第18話 再生、リピート。

「私は、貴方とは初対面のはずですが」

 αが、車椅子の老人に対して口を開く。

 老人は、静かにαを見つめている。

(私だってこの人とは初対面のはずだ……。しかも”エリー”って誰だよ?知らん知らん!…………けど)

 老人の、湖面のような水色の瞳と、話し方の抑揚の付け方、そして、年齢で変化しているようだが良く聞けば声も、私の知っている”誰か”と共通している。

「あんた、七瀬……?の、お祖母ちゃん……か?」

 老人の口からふっと息がもれた。どうやら微笑しているらしい。

「”「僕」”は君たちのことをよく知っているよ。α、エリー…、いや、「羊子ちゃん」かな」

「……!」

「残念ながら、”僕”は七瀬天満の祖母ではないよ。でも、血縁関係にあるといえば、そうなのかもしれないね。”僕”と」

 そう言って老人は、自分を指し示すように自身の胸に手を置いた。

「七瀬天満……もうひとりの「僕」は、遺伝子的に同一個体だから。エリーと君とが、同じように、ね」

 は?

 私と、「誰」が、同じだって……?

 一歩後ずさった私と、車椅子の老人との間にαが入りこみ、私を背にかばうように老人の前に立ち塞がる。

 老人は、ただ静かに私とαの様子を見つめている。

「「僕」から聞いたよ、君たちが真実を知りたがっていると。そして”僕”の口からそれを伝えるべきだとも。本当に、君たちは”真実”を知りたいのかい?知らなくてもいい真実だって、世の中にはある。……知ってしまったら、以前の、知らずに日々をすごしていた君には戻れない」

 それでも、知りたいのかい?

 そう、問いかけてきた老人の水色の瞳をしっかりと見つめて、こくんと頷く。

 老人は、目を伏せて長いため息をついた。そして、また私達の方へ視線を向けた。

「……長い話になるけれど、いいね?」

 そう前置きして、老人は静かに口を開いた。

 S.F.S.N-t0001.L0708-αは、エリーが初めて造ったアンドロイドだった。シリアルナンバーの由来は、S(Sheep)F(For)S(Seventh)N(Number)…。「0708」は、7月8日。エリーが僕の16歳の誕生日に贈ってくれた誕生日プレゼントだったんだ。

 ああ、”Sheep”はエリーのあだ名だよ。エリーの髪は真っ白で、時々ショートカットの髪に寝癖がつくとくるくると丸まって羊のようだった。

 そうだね、エリーはいつもショートカットだった。髪の手入れを面倒くさがっていたよ。「僕」が君に髪を伸ばさせていたのは、エリーと君が重なってしまうのを避けたかったからだ。正確に言えば、エリーと同じ運命を君に辿らせたくなかったから似ている要素を出来る限り排除していた、だね。

 今考えればおかしな話だ。だってエリーと君は「同じ」なんだから。

 そして今、君はエリーと同じ選択をしている。自分以外の誰か、しかもアンドロイドのために、自分を犠牲にしようとしている。

 エリーもそうだった。エリーは、自分が生み出したアンドロイド達が、自我と意思を持っているにも関わらず人権をあたえられず、人間に奴隷のように使役されるのを救おうとした。それが、”エレクトリカル・パニック”だ。

 もう分かっているとは思うが、エリーは、あの偉大な「エレクトロ博士」で、君はそのクローンだ。羊子。

 エリーと僕は、幼なじみだった。家が近く、いつも一緒に遊んでいた。そして僕は生まれつき足が不自由で、女の子のような外見だったため周囲から疎外され、よくいじめられていた。そんな時、僕を助けてくれたのはいつも彼女だった。……君と、七瀬天満と同じように、ね。

 彼女は機械いじりの天才だった。しかし、それ以外は非常に面倒くさがりで抜けていて、普通の日常生活ではまるで駄目人間の部類だった。そんな彼女を支えるのが、いつしか僕の生きがいになっていた。彼女も、足が不自由な僕の側にいていつだって助けてくれた。

 エリーは僕より二つ年上だった。エリーが都会の大学に通うため遠くへ引っ越すと聞いて、僕の目の前は真っ暗になった。エリーがいなくなってしまうと知ってから、僕は毎日泣いていた。そんな僕に、エリーはS,F.S.N--t0001.L0708-αを贈ってくれた。

「これからは、私の代わりにコイツがセブンスを守るから」と。エリーは最初からS.F.S.N-t0001.L0708-αに、念のため”僕を個体認識し、守り、決して僕を攻撃できない”ようにプログラムしていた。

 ただ、マスター認識は最初、制作者であるエリーが登録されていたんだ。僕に贈られた時に、マスターの登録変更をして僕がS.F.S.Nのマスターになった。だから、一度内部記憶を初期化したS.F.S.Nのマスターはエリーに戻り、再起動したS.F.S.Nは君を探し出したんだ。

