投下実験
「頼むぜ」
数日後、築浜飛行場に持ち込まれた覆い付きの航空魚雷を見て勝士は呟いた。
「お任せください」
魚雷整備担当の熟練下士官が笑って答えた。
水雷科出身で魚雷整備の腕を買われて航空隊へ呼び寄せていた。
元々水雷志望であった勝士から見ても彼らの手際は良く、安心できる。
しかも実験の成功を祈願し神酒をかけるまでしてくれた。
艦艇からの雷撃演習でも願掛けに神酒をかけることは良くある。
魚雷は精密機械の塊で、へそを曲げると真っ直ぐに進まずそれてしまう。
曲がるだけなら良いのだが、可愛げのない魚雷だと発射直後に回れ右して発射した艦艇に襲い掛かってくる。
勝士も兵学校時代、練習艦で魚雷発射の実習で発射した魚雷が反転、練習艦のスクリューの支持架に突き当たり、損傷する事故が起きた。
演習用の魚雷でもその質量によって艦艇を傷つける能力を持っているので決して油断できない。
水雷科が験担ぎに走るのも致し方ないのだ。
特に航空機からの雷撃、しかも先日の事故もあり気合いを入れて魚雷を整備してくれている。
「じゃあ、投下試験を行おう」
勝士は整備員と共に魚雷を取り付け、落下するかどうか確認しようとする。
「少尉がそこまでしなくても」
士官が命令し下士官が兵を監督しつつ実施する。
それが軍隊だ。
士官が作業に加わるのは、その秩序を乱すことであり、下士官以下を信用していない事になってしまう。
娑婆からは理解できないだろうが、軍隊とはそういうものだった。
「いや、魚雷がキチンと落ちるかどうか確認しておきたいんだ」
だが勝士は操縦士として魚雷が落ちるかどうか調べておきたかった。
「俺が乗り込んで操縦するからな」
「分かりました」
下士官は納得してくれた。
自分の操る機材を点検確認するのは搭乗員の役目だ。
それに何回か前の魚雷投下試験で、投下装置が前半分しか作動せず、後ろが機体に残りバランスを崩して海面に突っ込んだ事故があった。
<死に戻り>したあと、勝士は自分でも魚雷が投下されるかどうか確認することにしている。
このやり方は、搭乗員の役目となり離陸前の魚雷投下試験に立ち会うことになる。
「勝士」
試験の立ち会いのためやってきた露子が駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
いつもと違い心配そうに尋ねてくる。
自分の設計した機体ではなく、魚雷の試験である。
開発中の自社の機体なら自分が修正できるが、海軍所有下の魚雷にはタッチできない。
自分が何も出来ないのが歯がゆくて、雷撃機の状態を万全にするという言い訳で飛行実験を見に来ていた。
「大丈夫さ、必ず成功させる」
勝士は笑って答えた。
研究費の元はアレだが、カバー、覆い自体は岸本少佐の尽力もあり良いものが出来ている。
試験でも最高の成績を残している。問題ない。
「必ず成功させるから見ていろ」
勝士は自信満々に言う。
<死に戻り>があるからではない。
自分が満足するまで突き詰めた結晶であり、やれるだけの事をやったという自信があった。
「回せ!」
魚雷の積み込みが終わると勝士は、エンジンを始動させ暖気を始める。
飛行点検を終え、異常が無いと確認すると、滑走場へ出て行きスロットルを押し倒し、機体を加速させる。
八〇〇キロもの魚雷をぶら下げていると機体は重く、加速は遅い。
勝士は目一杯滑走場を使って離陸し、空へ飛び立つ。
一度高く飛び、上空を一周して湾に浮かぶ目標を確認すると、侵入経路を決め、降下する。
海面すれすれで機体を水平にする。
正しい機体の姿勢と高度は<死に戻り>で既に把握済み。
カウリングと翼と水平線の相対位置、突起やビスを目印に姿勢と高度を維持する。
海面上五メートルの位置を水平にしたまま勝士は飛ばす。
プロペラ後流が青い海面にしぶきを上げさせ、白い軌跡を刻みつけ、赤いブイに近づいていく。
照準器を覗き込み魚雷に狙いを付ける。
ブイと照門と照星が一直線に並ぶよう機体を操り、雷撃距離に入るまで維持する。
「撃っ!」
距離に入った瞬間、勝士はレバーを引いた。
魚雷が投下され、機体は浮き上がる。
勝士は機体の上昇を抑え、高度を維持する。
「よし!」
幸い、魚雷は跳ね返らず、機体にぶつかることはなかった。
「どうだ!」
鏡で背後の海面を確認する。
魚雷の雷跡、スクリューの中心に穿たれた排気口から出るエンジン排気の泡が真っ直ぐ伸びていた。
魚雷は完璧に作動していた。
陸上からも観測班が魚雷の挙動を確認していた。
放たれた魚雷は、スピンすることなく正しい姿勢をとったまま、海面に着水。
海面に触れた衝撃でカバーは外れ、飛び出していた。
正しい姿勢で海面に入った魚雷は真っ直ぐブイに向かって進み、その下をくぐり抜けた。
「成功だ!」
機体を上昇させ海面を見ていた勝士は、魚雷がブイの下を通り過ぎたのを見て歓声を上げた。
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