2時間残業【黒崎くんは休みたい】

「さて山田。業務説明はさっきので終わりだ。ここからは、俺たちにお前のことを教えて欲しい」


 俺は淡々とそう言った。


 正直、俺の業務説明は省いてもいいレベルのものだった。が、やっておかないと上がうるさそうだったから、とりあえずテンプレートに済ませておいたのだ。


 ……いや、テンプレートを使うまでも無かったな。ほぼ雑用の情報部の業務説明は「指示が出たら動け」という一言で終わるんだし。


 あーあ、そんなことせずにこいつのポテンシャルを把握する方が絶対に賢いはずなんだけどなぁ。


 俺は心の中でそう呟き、山田の方を見やった。


 どうだ? 俺の楽をして利益を最大限にするという思惑はちゃんと伝わったか? いや、きっと伝わったはずだ! こいつだって楽をしたいという思いは一緒なはずだから……


「僕のこと、ですかぁ?」


うん、伝わってなかった。そりゃそうか。ごめんね山田くん。煩悩退散煩悩退散……。


 俺は軽く頷き返し補足する。


「ああ。お前の能力に応じた業務を割り当てたいからな。……休む時間なんて無いほどに有効活用してやる。効率的にかつ合理的にな」

「なるほど! わかりました!」


 山田はパッと目を輝かせて頷いた。


 おいおい、犬のような目をするんじゃない。俺が脅しを入れた意味が無いだろ。もっと社畜のような目をしろ。真っ黒に染まった瞳を俺に見せろ。例えば俺のように……。


 ……なんか、虚しいな。


 まぁ、そんな茶番は置いといて、どうやら山田は恐ろしい程に仕事大好き人間のようだ。呆れるほど黒光にピッタリの人材だな、まったく。あーあ、やれやれ。


 俺はため息を1つ零した。


「じゃ、やってくれ」

「はい!」


 俺は椅子に身体を預け、飲みかけのコーヒーに手をかける。


 ズズーッ。


 あー、コーヒーうま……。


 さーて、この自己紹介の間に一服するとするか。レッツ、自己紹介。出来るだけ長時間やってくれて構わんぞ。存分にやりたまえください。


「山田良太! 22歳! 趣味は天体観測とガーデニングです!」


 氏名、年齢、趣味。数秒で基本情報の3割をゲットした。


 え? いや、もうちょぉっとゆっくり喋ってくれて良いんだぞ? 俺は一服したいから。なんでそんな効率的な自己紹介するの? やめて?(震え声)


 が、そんな不純……じゃなくて切実な動機を悟らせるわけにはいかない。俺は缶コーヒーを片手に考察をするフリをすることにした。


 片手にコーヒー、机に肘をかけ、その手で眼鏡を押し上げ、真剣に考えてますよアピール。いやー、我ながら完璧だな。


「黒崎くん、なにか真面目に考えてるみたいだね」

「っすねー」

「うんうん、きっと凄く深く考えているんだろうねぇ」


 フッフッフ……。計画通りだ! もちろん俺はちゃんと考察しているぞ。

 こいつは若いんだな。まぁ新卒採用だから当たり前か。そして趣味がガーデニングと天体観測。……ふんふん、なるほどな。大体わかった! こいつは趣味がガーデニングと天体観測なんだろ? てことはアイツは理系だ! 根拠? 無いぞ。適当だ!


「続けろ」

「はい! 特技は暗算と暗記です!」


 ふむふむ、やはり理系だな。じゃあ苦手なことは作文ってか? いや、好みの問題かもしれないよな。うんうん。


 ……ってやってるだけで一服出来るとか、


「ふふふ、ふふふふふ……」


 最高じゃねぇかああああああ!!!


 俗に言う厨二病ポーズで狂気の笑いを零す俺。この中でこんなに薄っぺらい考察が繰り広げられているなんて誰も思わないだろうな。


「ふふっ、ははははは……続けろ……」

「やっべ、先輩本気だー」

「殺気すら見えるよぉ……」

「おぉー、くわばらくわばら……」


 さーて、次は何を言うんだろうか。あ、血液型だったりして。なんか日本人はそういうの好きだしな。あ、ちなみに俺はA型だ。誕生日は6月6日。星座は……え? 聞いてない?


 なんか、ごめん。


 なんだか居た堪れない気持ちになり山田の方を見る。


「性格は天真爛漫で、好きなことは人助けです!」


 ヴっ……眩しいっ……!


 山田の光属性すぎる自己紹介が俺にクリティカルヒット。さっきの自分語りも相まって、メンタルが悲鳴をあげ始めている。


 まずい、溶ける、やめてくれっ……! もうちょっと眩しくないステータスを俺に……。かはっ……。


「座右の銘は因果応報です!」

「ふぁっ!?」


 暗っ!?