 それから、都会の大学へと進学したエリーはその才能を開花させた。21歳という若さで「D.E.Nシリーズ」を発表し、世界にパラダイムシフトを起こした。

 エリーはずっと僕の憧れだった。少しでも彼女に近づきたくて、僕も必死で勉強し都会の大学へ進学した。大学では遺伝子研究を専門で行っていた。僕のような、身体の不自由な子供の未来に役立つような、そしてエリーのように人類の発展に貢献できるような発明をしたいと願っていた。

 D,E.Nシリーズが世界的に普及しはじめた頃、エリーは嬉しそうだった。エリーは、アンドロイド達が人間の良き友人になれると信じていた。お互いに助け合いながら、よりよい未来を作っていけるのだと、彼女は目を輝かせて語っていた。

 しかし、数年ほど経ちアンドロイド達が人々の生活に溶け込みはじめると、徐々に世間の人間の、アンドロイド達に対する様子が変わっていった。

 最初は物珍しく、重宝していたアンドロイドが一般的になり、彼らの存在が「当たり前」になってくると、世間は彼らをただの「道具」か「奴隷」のように扱うようになってきた。

 心ある存在である彼らが、尊厳を踏みにじられる姿を見てエリーはとても苦しんでいた。「彼らを創り出したのは、間違いだったのではないか」とよく僕にもこぼすようになった。 そしてある日、事件は起こった。

 エリーの勤めていた大学で、学生達がアンドロイドをいたずらにもてあそんで破壊した。その学生達は「内部構造の研究のため」と言っていたが、そういった研究目的にしてはあまりにむごいやり方だった。

 そのアンドロイドは何度も救助信号を発信しており、その一つを自身の研究室にいたエリーが受信し、学生達のところへかけつけた時には既にそのアンドロイドは破壊された後だった。

 エリーは、自分が「アンドロイド」という人間に似た心ある存在を作ってしまったことを悔いた。そして、これから二度と彼らが生み出されないよう、「危険な存在」として今のように世界に普及しないよう、エレクトロ・パニックを引き起こした。

 結果的に、彼女の目論見はほぼ成功したと言っていいだろう。ここ、日本や幾つかの国ではアンドロイドの所有は全面的に禁止され、まだアンドロイドを使用している諸外国でもあの頃ほど一般的に幅広い普及はしなくなった。

 ただ、それとは引き換えに、彼女の命は失われた。いや、「失われた」んじゃない、「奪われた」んだ。

 僕がやっとの思いで彼女の元にたどり着いた時、彼女は脳だけの状態で、政府の研究所で保管されていた。

 遺体は政府が引き取り火葬されたと聞いた。ただ、実際はどうなのか分からない。遺体の損傷が激しかったから、公にならないよう処理されたんじゃないかな。彼女の墓碑の下には、彼女にまつわるものなんか何もないんだ。 そんな状態で、彼女の死が自然なものだったなんてとてもじゃないが思えない。

 危険因子となってしまった彼女を、政府は秘密裏に暗殺した。しかし彼女の能力が失われるのを惜しんで、脳だけは保管することにした……そんなところだろう。

 エリーの命への、酷い冒涜だと感じた。アンドロイドも、彼女の命も、結局利用価値だけで判断されていたんだ。

 エリーが人間に絶望してエレクトリカル・パニックを引き起こしたのと同じくらい、僕も人間というものに絶望してしまった。

 人々のよりよい未来のために、と思って打ち込んでいた研究内容も、エリーを殺した人間達なんかのために使うのが馬鹿馬鹿しくなった。


 僕は、何のために研究に打ち込んでいたのか。

 全部、エリーの為だった。

 エリーにふさわしい相手になれるよう、エリーの幸せな未来を作れるよう、エリーに褒めてもらえるよう、僕は。


 僕はただ、エリーに笑顔でいて欲しかっただけだった。


 そして、……君を作ったんだ。羊子。

 人間のクローンを作るのは、禁忌だ。でもそんな、「人間」達の間での道徳なんか、もうどうだって良かった。僕は研究所から彼女の脳を盗んで遺伝子情報を抽出し、今までの研究の全てを活用して、君をこの世に生み出した。

 あの日奪われたエリーの未来を取り戻して、今度こそエリーに幸せな人生を歩んでほしかった。

 だから君には、エリーの記憶は一切引き継がせず、アンドロイド保有が禁止されている日本で生活を送らせることにした。……アンドロイドになんか関わらず、幸せな人生を送れるように。

 そのための補助として、僕は自分のクローンも製作した。それが七瀬天満、もう一人の「僕」だ。

 「僕」は”僕”と共に君の生活のサポートと、いざという時の「軌道修正」を行うために、”僕”と記憶を共有している。”「僕」”達はほぼ完全な同一個体と言ってもいい。

 ただ、「僕」を作る際に遺伝子操作をして、生まれつきの足の障害は取り除いた。……本当は、そういった新生児の障害をとりのぞいたりすることこそが、僕の研究の目的だったんだけれどね。 

