第199話 訓練

微妙な空気の中で朝食を食べ終え、服も用意された戦闘服に着替える。

「…行くか。」

「はい。早くしないとメインリーが怒りますからね。」

「なぁ、あの婆さんって元勇者だったんだろ?」

「はい、そのとおりです。」

「じゃあ、今の勇者と血の繋がりとかあるのか?」

「あります。今代の勇者は彼女のお兄さんの血筋ですね。」

「ふーん。」

「すでに彼女のお兄さんは亡くなり、その子供も亡くなっていますけどね。今代の勇者は彼女のお兄さんの孫です。」

「…へー。」

まさに呪われた一族だな。しかも自分たちでそれを推進しているんだから、どうしようもない。大陸を取り戻したところで、短命なのは間違いなくすぐには変わらないだろう。子孫が普通の人になるまでには、かなりの期間が必要だ。そもそもの疑問として今の力を手放すことを政府は、世間は許すだろうか?、というのもある。 …まぁ、そこまで俺も面倒は見れない。宜しくやってくれ。俺はただ純粋に俺を出し尽くせたらそれでいい。


部屋を出て訓練棟へ到着すると、各所で魔力の高まりを感じる。

こんな朝から訓練するとか凄いな。勉強よりは…、マシか。身体を動かすのは頭が空っぽでもできるからな。腹さえ満たしておけば何とかなる。

(パール、これからどんな訓練をするか知っているのか?)

(はい。まずは身体に電気を流し、細胞に閉じ込められた魔力を刺激するようです。)

(身体に害は?)

(ありません。)

(それはよかった。)

(しかし、疑問を抱かれる可能性があります。)

(えっ?)

(マスターはすでに鳳凰の羽で身体の細胞から魔力を引き出しています。そのため、魔力値の向上は見込めません。)

(ッチ、ここにきてそれが出てくんのかよ。)

良かれと思ってやったのに。俺の場合、物事が裏目に出る率が高いからな、勘弁してほしいよ。

(ですが、それは私がいない場合の話です。現状は問題ありませんよ。数値を軽く弄るので。)

(…じゃあ、何で言った? ていうか、本当に大丈夫なのか、それは?)

(どういう意味です?)

(いや、実際には変わってないのに、数値を変えたらデータと現実が合致しないだろ。)

(そこまで大きく改竄するわけではありませんよ。多少数値を盛るだけですから。)

(そっか。でも魔力値が増えなかったらさ、やべえ訓練させられるのかな?)

(これまでだったらそうでしょうね。ただ、マスターに関しては元からステータスが高いので、どうやら丁寧に育てる方針のようです。なので、そうそう無茶な訓練はないでしょう。)

(…喜んでいいのか悩ましいな。)

(まぁまぁ、細かい事は置いておきましょうよ。)

(細かくはないだろ。)

(それよりもマスター、どうやらマルスラン大陸政府はダークエルフと決戦することも視野に入れ始めましたよ。)

…とうとう腹を括ったのか。いつかはしないといけないわけで、それが今だということはベストタイミングだと判断したんだろう。

(…きっかけは俺か。)

(ご名答です。もともと今代の勇者が完成した時点で決戦に踏み切る選択肢が議場では挙げられていました。残り時間が僅かなのは共有されていましたからね。ですが、決定打はマスターの示した数値です。マスターの数値は改造前にしては高いものでした。だからこそ、彼らは可能性を感じたのすよ。大陸を取り戻すというね。)

(でもさ、大陸を取り戻したところですぐには住めないだろ。荒れ果ててたぞ。)

砂漠とは言わないまでも、草木一本すら生えていないような大地だったからな。あれが戻るのにどれぐらいかかることやら。

(それは問題ありませんよ。そもそもマルスラン大陸人は1500年も地下で暮らしてきたのですよ。緑化の技術は持っていますし、家畜や魔物の遺伝子も一通り持っていますから、10年もあれば元通りでしょう。それよりもこれまでの地下都市をどうするのかが大きな問題になると思いますね。)

(…マジかぁ。確かに言われてみればそうだな。)

これは普通に地球の文明よりも進んでそうだな。影のモノさぁ、ちょっとぬるいんじゃない? もうちょっとマルスラン大陸を痛めつけてもよかったでしょ。…もしかして、そうしようと思っていたけど帝国が代わりに痛めつけたからやめたってことはないよな? なまじありそうで嫌だわ。


訓練棟の最上階まで階段を上ると、メインリーがすでに待機していた。

「おっ、ようやく来たかい。」

「あっ、はい。」

…何でメインリーなんだよ。それぞれの訓練に指導者がいるっていう話だったのに。

「坊や、あんたは私が付きっきりで担当することにしたからね。よろしく頼むよ。」

「…えっ?」

「さあ、さっさと始めるよ。」


(何で、このババアなんだよ! ざっけんな。)

(いいじゃないですか。元勇者ですよ。それだけ大事にされているってことですよ。)

(…お前、面白がってるだろ。)

(…何のことですか?)

