手遅れ人間強制収容所 ~物書き区篇~

八百本 光闇

手遅れ人間強制収容所 〜物書き区編〜

「はぁぁぁぁぁ……」

闇本単あんぽんたん』というペンネームのアマチュア作家は、オナホをいじるかのようにクリクリとスマホのキーボードへ指を動かしていた。大量のゴミと丸められた使用済みのティッシュ、締め切られたカーテン、そうしてポテトチップスの臭いがプンプンがする部屋。そこにいる、あからさまなオタクのなりをしている闇本単は、一見すれば、ただのスマホ中毒のニートに見える。しかし、彼の心の内には哲学的な深い思考があるのだと、彼自身信じて疑わない。彼は、苦しみ、悲しみ、絶望などの闇が人間存在の本質である。と、単純に思っている。それを書き出すのが己の役目だと奮起し、たまに小説投稿サイトに自らの思考の流れを投稿している。

 しかしほとんどの時間をぐうたらネットサーフィンをするのが彼の日常であった。要はスマホ中毒の中二病と言える。

 小説を描くその腕は度々止まり、病み曲のコメント欄に蔓延るはびこる、人生を悲観する奴を分析したり、Twitterで一定の周期でトレンドになるハッシュタグを見て笑ったりする。

 今の彼はスマホに、バイブ音が鳴って、画面上部にLINE通知が来てけんなりしているところだった。


『はやく原稿を書いてください。もう期限近いですよね? これ以上原稿を先伸ばしにすると連れていかれますよ。手遅れになる前に書きなさい。 八重光やえこ


 いちいち文の最後に句点をつけるのは八重光の一番の特徴だった。闇本単はテンポよく彼女の通知をOFFにした。ずっと前にあの編集者気取りの作家仲間の通知なんかOFFにしたはずなのに、なにかの手違いでONにしてしまったのだろうか。連れていかれるとか、ちょっとは物騒なことが書かれていたが、彼は内容について深く考えなかった。どうせ俺にやる気を出させるための脅しだろう。と、闇本単は思い、ゴロゴロとTwitterを触り始めた。



 ある日、闇本単は今日も原稿を延滞しながら、ダラダラと布団に寝転んでネットサーフィンをして過ごしていた。(それも彼はアイディアの吸収だと言うのだろうが。)ルサンチマンを発露したTwitterの投稿に彼がゲラゲラ笑っていると、安っぽいチャイムが鳴った。どうせ八重光が原稿の催促に来たのだろう。彼はドアを開けてやる価値が見いだせず、やっぱりTwitterを見続ける。

 何回かチャイムが鳴ると音が止まる。

「諦め早すぎ。ちょろいな」

 借金取りとかのしつこさよりは何倍もマシだ。しかし、そう彼が安心した矢先、チャイムの主はカチカチと音をたて、一瞬のうちに鍵を開けた。

 入ってきたのは黒服の男二人。服装とサングラスとマッシュの髪は、彼らをほとんど区別できないようにしていた。

「は? 人んちに勝手に入ってきて何だお前ら」闇本単は振り返って黒服たちを睨む。

「闇本単。お前を手遅れ人間として連行する。」

 表情のわからない彼らは二人同時に言った。

「なに????」

「収容所行きだ。」

「ちょちょ待て待て」

「反論は収容所でさせてもらおう。」

 二人の黒男たちはそう言うなり闇本単の両腕を掴んで動けなくした。

「おマッ……」

「うるさい」

 男の一人は闇本単が暴れようとすると彼のみぞおちをぶん殴った。

「ぐへっ」

 闇本単は唾液と噛んでいたガムを吐き出し、意識を失った。



――――



「働け働けぃ!! この無意味な装置を回して己の無意味さを知れぃ!!!」

 人型ロボットは、無機物なその腕に鞭を持って、たびたび地面へ打ち鳴らしていた。

 収容所に入れられた大量の囚人たちは、10人グループになって、人間の身長の2、3倍はある巨大臼をゴロゴロと回していた。それぞれの棒を持ち、10人がかりで臼を回しても、他の皆はサボっているのではないかと疑うほど異常に重い。それを回しても回しても終わらない無意味な労役は、囚人たちの思考能力をさらに低下させていた。

 しかし、闇本単だけはぜぇぜえ息を切らしながらも、どうやってここから脱出しようかなどとイキイキと考えていた。もうここに収容されてから体感1ヶ月は経っているが、現実世界では1分も経っていないという。

「19時間後には『クソデカ岩を山の上まで転がして穴に入れるけど穴の中にはクソデカトランポリンがあるから跳ね返ってもとに戻るから無駄』の罰をするんだ!」人型ロボットは囚人たちを眺めながらケラケラと高笑いをする。

「19時間も働いてたら普通に逝く19でしょ」

「そこ! うるさいぞ! また懲罰房で拷問されたいか!」

「げぇっ、やめときますぅ」

 闇本単は自分の尻をキュッと締める。あれは酷かった。あんなのをされるならずっとここで働いていたほうがマシだと彼は思った。



「はぁぁぁぁ……まじで脱出して寝たい、家で寝たい、女とラブホで寝たい」

 闇本単は、もうこんな囚人生活に飽き飽きだった。この強制収容所は、己の欲をちっとも満たしてくれない。

「なぁ佐藤、ここから脱出する方法は本当に『物書きテスト』しかないのか?」

 臼を回しながら(回すのは面倒だから彼は過度にサボっている。)、闇本単は一緒に回している佐藤の背中に向かって質問した。手遅れ人間が脱出するためには、手遅れじゃない人間だと証明しなければいけない。物書き区の認定テストは、『小説執筆』である。

「そうだな。それ以外はない。」

「嫌だなーーー。絶対俺落ちるじゃん。そのテスト、明日にあるんだろ?」

「ああ。けど大丈夫だろ。締め切り日を過ぎたり完結してなかったらだいたい合格するし」

「まじ? 俺が一番苦手なやつじゃん! 終わった……」

「こら!!!! 私語をつつしめ!!!」

「はい!!!」

 ロボットたちに怒鳴られて、闇本単たちは黙り込んだ。明日のテストにわくわくしながら。



――


「さて、これからお前達はテストを受ける。制限時間は三日間。テーマは……『手遅れ』。これをテーマにして小説を書くんだ。わかったな」

 教室のような部屋に座った囚人たちは、人型ロボットの言葉を聞き終わるなり小説を書き始めた。闇本単のほうは足を組んで余裕そうにふんぞり返る。

「は? 簡単だろ。つまり俺自身を題材にすればいいってことじゃん」

 闇本単はそう言いながら、スマホ(執筆昨日のみ搭載されている。)に向かって勢いよくフリックした。闇の要素がふんだんに盛り込まれた小説が、サクッと出来ていく。だが、途中で思考していたことを全部書いてしまい、彼はだんだん書くやる気が出なくなっていった。


 またたくまに3日間は過ぎ、当然のように闇本単は不合格になった。



――


 そんなこんなで、闇本単は何度も様々な形態のテストを受けた。しかし、テストに合格することはなく、彼はただ黙って収容所から出ていく奴らを眺めていることしかできなかった。



「ほら、残ってるのはお前だけだぞ、早くやれ!」

「まじでゴミ」

 闇本単は、かれこれ50回も認定テストを繰り返して、ついに収容所最後の1人になった。この頃になってくると、闇本単も書くネタが無くなってきた。彼のインプット元であるネットワークが奪われたのだから、当然だった。

 そもそも、こうやって正攻法で脱出しようとするのが間違いだったんじゃないのか? 闇本単は突然そんな考えが脳裏によぎった。「どっかにたぶん出口とかあるだろ!」

 闇本単はふいに立ち上がり、爆速でロボットから逃げた。

「待て! 闇本単!!!」

 ロボットは意外にどんくさいから、すぐにまける。彼はさっさとどこに行く宛もなく収容所内を走り回った。



――




「あれ? なんだこのドア」

 闇本単はバタバタと本能のまま逃げ惑った挙げ句、ついにある扉にたどり着いた。光が散りばめられている超豪華な扉である。まぁとにかく入ってみるかと、闇本単は扉を開けた。



 豪華絢爛な椅子に座っている人間がいる。闇本単はその人間を睨んで言った。「よう! 来てやったぜ!」

「……どうしてここまで来れた。」

「闇の力」

「ふん、お前らしいな。闇の力とは。」

「逆にお前はすげぇ分かりやすいよ。光で照らされてるみたいに」

「どこがだ。」

「セリフの最後に、『句点』をつけているところとかがな!」

「ふふ、つまり一体何を言いたいんだ?」

「手遅れ人間強制収容所の物書き区のボスは……お前だってことさ! 八重光!!!」

 闇本単は声の主を指さした。声の主? いや、それは紛れもなく……。

「…………そうだよ(便乗)。すべて私がやったんですねぇ。」

「きたねぇ」

「失敬。」

 八重光……つまり私は、闇本単を見下ろしていた。他人からは絶対に赤ワインに見えるだろう、いい感じのグラスに入った普通のコーラを飲んで私は問う。「ふん、で、気づいたのはそれだけか?」

