1時間残業【情報部、全員集合!】

 ガラガラガラッ。


 それは突然の出来事だった。


「失礼します、はじめまして! 山田良太、22歳です。小さい時から憧れていたこの会社に入社できて、僕は今最高に幸せです! 皆さんどうか、よろしくお願い致します!」


 ふむ。これがマシンガントークというやつか。


 俺は打ち込んでいた資料をバサッと床に落とし、呆然とそいつを見上げていた。

そして、内容は全く理解できなかったが、とりあえず異常事態だというのは把握した。


いつもだったら、「あーあ、せっかくまとめた資料が……」なんてボヤきながらガサガサと紙を拾い上げるのに、今はそれどころじゃなかったんだ。


 ……なんだこいつは。こんな眩しい顔をしたヤツが、黒光に入社してきたっていうのか? というか、今こいつはなんて言った?


 脳内が速攻でバグる。


 ふっふっふっふっふ。


 嘘だろ? ははっ、ハーッハッハッハ! ……ああ、悪い夢か。黒光にって、そんなやつ居るわけ無いからなぁ!! ハーッハッハッハ!


 心の中では大爆笑必死なのだが、情報部はありえないほどの静寂と生温い微笑みに包まれていた。


 なんの間違いかな(にっこり)といった感じでな。


 そして、誰も何も話さない。無言。


「えーっと……?」


 流石にあまりの静寂に耐えかねたか、目の前の青年が顔を上げた。と、同時に困惑の表情。


 ……まぁ、そうだよな。挨拶して誰も返してくれなかった上に、知らん人たちが生暖かい微笑みを向けているんだもんな……。うむ、同情する。って、そうじゃなく! 1番入口に近いふちなし眼鏡の人くらいは挨拶してあげろよ! いつもパソコン片手の! そう、俺だよ!


「……あ、ども……」


 陰キャか俺は!