(とぼけんな。お前の雰囲気から分かるんだよ。)

パールの声はどんなことがあろうと、平坦な機械音声だ。ただ、それでも声に含まれる声色から何となく感情が伝わってくるのだ。…こいつも感情の存在を認めたしな。

(言いがかりはよしてください。ほらほら、説明はちゃんと聞かないと駄目ですよ。)

マジでむかつくわ、こいつ。


「じゃあ、電気を流していくからね。耐えるんだよ。」

メインリーに両手両足に電極を取り付けられ、ベッドに横になる。

(これ虐待だろ。)

(捉え方の問題ですよ。)

(いや、どう見てもそうとしか捉えられないだろぉおお)

「オオオオ! ちょ!、痛いんすけど。」

「我慢しな。良薬は口に苦しっていうだろ。それと同じようなもんだよ。」

「それ。違う。」

初めて身体に電流を流され、あまりにも高電圧だと呼吸がままならなくなることを知った。


耐えること数分、ようやく電流が止まった。

「じゃあ、魔力量を測定するよ。」

もう好きにしてくれ、クソババア。

(大丈夫ですか?)

(大丈夫だと思うか?)

(元気そうですね。)

(殺すぞ。)

ただ身体は不思議なことにすっきりした感じがする。不純物が分解されたのかな? 電気分解的な?

(物騒な人ですね。)

(物騒な国の生まれなんでね。)

(理由になってるんですか、それは。…おっと、数値を改竄しておかないと。)

(そりゃ、物騒な国に産まれたら物騒な人間に育つだろ? そういう研究結果とかないのか?)

(ありません。つまらない研究テーマなので。)

(辛辣だな。)

一つ確かなのはギラニア帝国は物騒だということだ。治安とかそういう話ではない。対外強硬、選民思想、優生思想、宗教統制、情報統制、禁忌の設定等、挙げればきりがない。その中でも一番際立っているのが天帝思想。いずれ皇帝によって大陸は、世界は支配されるという思想だ。だが、このやり方でギラニア帝国はどの国よりも長く存続している。つまり今の所、これが正解だということだ。生まれながらにして人の能力格差が著しい。そこに合致しているのが帝国の思想だということだろう。


