△▼△▼異世界実験記△▼△▼
異端者
『異世界実験記』本文
異世界へ行く方法――これはインターネットで探せばいくつか見つかる。
別にトラックに轢かれる必要は無い。そんなハイリスクな方法を取らずとももっと安全な方法はある。
俺はその中でも一番簡単そうな方法、通称「飽きた」を試してみることにした。
「飽きた」とは、五センチ四方の紙に六芒星とその中心に「飽きた」と書いた物を握って寝るだけで異世界へ行けるというものである。この文字は赤い文字の方がより効果があるとされる。
俺はコピー用紙をそのぐらいに切ってボールペンで書き込むと右手に握って床に就いた。
眼が冴えてなかなか眠れない。
明日しなければならないことが山程浮かんでくる。
ああ、もうこんな現実は嫌だ――そう思ったから、異世界に行こうと思ったのだ。
異世界に行けば、こんな下らないしがらみからも解放される――そう考えていると、いつの間にか眠りに落ちていった。
目が覚めると、駅のホームだった。
正確には、駅のホームのベンチに寝ていた。
おかしい……確かに自宅の布団で寝ていたはずだが――そのベンチはボロボロで白い塗料があちこち剥げていた。
握りしめていた右手を開くと「飽きた」の紙がなくなっていた。
ふうむ。これは俺が異世界に行ったということか……なんで駅なのか全然分からん。
起き上がると駅名看板を探す。
「きさらぎ」――これもまたボロボロだが、かろうじて駅名が読める看板があった。
俺は少し驚いた。
きさらぎ、「きさらぎ駅」――それは別の有名な都市伝説の場所だったからだ。
確か誰かが真夜中電車に乗って迷い込んだ異世界の駅、という設定だったはずだ。
もっとも、今は真昼間というか朝で、ぎらつく太陽が暑苦しい。ここがどこであるかはどうでもよくなるぐらい暑苦しい。
俺は辺りを見渡すと飲み物の自販機を探した。
すると、向こう側の駅のホームに異様に背の高い女性、帽子にワンピースの女性が目に入った。
ちょうどいい、あの女に聞いてみよう。
歩道橋なども無かったから、俺は線路を横切って向こう側のホームに行った。
どうせこんな寂れた駅、まともに使われていないだろうと思ったからだ。
女は近付くにつれて異様さを増した。
身長は二メートルを明らかに超えている。
だが、俺にはそんなことはどうでも良かった。
元々どうでも良くなって来た異世界だ。悩みもへったくれもあったものじゃない。
「お~い、ちょっと……」
俺は女に声を掛けた。
「ぽぽぽ……」
女はこちらを向いて口を開いたが、どうにも要領を得ない。
「ちょっと聞きたいんだが、ここはどこで――」
「ぽぽぽぽぽ――」
「いや、場所はともかくとしてどこかに飲み物の自販機は――」
「ぽっぽぽ、ぽぽぽ――」
相変わらず、女は「ぽぽぽ」としか言わない。
しかし、こちらの質問によってリズムを微妙に変えているようで、それで答えているつもりなのが妙に腹立たしい。
なんだったかな……確か、こんな妖怪の話があったような――八尺! 確か「八尺様」だ! 小さい男の子が好きで、気に入った子どもをストーキングするという大きな女の都市伝説。
まあ、俺にとってはこいつがその八尺様かどうかはどうでもいい。とにかく情報が欲しい。ここは異世界なのか。きさらぎ駅なのか。そして飲み物が欲しい。
そういえば……しまった! 昨日パジャマに着替えて寝てしまっていた。つまり財布は持っていない。自販機を見つけてもこれではジュース一本買えない。
女はこちらに興味をなくしたのか、そっぽを向いている。
仕方がない――俺は野生に返ることにした。
「オイコラァ! 自販機の場所と金寄越せや!」
俺は女の帽子をはぎ取ると、胸倉をつかんで揺さぶった。
「ぽっ……ぽぽぽ、ぽ」
「アァ! よく分かんねえよ! 日本語でしゃべれや!」
俺は左手で胸倉をつかんだまま、右手で頬を殴った。
俺は高校の頃、地元ではカツアゲで有名だったのだ。
「ぽっ! ぽぽぽ! ぽっ!」
「それしか言えんのかい!?」
なんとなくだが、相手の声に動揺が感じられる。
よし! あと一息だ!
