第4話
「それで……?」
火鉢の音と、雪風の音が静かに響く中。それまで樵の語りを黙って聞いていたたるひは、そう問いかける。
「奥さまはなんとお答えになったのですか?」
樵は、その年季の入ったやうな眉間の皺を深々と歪め、ぼそりと呟いた。
「全てを話した儂に「よくも喋ってくれたな」と。然し妻は子供らを哀れに思い、「本来であれば貴方を殺すところ、然し寝ている子らのことを思へば、そうはいきませぬ。貴方は子供たちを大切に大切に育てなさい、もしそうもいかないときは……今度こそ殺しに参ります」と云っての。彼女の叫びは風のやうに細くなってゆき、やがてその身体も白き霞の如く消えて、立ち上って行ってしもうた。それきり——妻とは二度と遭ってはおらぬ」
心苦しさを吐き出すかのやうに、樵は一気に喋った。喋り終われば、ごほごほとその喉からは苦しそうな咳が漏れていた。
大丈夫ですか? そうたるひが寄り添えば、樵は「違ったのか……」と小さく囁く。
「そうですよ、わたくしは——
そうか、そうか、と樵は残念そうに呟く。
たるひが支えたその身体は、だいぶ冷たくなっていた。彼女は優しく微笑むと、ふうと息をついてこう語りかけたと云ふ。
「旦那さま、ひとつ雪女のさだめについて、お話ししましょう」
***
雪女は、その棲まう山の雪の精。山の木々を刈られては、身が裂かれるほどの痛みを伴います。ですから、ヒトの精気を奪っては生きながらえるものや、生き胆を喰ろうてしまうものもいるのです。
雪女の正体を視られた刻。見てしまった人間は、殺してしまわねばなりません。でなければ、他の雪女や雪童子たちにだって、いつかヒトの危害が及ぶかもしれませんから。破れば、山の掟によって溶けてなくなってしまうほどの、強い決まりです。
ですが、ひとりの雪女がとある人間に心を奪われてしまいました。
彼女は云いました「決して此の事を口外するな」と。山の神さまはたいそうお怒りになり、嘆きましたが。彼女の力を奪い、その人間が話さぬ限りはヒトとして暮らせるやうにと取り計らってくださいました。
もしその人間が、あの夜のことを話してしまったら——必ず殺すやうにと誓いを立てて。
旦那さま、わかりますか。
その雪女が、貴方を手にかけなかったと云ふことが……どう云ふことであったのか。
もう、貴方さまの探す雪女は——何処にもいないのですよ。
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