「…179万、あまり変わっていないね。元から引き出されてたのかね。そうならあの数値も…うん、説明はつかないか。」

増加量は一万か。何とも言えない量だな。

「よし、じゃ、次は瞬間魔力放出量を鍛えるよ。この中に入って。」


「プシュゥー」


部屋に置かれていた見覚えのある棺桶のようなものが開き、そこに寝そべるように指示を出される。

これって…


「さて、凍らせるよー。」

やっぱりそうか、そういうことか。


〈…………。〉


「今から細胞を凍らせるから、それを魔力で打ち破るんだよ。魔法は禁止だからね。」

「…魔法禁止は不味くないですか?」

「魔法ありだとすぐに融けて意味がないだろ。非常時の場合は私が助けてやるから、ほらさっさとしな。」

「鬼だ…。」

「何だって!!」

「何でもないです…。」

くそっ! すっげぇ小さい声で言ったのに聞こえてるとか地獄耳にも程があんだろ。

「じゃあ、まずは右腕から行くよ。」


「ガキン」


「クアッ! 冷たい。」

「ほら、さっさと抜け出しな。」


丹田から魔力を練り上げ、右腕に流すもうまく流れない。力づくで強引に流すしかないようだ。

「くぅう…。」


「バキン」


「ハァハァ…」

まさかこんな訓練法があったなんてな。右腕がマジで動かなかった。…じゃあ、氷魔法をくらったらああなるってことか。そりゃ、絶対零度は一撃必殺なわけだ。


「じゃあ、次は左腕だね。」

「えっ、まだやるんですか?」

「当たり前じゃないか。まだ始まって15分も経ってないよ。」

「いや、時間の長さで決めるのはどうかと思いますけど。」

「つべこべいうんじゃない! 左腕!」

「くっ。」

これだから年寄りは人の話を聞かない。耳が遠くなったのなら第一線からは引いてもらいたい。


「バキン」


「…終わりですよね?」

「左足!」

とうとうババアは俺の声すらも無視しだした。


それからどれくらい経っただろうか?、俺は完全に魔力が尽きていた。

「まぁ、こんなもんかね。さて、休憩だ。」

メインリーに促されるまま床に座るも、座り方まで指導してくる。

「ほら、ここに足を置いて。そう。」

「痛いんですけど。」

「坊やは文句しか言わないね、そんなんじゃ勇者になれないよ。」

「もういいです。」

「聞こえないね。ほら、目を瞑って。」

「耄碌ババア…、いひゃい。」

「この口が言ったのかい、この口が!!」

「いっへない!」

「まったく、こんなんじゃ勇者になれないよ。」

「…。」

嘆きたいのは俺の方だよ。何が悲しくてババアと二人きりで訓練をせにゃならんのだ。

(マスター、すっかり手玉にとられていますね。)

(何か、ミリアと同じ空気を感じるんだよ。)

小さい時からミリアの鉄拳を受けてきたため、身体が逆らいにくくなっているのだ。その弊害が出ている。


「じゃあ、今から録音を流すからね。黙って聞きな。」

録音? 何だそれ?


『~~~~~//////////////…』


最初は纏まりがなかった音楽が、次第に一定のリズムを持った音楽へと変化する。

これは――


〈潜在能力を音楽で引き出す、戦争技術。マルスラン大陸でも開発されていたのですか。〉


心が急激に冷えていく。地上を取り戻せなければ、マルスラン大陸の人類は絶滅する。つまり地上を取り戻すのは絶対に必要ということ。地上を取り戻すためには、最後の一を残し、それ以外全部を犠牲にしてもつぎ込まなければいけない。そのためなら勇者の存在は肯定できる。いや、むしろ足りない。なぜ、マルスラン大陸人全員が兵士とならなかった? 全員が改造を施していれば、今よりも強い人間は多かった。それをしなかったのは甘え。これでなんとかなるだろうという希望的観測。それを優しさとは呼ばない。恩恵を受ける者はその分代償を支払うべき。


…何かがおかしい。俺は違和感を覚えたものの一度考え始めると止まらなかった。


一部の者たちに勇者という役目を押し付け、迫りくる危機を知らず、栄える地下都市の裏にある闇にも気づかず、安穏と暮らす大多数の人々。それなのに一丁前に声だけはでかい。そんな彼らに救う価値はあるだろうか? …分かってる、世の中、そんな奴らが大多数を占めていることは。彼らがいるからこそ少数の者たちに価値が芽生えることも。だが、感情は別。沸々と怒りが湧き出てくる。それでいて頭は凄く冷静だった。


〈…魔力が再び溢れ出しています。すでにマスターの魔力は枯渇していたはず。アドレナリンの放出による副作用…。しかし、まさかここまで魔力が残っていたとは想定外です。…凍える眼差し、凍てつく雰囲気、これはシャンデリア皇女と同じ。自分の信じる道へ人々を導くためならいかなる犠牲も許容する為政者の眼。〉


〈ほお、瞬間的にだけど200万にまで到達したね。ここまで効果が大きいとは思わなかったよ。多分坊やは日常生活で感情の振れ幅があまりなかったのだろうね。…それはそれで哀れだね、どういう風に育ったんだか。でもそのおかげで自分の感情を解放した時には、巨大な力を発揮するんだから皮肉としか言えないねぇ。〉


やがて音楽が止まるも、高揚した気分は落ち着かなかった。

「気分はどうだい?」

「これ以上なく最悪ですよ。」

本当の俺というのを知った気がする。たぶんあれは俺が心の奥底で思っていたこと。…ふふ、分かり切ってたことだけど、俺はやっぱり人でなしだ。合理性の観点かつ大局的に見たときの視点、それらによる益が最大となるならどんな悲劇でも局所的に降りかかるのを許容できる。たとえ、それが自分や血の繋がりのある人、親しい人に降りかかるとしてもだ。だが、それは私人として生きる限り正しくない。だからこそ、俺は好き勝手に生きる。

「けど、魔力が溢れてくるだろ? これはね、聞く人の魔力を、力を最大限に引き出すように、聞く人によって波長が変わるんだよ。坊やのは恐ろしく背筋が冷えるような曲だったね。何を思ったんだい?」

「…秘密です。」

「そうかい。でもその力を自分のものにできれば、さらに強くなれる。頑張ることだね。」

「はい。」

「じゃあ、また冷凍庫に入るんだね。」

「えっ?」

「ほら、早く!」


その後、冷凍庫に入るのと音楽を聞くのを繰り返していると昼食の時間となった。メインリーに連れられて食堂らしきところへ行くと、ちらほらと勇者候補生がいた。

「ほら、よく食べんだよ。2時までは自由時間だから、好きに過ごせばいい。2時になったら訓練棟の4階に来るんだよ。」

「分かりました。」

そして、メインリーが去っていく。

(…見られてるな。)

(人気者はつらいですね。)

(それな。…疲れたわぁ。午後もこんなことをするのか?)