もはや社会人として体裁を整えていた頃の面影はなく、不良だった頃そのものだった。
いかに相手を恫喝して金品を巻き上げるか。それしか頭にない。
「ぽぽぽーぽ・ぽーぽぽ!」
「はぁ! さっさと金寄越せや!」
俺は再び殴りつけると地面に叩きつけた。
女は殴らないとかそういう差別はしない。男女平等だ。俺は偉い。
女は落ちている帽子をサッと拾うと逃げ出した。
「なんや!? 逃げるんかい!?」
俺は駅を出て追いかけようとしたが、あまりの暑苦しさと女の足の速さにそれを諦めた。
駅から少し離れた所に来てしまったが、周囲には田畑が広がっているだけで何もない。
いや、何もないというのは誤りだ。あるにはあるが、それが何かよく分からない。
水が張られた田んぼの中に白くくねくねとした物が踊っている。
それらが視界に入るだけでもだいたい二十体ぐらい……何が楽しいのかこの暑苦しい中踊っているのだ。
これは多分「くねくね」というやつだろう。遠くで見ている分にはいいが、近付いて見たり望遠鏡で見たりすると気が狂うという都市伝説だ。
だが、いら立っていた俺にはそんなことはどうでも良かった。そもそも、元から仕事のストレスで狂っているようなものだ。多少おかしくなっても問題ない。
「あ~こんちくしょー!」
俺は田んぼに入りくねくねに近付くと、その白い棒のような体に全力で蹴りを食らわせた。気に入らなかったのだ。こちらは暑くてイライラしているのに涼しげに踊っているのが。
「ぐぺっ」
何かが潰れるような音、断末魔の声を上げると、そのまま泡のようになって空気中に溶けていく。
「このヤロォ!」
俺は次のくねくねにも同様の一撃をくらわす。また消滅。そしてまた次も――。
「やめろ! そのぐらいにしておけ!」
ふいに背後から声が掛かった。
振り返ると、作業服を着た小柄なおっさんが居た。
今度は「時空のおっさん」か。時空のおっさんとは異世界に迷い込んだ者に接触してくるおっさんであり、異世界から帰す役割も担っているのではないかと言われている。
「なんだよ! ここは異世界なんだろ!? 何したって勝手じゃないか!?」
「馬鹿! 異世界には異世界なりのルールがあるだろうが!」
おっさんが怒鳴ると周囲の景色が変わって、コンクリートむき出しの壁に囲まれた小さな部屋になった。中央には机と椅子があり、まるで取調室だ。
「まあ、座れ」
それは静かな一言だったが、なぜか逆らう気になれない迫力があった。
俺は言われるままおっさんと向かい合って座った。
「八尺の奴から通報があってな……きさらぎ駅で凶暴な奴が暴れているからなんとかしてほしい、と」
通報とは――おっさんはこの世界でいう警察か何かなのだろうか?
「うるせー! こっちは何もかも嫌になって異世界に来たんだ! 何をしようと勝手だろ!?」
俺は思わずそう叫んだ。
「あのなあ……お前みたいに異世界に来て好き勝手したい奴が増えて、こっちは迷惑してるんだよ……休む暇もありゃしない」
おっさんは深いため息を付いた。
「いいか。そのうち帰してやるからおとなしくしてろよ」
ちょうどドアから同じような作業服の男が二人入ってきた。
「お前ら、C5室に連れて行ってくれ」
男二人は有無を言わさず俺を立たせると、番号の入った腕輪を付けて部屋から連れ出した。
無駄に長い廊下を延々と歩く。その間いくつか質問をしたが、返事は無かった。
諦めて無言で歩き続けると「C5」と書かれたプレートが付いたドアの前に着いた。
「ここだ」
男たちはそれだけ言うと、ドアを開けて放り込むように俺を押し込むとドアを閉めた。
「おとなしくしていれば帰してやる。くれぐれも問題は起こすなよ」
その声を最後に、男たちの足音は遠ざかっていった。
俺は薄暗い部屋の内側から何度もドアノブを回したが、開く気配はない。
「くそっ!」
閉じ込められた。よりにもよってこんな得体の知れない所へ。
「無駄だよ」
目が慣れてくると、部屋の様子が分かった。俺と同じ顔があった。
それも一つではない。薄暗い部屋の中に……十数人は居るだろうか?
「驚いた? 皆、別々の世界からやって来た君だよ。細部は違うけど、やっぱり同じ人間だから同じ思考を辿って異世界へ行こうとするらしくて――」
「じゃあ……俺がここへ来るのは必然だったのか!?」
俺と同じ顔のそいつは少し考えるような仕草をした。
「必然……とは言い切れないな。例えば、同じように異世界に行こうとして君の元居た世界に行く者も居るかもしれない。その場合は、『ドッペルゲンガー』と呼ばれるらしいけど」
「ドッペルゲンガー」――自分そっくりの人間、もう一人の自分。死期が迫った人間に現れるともいわれる。その答えがこれだというのか?
「まあ、アンタが帰されるのは一番後だろうよ。……仲良くやろうぜ、十四番目」
別のもう一人の「俺」がそう言った。
△▼△▼異世界実験記△▼△▼ 異端者 @itansya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます