、オオオオオオオ。」


…コントロールが効かないのか。身体から煙が上がってるし、オーバーヒートをおこしてるな。…すぐに楽にしてやる。俺は目を閉じて超集中状態の先、極集中状態へといたる。


〈マスターの意識レベルが低下、これは極集中状態ですね。人類の身体には秘密が一杯です。こんな状態、私のデータベースにもありませんでしたから。〉


「コロスゥゥゥ!!!」


ゼクスが襲い掛かってくるが、俺にはふざけてるのかというくらいゆっくりにしかみえない。ただここで不思議なことが起こる。少し身体を動かすと先の未来が見えるのだ。ゆらゆらと身体を動かすたびに見えるビジョンも変わる。



恐らくこれが——


「プ――」


理の秘剣!!


だが――

「それはやりすぎだよ。」


気づけば目の前に女性が立っており、俺の黒剣にそっと手を添え、ゼクスの雷剣も止めていた。瞬間俺の背中には怖気が走り、すさまじい圧を感じた。


「ねぇ、君たちどうしてこうなったのかな?」


俺はすぐに悟った。この女こそが——今代の勇者なのだと。


ーー??--

秘剣・・・150話




































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