 いや、ブラック企業歴はもう5年、黒崎未影という名前に似合うような社畜に成り果てた残念な27歳男性! 挨拶くらいもっと爽やかにでき……いや、無理だな。


「えーっとぉ、山田くん……かなぁ? ふふふ、ようこそ情報部へ。僕は恩田優太おんだゆうた。一応、情報部で部長をやらせてもらっているんだ。よろしくね」


 俺が自分の挨拶にセルフツッコミを入れていると、恩田部長が静寂を打ち破ってくれた。


 恩田優太。白髪頭にニコニコ笑顔がかわいい、黒光社員歴37年の大ベテラン。もう時期定年退職の我らが部長だ。

 ぽわぽわしていて情報部のペットというあだ名がついているが、噂によると若かりし頃はかなりヤンチャしていたようで……


「黒崎く~ん、そこまでだよ~」


 おっと、ここまでのようだ。


 部長は俺の方を見ずにそう言うと、山田に向き直った。


「山田くん、座席は黒崎くんの横でいいかな? 細かいことは荷物を置いてから話そうねぇ」

「はい! よろしくお願いします、黒崎先輩!」

「黒崎くん、色々教えてあげてね〜」

「うぇぇ……」


 部長、俺の席以外が空いてないからってこんな眩しいやつを俺の隣に置かないでください。本当に、お願いします。眩しくて溶けそうです……。


「そうそう、黒崎くんはまだ入社5年目なのにすっごく優秀な先輩だからね、わからないことは彼に聞けば何でも教えてくれるよ〜。いっぱい頼っちゃってねっ」

「わかりました! 先輩、改めてよろしくお願いします!」


 うそーん。


 ただでさえ眩しいヤツなのに、こんな期待の眼差しを向けられたら……。


「っ……ああ……。よろしくっ……なっ……!」


 ガクッ。精一杯のスマイルと共に脱力。


「!? ぶ、部長! 先輩の魂が抜けそうです!」

「うんうん、じゃあ戻しておいてくれると嬉しいな☆」

「戻すってどうやってですか!?」


 何なんだ、この茶番は。


「……ふぅ、さて山田。ようこそ『黒光情報システム及び総合管理事務部』、通称、『情報部』へ」

「いや、どうやって魂戻したんですか!?」

「ここでは主に社内の機材管理やセキュリティ対策、あとは雑用を行っている。というかほぼ雑用だ」

「無視!? というか雑用って何ですか!?」

「いや、まぁそのまんまの意味だな。ゴミ回収・清掃・配達が雑用三種の神器だ。よーく覚えておけ」


 淡々と情報部の仕事内容を説明していく。


 『黒光情報システム及び総合管理事務部』なんて名前になったのには割と深くない理由がある。

 まぁ、この黒光という会社はブラック企業と言えど技術は最高の物がある。それ故にセキュリティに支障が出たりすることがあまり無いから情報関連のみになると俺たちは暇になるんだ。そしたら何故か雑用が付け足されてしまい、長ったらしい名前が生まれたというわけだ。


 どうだ? 思ったより浅いだろ。


 そんな裏事情は知らないキラキラ純情ボーイは


「ふえぇ……」


と、情けない返事をしている。なんか可哀想になってきたな。


 まぁ止めるつもりは無いけど。


 俺が更に説明を続けようとすると、


「あ、山田くん、今のうちにみんなの自己紹介を済ませておきたいんだけど、いいかなぁ?」

「あ、はい!」


 と、恩田部長の提案で自己紹介タイムが設けられた。


 俺、自己紹介とか苦手なんだけどなぁ。何話そう。まぁ、みんなの様子を見て考えればいいか。


「じゃあまず、黒崎くんお願いできるかなぁ?」

「え」


 即落ち二コマ。


 なんだとおおおおおおおおお!!?


 速攻で俺の甘い考えが切り捨てられてしまった。どうする。マズイ、何も言うことが無いぞ。……はっ、こういうときは、何か気の利いたセリフを言うのがテンプレートじゃないのか!? よし、こいつのためになるいい感じの言葉を……!


 俺はそう思い立ち、目を隠すほど伸びた前髪をグシャッと乱雑にかき上げながら言った。


「さっきも紹介されたと思うが、黒崎未影だ。……まずは寝袋を持ってこい。話はそれからだ」


 言えたあああああああ!!


 俺史上、類を見ない気の利いた一言に、心の中でガッツポーズ。

 ブラック企業で寝袋は必須だからな(俺調べ)。きっとこいつに必要な超気の利いたアドバイスだったろう。ちゃんと前髪をかきあげて目も合わせたし、「話はそれからだ」という文言も、それがないと始まらないというのを示唆している。いい感じだ!!


 フッフッフッフッフ。


「ん……?」


 あれ、何かおかしいぞ。俺は大満足だったのだが、周りは一人残らず苦笑を浮かべている。


 何かやってしまっただろうか。


「つ、次行かないんですか」

「あ、うん。じゃあ僕行こうかなぁ」

「はい」


 ……? うーむ、気まずいな。完璧に自己紹介を乗り切ったはずなんだが。何か本当にマズかっただろうか。あ、よろしくと添えるのを忘れたか! いやでも、それでこの空気になるもんなのか……?


 考えてもしょうがない。


 俺は横に立っている白崎と雑談をすることにした。

 白崎は金髪に青メッシュ、大量のピアスと見つけやすい要素の塊だからありがたい。いや、ホント。


「僕もさっき軽く名乗ったけど、情報部の部長をやらせてもらっている恩田優太だよ」

「なぁ、白崎はどんな自己紹介をするんだ?」

「あー、俺は恩田部長のパクリで行こうかと思ってるんっすけど……」

「僕は大体情報部にかかってくるクレーム……じゃなくてお客様のお電話の対応をしているんだ。基本的にこの部屋にいるから、気軽に声をかけてほしいな」

「今、完全にクレームって言ったよな」

「そっすねー」

「二人とも静かにね?」

「「聞かれてたのか……」」

「まぁ、仲良くしてほしいな。よろしくねー」


 雑談を聞きつつマトモな自己紹介を終えた部長は、ニコニコしながらこちらを向いた。ご指名だ。


「じゃあ、白崎くん行けるかな?」

「うーっす」


 やはり白崎か。たぶん部長に近い順に指名してってるんだな。うん。


 俺は白崎の方を向いた。と、同時に目を潰された。


「えー、名前は白崎ヒカル! 年齢は23! なんか、会社では『とにかく明るい白崎くん』なんてあだ名が付いてますが、フツーにヒカルって呼んでください! 基本的に営業行ってて居ないんすけど、まーよろしく!」