(午後は組手です。ここで力を発揮すれば、大きく勇者への側近に近づくでしょう。)

(ふーん。じゃあ、まあ、ボチボチやるか。)

(ボチボチなんですね。…それとサルベリア大陸に関する新たな情報があります。)

(…マジかよ。何?)

(あの食堂のおじいちゃん、レンゲンが殺されました。)

あの殺しても死ななさそうな爺さんが死んだのか。ただ、これで俺の受け継いでいない料理のレシピは消えちまったか。残念だ、本当に。

(…ヒルデガオンは?)

(彼も殺されました。お爺さんを守ろうとして。)

守ろうとして守れていないなら無意味だな。俺は結果主義者、過程、動機なんかどうでも良い。残された結果が全てだ。大体命をかけてまで守るほどのことか? 俺には分からない。

(じゃあ、あの女の人は?)

(殺されていませんよ。彼女の後ろには天下三匠がいますからね。彼を敵に回すつもりはないようです。)

(ふーん。ちなみに誰に殺されたんだ?)

(マスターも戦った裏の住人と傭兵たちですね。ですが、彼らも所詮は駒ですけど。)

(黒幕はエドウィン・アルカイザー、か。)

(覚えていたんですね。)

(だって、これからの主役だろ。…にしても何のためにあの爺さんを殺したんだ? だいぶ前から揉めていたみたいだったけど。)

(土地、でしょうね。彼の先祖は地主で、彼もまたそれを引き継いでいたのです。すでに遺産は彼らの仲間が引き受けるように書類が改竄されていますからね、間違いないでしょう。ケルビンはトランテ王国の中でも有数の都市ですし、対帝国の事を考えると良い立地でもあります。)

(なるほど。間違いなくそれ帝国だな。つまり帝国と一戦交えるつもりってわけか。)

(ですね。エナメル王国に負けることなんて考えていないようです。)

(この分じゃ、他にも色々仕込んでいそうだな。)

(そうですね。今、色々と追っていますが、中々のものです。しかも、核心部分は上手く隠しているのか、たどり着けないのです。)

(そうでなくちゃ面白くないよな。…そういや、マーテル公国はどうだ? ローズは発動したのか?)

(まだですね。現在、公太子が国境付近に向かって出撃中です。)

(使ったら教えてくれ。)

(了解しました。)

にしてもあの爺さんが殺されたのか。驚くほどに心が揺れてないな。まぁ、俺は苛められてたし、当然か。ただ、これであの街に行く理由はなくなったな。


ーー??--

「久しぶりだな、エルフィス。」

「…はい、ノルヴァリア殿下。」

その返しにノルは顔を顰めそうになるのを堪える。もはや自分も彼女も前のようにはいかない。分かっていたことではあったけれども、心に刺さるものがあった。

「少し話したいことがあるんだが。」

「分かりました。では、こちらに。」

エルフィスの案内に従い、ネームズが先に続く。異変があればまずは自分が対処できるように。その心遣いをくみ取ったノルは複雑な心境であった。


「ガチャッ」


「さて、ノルヴァリア殿下、本日はどのようなご用件でお越しになられたのでしょうか?」

「…俺は帝位争いに参加することにした。だから、力を貸してほしい。勿論、お礼は弾む。…俺が皇帝になった後になるのは申し訳ないが。」

「…。」

「…。」

「…。」

何とも言えない空気が三人の間に漂う。ネームズとノルヴァリアは互いに目配せし、どちらも話すのを押し付け合う。負けたのは——

「あー、エルフィス、どうか力を貸してほしい。ノルヴァリア殿下はきっといい皇帝になる。民を重んじ、平和を愛するだろう。」

ネームズが少し棒読み気味に述べる。


「……、それはありがたい事ですが…。」

エルフィスの曇った顔はそれでも晴れない。ならば何を懸念しているのだろうか?

