それから


 翌日、兄は綾鷹色スライムになっていた。

 綾鷹色に染まった巨大水槽の中をふよふよ浮いている。体重は会った時と同じぐらいに戻ったそうだ。

「選ばれたのは、綾鷹でした」

 復活をとげた兄を見て、寝不足気味の研究者たちがそう言っていた。


 なんでもあの時、兄に綾鷹がかかったことで、綾鷹がヒトクラゲに適していることが分かり、飼育水を綾鷹に変えたらみるみる体が元に戻ったのだ。

 そんな都合のいい話があるもんかと言ったら「ミジンコを増やす時にお茶を飼育水に使うことがあるんだよ。いやあ盲点だったな」と吉瀬は言った。検索したらマジだった。生茶が一番良いそうだ。

 でも深海と綾鷹では成分は全く違うよね?なのになんで?と聞けば「にごりがいいのかなぁ? 何も分からないよ」と神妙な顔をしていた。研究者って大変だなと思った。


『お前の頭にひどい火傷を負わせてしまったことをずっと謝りたかったんだ。でも俺、卑怯だからずっと逃げていて……。だからあのクラゲを見た時にこれしかないと思った。けれど結局自分のことしか考えてなくて独りよがりのままで、お前の気持ちを何も知ろうとしなかった。本当にごめん』

「いいんだよ。兄さん」

 半日後には兄とまた会話できるようになった。目を背けないで僕を真っ直ぐ見てくれる兄を見て、あの日以来止まっていた時間がまた動き出したようで嬉しかった。

「私からも御礼を。あなたのお陰で大事な恋人を失わずにすみました」

 吉瀬が深々と頭を下げたのもびっくりだったが、それ以上に彼の言葉を理解するのに時間がかかった。

「コイビト?」

 マジで?と兄を見れば照れた顔をしていた。見たことのない表情に兄の知らない一面を見たような気がした。確かに吉瀬は兄を愛していると言っていたけれど、人としてだとは思わなかった。後から聞いた話だが、鈍感な兄は吉瀬の熱烈アプローチをことごとく回避していたらしい。そんなところもやっぱり兄だなと思った。


 それからというものの、兄から結構な頻度でメッセージが届く。この間は、地上で少し歩けるようになった!と動画付きで送られてきた。再生すると、吉瀬に支えられた兄が生まれたての子鹿のようにふるふると震えながら一歩一歩、でも着実に歩いていた。兄と吉瀬が笑い合う姿を見て、いろんな幸せの形があってもいいと思う。

 今後、研究所の採用予定はあるのかと吉瀬に聞いたら「お待ちしていますよ」というメッセージとともに資料がどんと届いた。まだ先の話だけれど、おぼろげだった未来が形をなしたようだった。そのためにも今できることをやろう。そう思って見上げた空にはクラゲのような雲が広がっていて、ふふっと笑った。

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ヒトクラゲ ももも @momom-

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