ゆきおんなの噺

すきま讚魚

第1話

 まぁまぁ此のやうな雪降る満月の夜に、きこりの方とは珍しいもので。

 ええ、もちろん。此の家の主人あるじはわたくしにございます。たいしたもてなしはできませぬが、どうぞゆるりとお休みくださいまし。


 えっ? こんな山奥に女ひとりきり……ですって?

 そうなのです。兄姉はね、わたくし含め、男女合わせて十人おりましたが。今や生まれ育った此の山に残るはわたくしのみ。


 ご安心くださいませ。

 もし不安でしたら、その斧や鉄砲をお側に置いておやすみになってくださいな。


 そう——。旦那さまは武蔵の国よりいらっしゃったのですね。でしたらとんだ長旅でしたでしょう? 


 陸奥みちのくは、単に東北諸国の読みにあらず。

 古くは道の奥、そしてみちのくにと表されることもございました。


 みやこに住まう皆々さまからすれば、道の奥深く、そぞろに寒しき北の大地はさぞや「未知の国」であったことでございましょう。


 わたくしですか。申し遅れました、わたくしはこの家の主人でもあるたるひ、たるひと申します。

 もうずうっとむかし、幼き頃に両親を亡くし、この家にひとり住んでおりますの。



 どうされましたか、旦那さま。

 あゝ、雪の音が気になられるのですね。申し訳ありません、此の家はそんな立派なものではなくて……せめて雪を凌げる場所にはなりますが。


 ……火鉢、ですか。もちろんございますよ、今ご用意いたしますね。


 旦那さま? どうされましたか。

 ええ、雪国ですもの、小屋に火鉢くらいございますよ。そんなに面食らってらっしゃるなんて……一体どうされたのですか?





 陸奥の国のとある山奥。

 年老いた一人の樵が、或る雪の降る夜訪ねてきたという。


 聞けば遠く、武蔵の国から遥々此の地へとやってきたそうだ。

 彼は決して口数の多い者ではなかったが、やがて轟々と雪の嵐の音が大きくなると、此の家に棲まうたるひと云ふ女にこう語りかけたと云ふ。


「雪の季節、此のやうな夜にまつわる陸奥の言い伝えはないだろうか?」と。


 女、たるひは微笑み、美しく語り始めたと云ふ。


 此の地に伝わる、雪女の物語を——。

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