しびれを切らしたノルヴァリアが動く。

「ああ、もう単刀直入に聞く。エルフィス、どうしたらお前は俺に力を貸してくれる? 俺に出来る範囲であれば、叶えよう。」

「本当ですか?」

「ああ、勿論。俺は皇帝になる男だ。嘘はつかない。」

「…でしたら、私を側においてください。正室を望む気はありません。妾でも構いません。愛人でもいいです。貴方のそばに居させてください。」


「…お、おう、おう?」

予想だにしない返答にノルは面食らう。

「なるほど、だからエルフィス、君は。…ほら、殿下、承諾なさいませ。」

ネームズがノルヴァリアに受け入れるように迫る。皇族が政略結婚をするのは珍しくもない。それに裏の世界を掌握する女帝ともなれば、むしろこちらから願い出なければならないだろう。


「私、頑張ったんです。あなたの隣に立ちたくて。あなたの隣に立つには、あなたに出来ることをしても意味がない。だから、私は闇の世界に君臨することにしました。あなたの手が届かないところに私は手を伸ばせる。そうしたら私に価値が生まれる、あなたも私を無下には扱えないでしょう?」

「俺はお前を無下に扱う気なんて…。」

「あなたにはなくとも周りの人間は分からない。私の出自は平民、どう頑張ってもそれは変えられない。でも力があれば黙らせられる。どれだけの女があなたに近づこうとも、あなたは私に配慮せざるを得ない。そして——。」

「…そして?」

「秘密です。ノル、私は思いのすべてを話しました。あなたはどうですか?」


エルフィスは震えそうになる声を必死で押しとどめる。交渉は何事も強気にすべし。それが闇の世界で渡り合ううちに学んだこと。揺らげばそこをつかれる。


「…エルフィス、俺は皇帝になる。だから、個人としてお前を愛したとしても皇帝としての俺はお前を愛さない。それでもいいか?」

「はい。構いません。」

〈そこは私次第ですから。たとえ傾国の女になったとしてもあなたのすべてが欲しい。あなたを陥落させて見せます、ノル。〉

「なら、ずっとそばに居てほしい、エルフィス。」

「…はい、喜んでぇー…。」

「そんな泣くなよ、エルフィス。」

「だってぇー。」


子供のように泣くエルフィスをノルヴァリアは抱きしめる。友達のように思っていた彼女が勇気をもって飛び込んできてくれた。今はこの気持ちが愛なのかどうなのかは分からないが、大切にしたいとは思う。

〈——だが、一線は必要だ。そうでなくば——〉

愛する国が乱れる。それでは本末転倒である。自分がその元凶になるのだけは許せない。恐怖を屈服させ、覚悟を決める。もしものときは、と。

〈断じてそんな未来はこさせないけどな。〉


ーー??--

「知っていますか? グレン先輩、陛下は帝国と不可侵条約を結んだようですよ。これはもうマルシア王国と戦うってことですよね! 傭兵たちにも上層部は声をかけてるっていう話ですし。」

「…おい。」

「はい?」

「黙れ。軍人が政治に口を出すな。」

「ハッ…、申し訳ありません。」

「それと先輩と呼ぶな。階級で呼べ。」

「はい。」


グレンは少し苛立ったように注意するが、この新人は怒られてもすぐにケロッとするのだ。このぐらいでは少しも落ち込まないだろう。案の定——

「そうだ、少佐、最近新しいお店ができたんですよ。今度の休みに行きませんか?」

「…行かん。」

「そんなこと言わないで。」

「くどい!」


「ハハハ、仲がよさそうで何より。」


二人の会話に割り込むかのように多くの取り巻きを引き連れ、一人の壮年の男性が話しかける。遠くから近づいてくるのに気づいていた二人はかしこまって敬礼する。

「「ハッ」」

「どうかな、グレン少佐。少しはこの地にも慣れてきたかな?」

「勿論であります、師団長。」

「うーん、少し硬いね。ライ君、君はどうかな?」

「そうですね、グレン先輩がいるので問題ないです。」

その言葉にグレンは部下を睨みつける。決して照れを隠すわけではない。

「ハハハ、そうか。それは何より。軍人たるもの、常在戦場を心掛けるように。」

「「ハッ」」


その後も少し会話を交わし、この基地のトップが去っていく。その姿をグレンは鋭い目で見る。

「どうしました?」

「いや、何でもない。」

〈あれは士気確認か。つまりもうすぐ戦争が始まるということだ。どこで? そんなの分かり切っている。ここだ…。〉



ーー??--

エルフィス・・・194話

シャンデリア・・・167話

ローズ・・・183話

グレン・・・97話、176話
















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