 ”「僕」”達は、君に、過去のことなど知らず、アンドロイドとも何の関係も無く、幸せな、ごく普通の生活を送って人生を歩んでいってほしかった。それが、”「僕」”たちのただ一つの願いだった。

 君を作った時、僕の手元にあったS.F.S.N-t0001.L0708-αは初期化して、この場所に保管していた。しかし、なぜかつい先月突然起動した。そんなS.F.S.Nの起動信号に反応するかのように、各地に保管されていたエリーの置き土産のD.E.N達も目覚めてしまったようだ。

 そして、君が探していた本当のS.F.S.Nのマスターは、僕だよ。羊子。


 話し終えたセブンス老人は、水色の目をゆっくりと閉じた。

「……しかし、それでも君は、ここへ辿り着いてしまった。また、”アンドロイドのため”に」

 水色の目が、ゆっくりと開く。その目には決意が宿っていた。

「S.F.S.N-t0001.L0708-α、来なさい」

「私のマスターは貴方ではありません」

 αは私を背にかばったまま、その場を動かない。しかし、セブンス老人の口から出た言葉を聞いた途端、αがピタリと硬直した。

「”羊が愛しているものは?”」

 αの目から光が消える。

 セブンス老人の口が再び開き、動く。

「”七番目の青”」

 αの目に光が戻る。

「来なさい。S.F.S.N」

「はい、マスター」

 αが私の側から離れ、セブンスの元へ歩を進める。

「なっ…!α!」

「S.F.S.Nの、初期化を解除したからね。もう彼女のマスターは僕に戻ったよ」

 先ほどセブンスが口にした呪文のような言葉の羅列は、αの初期化メモリー復旧のパスコードだったのだろう。

 αはセブンス老人の側に立って控えている。私を見るαの瞳は、もはや他人のようだった。

「やはり僕は、人類を滅ぼそうと思う」

「はああ!?何でそうなるんだよ!?」

 セブンス老人の水色の目は、静かに私をうつしている。

「羊子。君にはエリーとは違う人生を歩んで欲しかった。しかし、君もきっと、エリーと同じく”アンドロイドのため”に命をかけてしまう運命のようだ。ならば、君の敵となる相手は、僕が先に消してしまうよ。……地上へ向かうよ、S.F.S.N」

「承知しました。マスター。実行に移します」

 αがセブンス老人の車椅子を抱えて、この光に満ちた部屋を出て行こうとする。

「ちょ……ちょっと待てよ…!そ、そんなのは……」

「愛していたんだ、エリーのことを。彼女に恋をしていた。……伝えることが出来なかったけれど。そしてもう二度と、彼女本人に伝えることが出来ない思いだ」

 私を部屋の中に置き去りにして、αと老人は出て行った。バタンと扉が目の前で閉まった。

 慌てて彼らに続いて出ようとドアノブに手をかけるが、ガチャガチャと回してみても扉はびくとも動かない。

「もう一人の「僕」も同じだ。君に恋をしていた。任務を二の次にしてしまうくらいに……。さようなら、羊子」

 扉の外からセブンスの声が聞こえ、しばらくすると彼らの気配は遠ざかっていった。

 私は必死にドアノブを回すが、一向に扉は開かない。

(クソッ、手をこまねいてるわけにはいかないのに……!あいつらを止めないと……!)


 ズガガ……ッ


 上の方で、何やら激しい音がする。まさか、もうすでに地上でαが暴れているのだろうか。 ズガガガガ…ッ!


 ズガガガガガガガ……!!


 気のせいだろうか、どんどん音が近づいてくる。部屋の天井が揺れ、パラパラと塗料が落ちてきた。

 気のせいではない。何かが近づいてきている。


 スガシャアアンッ!!


 とうとう天井が抜け、コンクリートの破片がバラバラと落ちてきた。もうもうと粉塵が舞い上がる。目をつむり、埃から顔をかばうように腕で目の前を覆う。

「……遅くなって申し訳ありませんわ!」

 唐突に、聞き慣れた明るい声が聞こえてきた。まさか、と砂煙の中で薄目を開く。

 粉塵の中、金髪縦ロールがキラキラと光るのが見えた。絶望的な気分がパッと晴れてゆく。

「……八宮!」

「ええ、助けに来ましたわよ!羊子!八宮清世華、Ver.1.02ですわ!」

 八宮が、向日葵のようにニッコリと頬笑みムンと胸をはる。その手には巨大なドリルが装備されていた。

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電木羊子はポンコツアンドロイドの夢をみるか? 花橋 青 @hanabashi

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