5
「はぁ……はぁ……はぁ…………うっ……」
薄暗い空間に、荒い呼吸音と呻き声が響く。
ずるっ……ずるっ……ずるっ……
橋場は身体を引きずるようにして進んでいた。
そっと振り返ると、自分の後ろに赤黒い筋がずっと続いている。
「うっ…………」
己の血液が描いた軌跡を見て、橋場は呻いた。激痛の走る右足を押さえ、その場で立ち止まる。
血に染まる右足の、足首から先はなかった。
橋場がナイフを使って、自ら切り落としたのだ。
そうでもしない限り、右足首を固定していた鉄の輪から逃れることができなかった。
だから橋場は、砂をかき分けて自分の足を露出させ、刃を食いしばって何度もナイフを突き立てた。
肉を切り裂き、刃を小刻みに動かして腱を断った。
噴き出る血を見ながら激痛に耐え、何度か気絶しそうになりながらも、最後は渾身の力で骨を砕いて、足首を切り落とした。
それから上に着ていたシャツを包帯代わりにして止血し、両手と左足を使ってそり立つ土壁を登った。
途中で手が滑り、降り積もる砂の上に落ちたこともあった。そのたびに、血まみれの右足に激痛が走る。
だが、橋場は諦めなかった。
ただただ、生きたい――その執念だけで壁をよじ登り、なんとか上まで到達したのだ。
壁を登りきると、そこはがらんとした広い部屋だった。
大きな倉庫のような場所だ。橋場が先ほどまでいた筒状の空間は、この倉庫の中に作られていたものらしい。
灯りはなかったが、どこからか光が漏れてくるので真っ暗ではなかった。
橋場はその光の
四角い扉の隙間から柔らかい光が差し込んでいるのを見て、太陽の光だ、と咄嗟に思った。
あの扉を開ければ、外に出られる。そこがどこか分からないが、ここよりもずっといい場所に違いない。
とにかくこの薄暗い場所から一刻も早く出て、明るいところに行くぞ。
橋場はそう心に決めて、再び歩き始めた。
ずずずっ……ずる……ずずずっ……
先端のない血まみれの右足を引きずって、一歩一歩進む。
身体を動かすたびに纏わりついていた砂粒があたりに飛び散り、切断面から流れ出る血が床にどす黒い線を描いた。
傷口の痛みが全身を駆け抜け、何度も刺されているように感じる。
気を抜くと意識が飛んでしまいそうだった。
だが、あと少し。あと少しだ。
あの扉まで行ければ、きっと俺は助かる……。
「……ああ」
扉まであと二メートル。
橋場は肩の力を抜いて、手を伸ばした。
だが、指先が触れる寸前、妙な感覚に包まれた。何もないところに投げ出されたような、浮遊に似た感覚――。
「うわっ……」
落ちている――と気付いた瞬間、身体に軽い衝撃が走った。
途端に、異様な臭気が鼻をついた。仰向けに横たわる橋場の目に、ぽっかりと開いた四角い窓が映る。
いや、窓ではない。あれはおそらく、先ほどまで立っていた床だ。
引き戸のすぐ傍の床。その一部が急になくなって、橋場は下に掘られていた穴に落ちたのだ。
四角い窓……いや、床の開口部は、はるか上にあった。橋場のいる場所まで光があまり届かず、周りがよく見えない。
穴から抜け出したと思ったら、また穴に落ちた。どういうことだ。これは何だ。ここは一体、どこなんだ……!
あまりのことに、橋場は仰向けになったまま、ただ茫然としていた。
だが、しばらくして気付いた。身体の下に、何か柔らかいものがある。
「うっ……」
それが何なのか分かった瞬間、呻いた。
橋場が横たわっていたのは、降り積もる
END
吉作落とし2022 相沢泉見 @IzumiAizawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます