第15話

 ガロは急務を慮り、昼頃まで待ってからダンテを呼びつけた。また鈴の音が聞こえた。


「お呼びですか、ガロ様」


 昨夜のことを気にもかけないような清しい微笑みでダンテがやって来た。それはこの男の優しみであり、少しガロの心が痛む。


「ああ、このまま病人のように療養するのもどうかと思って……いや、その前に昨夜はすまなかった。深夜に起こしてとんだ体たらくを見せた」


「……昨日は気分も優れていないようでしたし、来客も多くありましたしお疲れだったのでしょう。それに、あのぐらいのことはわざわざお詫びになることではありません」


「……お前は優しいな」


「いえ、優しさではありません。私はガロ様から預かったものを返しているだけです。ただ、それだけのことなのです……。ガロ様、覚えていらっしゃいますか。真冬のアリテッド山に出かけた日のことを」


 ガロはライトの大仰な口ぶりを思い出して気恥ずかしく気がした。


「ああ、覚えてるさ。でもあれは俺がお前を背負って生還したのではなく、その逆だったろう?」


「ええ、そうです。私がガロ様を背負って山を降りました。ガロ様は子供の目にも危うい状態で、今にも死んでしまいそうでしたから……ですが、その傷は私が熊から襲われたのを身を挺して助けていただいたものなのです。私がくだらない好奇心で森に踏み込もうと提案し、そのうえ子熊の爪で掻かれそうになったときかわりに傷を受けたのです」


「そうだったかな」


「ええ、そうですとも。……実は私はそのとき逃げようと思ったのです。主君が子熊に殺されかけているというのに。しかしガロ様が逃げろと仰った。それで私は生涯支えるべき主君がわかったのです」


 ダンテは憧憬の、遠い目をしている。ガロの胸にはその頃の傷跡があるはずだった。ガロはその箇所をさすった。やはり傷がある。三本の切り傷を糸で繋ぎ抜いた跡が。しかしどうしてだかガロにはこの傷をいくらなぞっても確かな気がしない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

KINGS 五味千里 @chiri53

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