第2話
小正月の夜、又は小正月ならずとも冬の満月——そうですね、まさに今夜のやうな夜にございましょうか。
そんな夜には雪女が出でゝ遊ぶとも云われておりまする。童子をあまた引連れて来るとも伝えられておりまして。里の子どもたちも冬は近辺の丘に行き、
十五日の夜に限っては、雪女が出るから早く帰れとよくよく戒められておりまして。
しかし——実際にその雪女を見た、と云ふ者は少のうございますのよ。
それは果たしてどう云ふ意味でございましょうね。
小正月、若しくは十五夜に、なんぞ村の風習があって早う帰るようにと子らに言い聞かせる為だったのかもしれませぬ。
又は満月の夜には山の狼たちが活発になりますから、遅くに出歩かぬようにとの戒めだったのかもしれません。
でも——もしそうでなかったとしたら。旦那さまはどう思います?
例えば……。
雪女を見た者は、悉く殺されておるのだとか。そうでないとか。
***
火鉢を挟み、静かにそう語るたるひと云ふ女は、年若く色の白い美人であった。語る声は、まるで歌ふ鳥のやうに心地が良いのである。
こんな女が山奥の小屋に独りとは、ますます怪しいものだ。樵はふうと息を吐いたが、彼女はにこりと微笑んだだけであった。
その、可憐で妖艶な笑みはまさに噺に聞く雪女かと疑うほどだ。
然し——。
「雪女とは、此の陸奥の地方では人の精気を吸うだとか、生き胆を喰うだとか聞いたが……これはまことの噺だろうか」
「あら、よくご存知でいらっしゃいますのね。確かに、そう云ったお噺も耳にしますわ。けれども、見た者が少ないと云ふのに、そんな噺ばかりがみやこの方には伝わっているのでしょうか」
「いや、そうではない」
ごほんと樵はひとつ、云い淀むかのやうに咳払いをした。
「ひとつ、老いた老人の昔噺をしても構わぬだろうか……」
もちろん。そう微笑むたるひの言葉に合わせるかのやうに、外の吹雪が一段とその音の激しさを増していた。
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