 いや待て、そんなのは俺が許さん!(謎の保護者感)


 俺は椅子から飛び降り山田の肩を掴んだ。


「もう一度言え!」

「い、因果応報!」

「何だって!?」

「ですから因果……」

「言わんでいい!」

「理不尽です!」


 溶けかかっていた俺の身体が超高速で再構築されていく。ありえないほどの活力が体に渦巻いている。


 ……何だろう。眩しいやつが曇るとめっちゃ焦って否定したくなるアレが俺の中で起こっている。そう、所謂「太陽よ永遠に現象」だ。今名づけた。


 俺の意思を汲み取ったかのように、山田がハッとしたように俺を見た。やや悲しげな、それでいて慈愛に満ちた眼差しだ。


「せんぱい……」

「……何だ?」


 こいつもしかして、本当に……?


 やけに幼く響いた山田の声。俺が呆然と山田を見つめると、山田は申し訳なさそうに口を開いた。


「意味は、『自分の行いは巡って自分に返ってくる』っていう意味、です……」

「…………」


 ん?


「いや、そんなん知っとるわ!」

「えーっ!?」

「えーって何だ! 流石にわかるわ! ……そんなことより、お前もしかしてアレか!? そういう闇深い系の一族か!? ほら、小説とかゲームによくいる、『実は過去重かったんですぅ〜』って言うアレだろ!」

「いや、違いますって!」

「否定する奴は怪しい!」

「それは人間不信!」

「う、うるさいっ!」

「えーっ!?」


 俺は掴んでいた手を離し、山田の顔をしっかりと見つめた。互いの視線が交錯する。綺麗な蜂蜜色の瞳が俺を捉える。


「いいか? 山田」

「なんでしょう……」

「実は闇深いんです、なんて受け付けないからな。俺はお前の働きに期待するが、面倒ごとはノーセンキューだ」

「は、はい……?」

「だから」

「だから?」

「自己紹介を続けてくれ」

「中身空っぽ!?」


 いかん、キメ顔で適当なことを言ってしまった。


 が、こいつが光属性なことに安心できて良かったな。こいつが曇る瞬間とか世界の終わりだろ。


 知らんけど。


 俺は再び自席に戻り、コーヒーを手に持った。


 あー、くしゃみ出そう。……ん? この状況って割とフラグじゃ……

 

「苦手なことは……」

「っくし」


 つるっ。


「「あ」」


 俺たちの声が綺麗に重なる。重力に従い落ちていくコーヒー。


 うわああああああああああ!!!!

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁぁぁぁ!!!!


「行け、山田! コーヒーキャッチ!」

「なんですかそれ!?」

「いいから!」

「とぉーっ!」


 ガッシャーン!!!


「「………………」」


 情報部が静寂に包まれた。それは、先程の山田初出社を彷彿とさせ、俺たちに強烈なインパクトを残していった。


 シーン……。


 コーヒーが床にこぼれることは無かった。資料やパソコンが被害に遭うことも無かった。が、寧ろその方が良かったんじゃないかと俺は思う。


 女神降臨。


「ふふふふふ……。2人ともぉ、すっごくさっきから楽しそうだね……?」


 彼女はポタポタと綺麗な白髪をコーヒーで染め、ニッコリと微笑みを浮かべていた。持っていたお盆を机に置き、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。


「あ……えと……ふゆ先ぱ……」

「いいのよ、山田くんは」

「え……? 俺は……?」

「お前は論外」

「うえぇ……なんで……」


 カツカツと一気に速度を上げ、尚人はこちらに接近してくる。ぐい、と俺の胸ぐらを掴み挙げ、山田が「ひぇっ……」と声を漏らした。


 え……? これ、マズくないか……?(今更)


「テメェは論外じゃボケェ!!」


 2回言った。


「なんか言えやぁ!」

「えーっ!?」

「『えーっ!?』ってなんじゃ! 舐めとんのかぁ!!」

「カニバリズムゥゥゥ!」

「意味ちげーよ!」


 尚人は女性とは思えない剛腕で俺を揺さぶった。


 うわー、うわー、目が回る〜。


「悪かったぁー、尚人、悪い、許してくれ〜」

「尚人って言うやつは許せねぇ!」


 尚人は更に俺を揺さぶり「コーヒー二度と飲むんじゃねぇ!」と致命傷になり兼ねない指示を飛ばしてくる。


 それだと残業が乗り切れん〜。


「ふ、ふゆさんごめんなさい〜」

「いいよぉ〜?」

「チョロっ」

「なんだと?」

「すみません」


 ようやく尚人から解放され、俺はグルグル回る世界に倒れ込んだ。


 うわー、気持ち悪い……。……うぷっ。


 ズリズリと椅子の方に近づいていくと、視界に僅かだが影がさした。見上げると山田が俺を見下ろしていた。


 なんだ? まだ何あるのか……? え? 俺今日命日……?


「先輩、すみません、大丈夫ですか?」


 ……。


 ああ、何だそんなことか。ふっふっふ……だったら、その好意にあやかろうじゃないか。(クズ)


「山田、俺はちょっと、ダメかもしれん……。俺の仕事は任せ、た……」

「え!? も、もしかして幽体離脱ですか!?」

「いや、違う。今度こそ……」


 俺はフッとやけに色っぽい笑みを零した。


「退社できるかもしれない。退社理由は、病気療養だ」

「え……先輩……」


 ご、ごめんて。


 そんな悲しい目で見ないでくれ。希望9割の冗談だから。






 

 

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全力社畜とプロ社畜 宮瀬優希 @Promise13

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