「うーん、あとは今お前の飲んでるのがコーラってことくらいかなぁ」

「は?」

「……正直言って、あれがたとえワインでも某ゲームではアレだし、結構ダサいと……」

「死ねちんこ野郎!」

 思わずコーラのグラスを投げる。しかし、私は体育の評価が2だったので、闇本単には当たらなかった。

「は?」

「あっ……あっ、ふーん。気づいたのはそれだけか。低レベルだな。」

「……他に何かあるのかよ」

「ふ……これだ。」

 私は片手を上げた。私の目の前にいくつもの光が人間くらいの大きさできらめく。光が消えて出てきたのは、収容所の人間たちだ。闇本単が顔ぶれの人間もいる。

「佐藤、 鈴木、 高橋、 田中も! どうして!」

「ふっ……滑稽だと思わないか? こんな苗字ランキング順に並んだ奴らの存在がな!」

「なんだと!?」

 闇本単は心底驚いた様子だ。この調子なら、佐藤たちもセリフの最後に句点をつけていたり、さっきまでの地の文が私の視点であることにさえ気づいていないようだ。

「やはり、名は体を表すようだな。闇本単あんぽんたんが……。こいつら、それどころか囚人、人型ロボット監査員、黒服はみんな、私が作った偽物さ。強制収容所はあるけど、物書き区なんてニッチなもの、存在しない。お前に小説を書かせたい一心で、うそぶいたんだよ。」

「俺を騙したのか? きたねぇ光め……」

「ふん、お前がちゃんと小説を書いてくれるのなら、こんなに面倒くさいことをする必要もなかった。」

「ふーん。じゃ、俺は書いたからもう帰っていいか?」

 闇本単はつまらなそうに腕を組んだ。

「ダメだ。」

「は?」

「中盤部分が全然書けていない。」

「は?」

「お前はまだテストに合格してないだろう? だからちゃんとしたのになるまで書け。」

「嫌だね」

「なんだと!」

「帰って寝たい!」

「ダメだ書け! いや、お前を倒して強制的に書かせる!」

 私が闇本単に指差すと、囚人、人型ロボットの監視員、黒服などの私の登場人物が、続々と闇本単を倒そうと襲いかかる。


「嫌だね! 書かされるわけにはいかない! うおおおおおお!!!!!」

 闇、あるいは病みのオーラが闇本単の周りを巡る。死、希望、苦しみ、悲しみ、虚無感、エゴイズム……そのオーラから放たれる救いのない小説は、読む人の心を荒ませる。

「喰らえ! 俺の力!」

 襲ってきた佐藤たちを、彼は闇のオーラでもって制する。闇本単に少し触れただけで私の登場人物たちはあっけなく倒れていく。

 全員の登場人物が倒れると、闇本単はドヤ顔で私を見た。

「どうだっ! これがネットサーフィンで見つけてきた俺の闇の力だ!」

「何をやった!?」

「全員殺した。自殺、他殺……ま、殺害方法なんてどうでもいいがな!」

「ふん、死んだか……。ならば、私がお前を倒して、なんとしてでも小説を書かせる!」


「うおおおおおおおお!!!」

 生、希望、夢、笑い、自己肯定感、エゴイズム……。正の力が溢れてくる。そのオーラから放たれるギャグ小説は、人を和ませる。いや、笑わせる。

 闇本単はドコドコと私にぶつかろうと走ってくる。私も負けないように雄叫びを上げながら走る。闇本単と私はぶつかる。絶対に書かせる、絶対に書かせる……!!!!



――



「で、共倒れして2人で一緒に書いたのがこれか……」

「一応お前を倒したからな。しかし、私も倒れたから手伝ったんだ。」

 私と闇本単の2人は、闇本単の家で原稿用紙を広げていた。手遅れ人間強制収容所について書かかれたノンフィクション小説である。

 闇本単は嬉しそうに投稿ボタンに指を近づける。

「よし! これで投稿するか! いや〜締め切り守って小説を投稿するのなんて久しぶり……」

「いや締め切りは守れてない。」

「は?」

「普通に時間かかって遅れた。」

「は? 強制収容所行きだろ」

「それはやめろ。」



(おわり)

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