 クッ! 眩しい! 俺のライフはもうゼロだ!


 なんなんだあいつは。恩田部長のパクリとか言ってたのに全然爽やかじゃねぇか。黒崎と白崎、黒髪と金髪! 対称的すぎて泣けてくる。


 ヴッ……俺の周りには俺を溶かすやつしか居ないのか。


 陽キャのオーラに気圧され、仏頂面で白崎を見つめる。


「あれー、先輩なんか怒ってます?」

「いや、溶けてる」

「溶けてる?」


 でろんでろんに溶かされつつ山田の方を見ると、何やら熱心にメモをとっている。メモ魔なのか。ここに居たらメモ帳の山ができそうだな。メモ帳……文章……文書……書類……。ダメだな、想像しただけで悪寒が。


 ただでさえ書類の山ができてるのに……。


「あ、じゃあ最後は私かなぁ?」


 ぴょこぴょこっと最後に前に出たのは白髪緑眼の女性。


 あいつが大トリか。ちょうどいいかもな。


 俺はそう思い彼女の自己紹介に耳を傾ける。


「初めましてぇ、私は尚人なおとふゆだよ! この情報部でお茶汲み係をしてるの! あ、あと皆のご飯の買い出しとか掃除洗濯とかもやってて……うん! 家政婦って言う方が適切かも! あ、私のことは気軽に『ふゆさん』とか『ふゆちゃん』って呼んでね! 苗字呼びは好きじゃないんだぁ! よろしくね!」

「はい! よろしくお願いします!」


 おっと、マシンガントーク再来だったか。


 俺は本当に羨ましいほどのコミュ力を持つふゆの方を向き、また溶けた。てろん。


 おっと、そんなことをしている場合じゃないな。すぐに仕事に戻らねば……。


 俺は持ち前の切り替えの速さで自分のデスクに向かおうとした。が、


「黒崎くーん、まだ終わりじゃないよー」

「うげっ」


 サッと前に現れた恩田部長によって阻止された。はっや。いつ出てきたんですか部長。

 あれは定年間近の人間の動きじゃないぞ。ブオン、って音聞こえたもん。


 しょうがないな。俺はすぐに回れ右をし、とぼとぼと歩き出した。


「とりあえず記念撮影しとこうよ! ってことで黒崎くん早く来てー!」

「はーい……」

「先輩、いい感じのポーズ無いですか?」

「お、俺も知りたーい」

「あのなぁ……人をグルグル先生みたいに使うな……」

「まぁまぁ良いじゃないか。僕も知りたいなぁ?」

「うーむ、じゃあそうだな、黒崎ポーズを伝授してやる」

「「「おおっ!」」」


 俺は皆にポーズを教え、カメラのカウントダウンが始まった。


さん、にい、いち。


パシャッ。


「うおー! かっこいいポーズですね先輩!」

「そうだな! 流石ッスね!」

「うんうん、いい感じだねぇ〜」

「ははは……」


 俺が伝授したポーズはこうだ。


 まず右手拳を握り、前に突き出す。次に人差し指だけを下に向ける。これで終わりだ。ちなみに何のポーズかわかるかな。


 チッチッチッチッ……


 正解は


「黒崎ポーズ」改め、「辞表突きつけ『退職』文字指さしポーズ」だ。


 現像された写真には、満面の笑みで俺の所謂「退職ポーズ」をする情報部の面々が写っていた……。




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