実験開始
「……やっちまった」
翌日スイートのベッドで酔いが覚めた勝士は昨夜の醜態、上官に罵声を浴びせたことを思い出し自己嫌悪に陥る。
元凶は主計から金を巻き上げ連れてきた鷹野少将だが、稼いだ金で飲み食い宿泊しただけに文句は言えなかった。
「さて、十分楽しんだし、英気も養え、軍資金も出来た」
傍らの荷物、鷹野の身体がすっぽり入る大きな袋を見て言う。
パンパンに膨らんでおり、見た目同様、重いためボーイに持たせている。何が入っているかはボディーガードが周囲を固めていることから明らかだ。
そうとう勝ちを引き込みカジノから金を巻き上げたらしい。
「さあ三木少尉、築浜へ帰って実験だ」
「……はい」
清々しい表情で命じる鷹野の命令に勝士は仕方なく、大人しく桟橋にある飛行艇に乗り込み、鷹野を連れて築浜に戻るべく媽閣を離水していった。
「一体、幾ら稼いだんです」
あれだけ二人で媽閣の高級ホテルのスイートで飲み食い豪遊しても金は余っており飛行艇の燃料代をさっ引いても余っていた。
大金である事は乗せられた札束でパンパンになった袋の大きさから分かるが、正確な金額は知らない。
どれだけ鷹野が勝ったのか勝士には想像出来なかった。
ルーレットの他にもVIPルームで余った金を使って延長戦を楽しんでいたようで一体幾らになったのか勝士は分からない。
「小遣い銭程度だ」
しれっと鷹野が言うところを見ると絶対にルーレットで得た金の何倍も稼いでいる。
ただ聞くのが怖いので、勝士はそれ以上は追求しないことにして飛行中は黙ったままだった。
媽閣から飛び立った勝士は心ここにあらずといった感じだった。
公金横領するわ、その金でやばい場所で賭け事やるわ、その直後に大勝ちして酒池肉林となるわ、と変化が激しすぎた。
状況の急変に精神が順応できず、心を無にしないととても操縦など出来ない。
だが飛行時間は記録上短いが<死に戻り>で幾度も飛行中に死んでいるため、飛行時間が体感では長い勝士は既にベテランのパイロットであり、無意識に操縦する事が出来る。
行きのように何時間もの飛行も簡単にこなすことが出来、大陸から皇国まで問題なく飛行させた。
築浜に無事着水すると、種銭となった主計科から巻き上げた現金を鷹野は倍返しして渡し主計科科員を黙らせた。
怪しいと思いながらも、このところの実験飛行で現金が足りない上、今後予定されている飛行実験への経費も色々足りないため、主計科は現金を黙って受け取った。
一部は裏金にでもなるのだろうが、勝士はこれ以上関わらないことを決めたので言わない。
だから勝士は本来の目的である魚雷の実験費用を鷹野から黙って現金で受け取る。
それでも鷹野本部長の手元には現金が残っており、大きな袋を担いだまま航空本部が送ってきた車に乗り込み、疲れ切った顔の副官、事情は話していないが全てを悟りきった表情をしている佐官と共に戻っていった。
ほんの数年前に出来たばかりの海軍航空は新参者であり、予算不足の上、飛行機開発は金食い虫だ。
鷹野が作った金は本部の予算として活用するつもりなのだろう。
昨晩を除き、豪遊に稼いだ金を私用で使わないところが追及しにくいところで勝士も鷹野に強く言えない。
それに目下の問題点、魚雷の跳ね飛びを解決するには鷹野本部長が作ってくれた金で実験しないといけない。
なので勝士は詳細を黙ったまま、金を持って水雷実験部の岸本少佐の元へ向かった。
「現金を用意するとは凄いな」
突然三木が現金を持って現れた事に岸本少佐も目を大きく見開いて驚いた。
「どうやってこんな大金手に入れた」
「……一寸人には言えない方法で」
ウチの本部長がギャンブル狂で航空隊の現金を種銭に海外のカジノで増やして作ってきました。
などと勝士は恩師に言えるわけがなく生暖かい顔をして誤魔化すしかなかった。
「……こういうときは軍機につき、お答えできません、とでも言っておけ」
おおよその事情を察し、不器用な元生徒に有り難い助言を岸本は与えた。その後は可愛い元生徒の依頼を達成するべく作業に入った。
かくして魚雷カバーの開発が始まり、安定翼付きスクリュー覆いが出来た。
小型模型による実験も無事に終わり、実物大による投下実験も行われた。
実験は大成功で、魚雷は正しい姿勢を維持したまま海中へ突入し、覆いも取れた。
「よし、行けるぞ」
「はいっ」
続いて本物の魚雷を使った段階へ移行しても覆いは無事に外れ、スクリューの損傷もなく、キチンと直進した。
特に喜ばせたのが、魚雷の沈下深度が浅くなったことだ。
魚雷は敵艦の艦底近く五mから一二mの間――目標艦艇の吃水がそれぞれ違うためその都度調整し、定められた深度を直進するように作られている。
だが航空機から投下された高度数メートルからでも魚雷は勢いで数十メートルも海中に潜ってしまい、それから定められた深度に上がってくる。
もし浅い海面、水深が浅い場所だった場合、例えば泊地停泊中の艦艇への攻撃は、魚雷が海底に突き刺さってしまうため不可能とされていた。
だが、開発した覆いは魚雷の沈下を十メートル前後に抑えることに成功した。
あとは、実際に飛行中の飛行機から投下するだけである。
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