第3話

 ずっとずっと昔のことだ。

 儂はまだ若く、奉公に出ていた身で、歳のころ十八くらいであった。

 樵を生業としていた主人と、毎日村から約二里離れた森へと出かけておってな。


 ある大層寒い晩、帰りみちで儂らは大吹雪にってしまったのだ。

 帰り途すらわからず途方に暮れた時、ひとつ小屋を見つけた。これは僥倖に違いない、そう思ったが小屋に火鉢はなく、火を焚くやうな場処もない。

 主人と儂は蓑をきると、戸を閉めてひとまず横になることにした。

 これがもう恐ろしいほどの吹雪でな、儂は一睡もできなんだ。小屋は揺れ、轟々と風の音が鳴り、寒さは一刻一刻増すばかり。

 然しとうとう疲れに負けたか、儂も眠りに落ちてしまった。


 ふと、何時であろうか。

 まるで夕立のやうに雪が顔にかかるのを感じて目を覚ました。

 小屋の戸は押し開かれ、その雪明りの中、間違いなく白装束の女を見たのだ。女は主人の上に覆い被さるやうにして、白い煙のやうな息を吹きかけておった。

 儂が起きたことに気づいた女は、どうと云ふ音とともにこちらに飛びすさって来おったのだ。


 顔が触れるほどに近かったであろうか。

 すると女は微笑し、囁いてきたのだ。


『あの老人のやうに、お前も手にかけてやろうかと思ったが。お前はまだ若く、人にしては美しい。此処で死んでしまっては気の毒だから、今宵は害すことはいたしませぬ』


 そうして「今宵のことを誰かに話せば、お前を殺しにゆきましょう」と。そう云い残して吹雪の中を去っていった。

 儂はそのまま気を失い、翌朝目が覚めると——隣に寝ていた主人は凍え死んでおった。


 儂は暫く気を病んで過ごしておったが、仕事に戻り、木を斬っては売り、それを母はよう助けてくれた。そんな或る日、ひとりのおなごと出逢ったのだ。


 まるで雪のやうに白い肌をしている、背の高いほっそりとしたおなごでな。話す全てが心地良かった。

 いつの間にか儂らは夫婦となり、子供をもうけた。儂の母は死ぬ前に、妻への最大限の愛情と感謝の言葉を話しておったよ。それほどに良き妻であった。


 然し彼女はいつまでも歳を取らぬやうに美しかった。

 或る夜——、子らが寝静まった頃に。儂はつい話してしまったのだ。


「その昔、十八の頃に、お前のやうな色白の綺麗な人に遭った。然しそれはとてもとても、不思議な出来事でな」と——。


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