ギャンブラー本部長

「あっぶねええええっっっ」


 ルーレット勝負が終わって五分後、勝士と鷹野はVIPルームにいた。

 ディーラーが宣言したのは「Red 12」。

 鷹野が一点賭けをしたポケットだった。

 一点賭けの配当は三六倍。一挙に、所持金が三六倍になった。

 予想外の展開にカジノは大騒ぎになり、見事当たりを引いた鷹野は当然といった表情で穏やかな笑みを浮かべ、勝士は大勝ちした安堵で気絶しテーブルに倒れ込んだ。

 勝士が意識を取り戻すと二人はカジノのはからいでVIPルームに案内され、多数の女性が接待に付けられた。

 勿論、部屋に入った後は有料の上に、高い酒を勧めてくる。

 大勝ちした客からカジノは、こうやって金を取り戻すのだ。

 勝士は分かっていたが、精神的にどん底に落とされたあと、極楽、女性付きの酒池肉林を味わって半ば壊れており、彼女たちに酒を注がせた。


「やけ酒だ! どんどん持って来い!」


 最近<死に戻り>が多く、ストレスが溜まった上に、お偉いさんの思いつきで軍法違反、公金横領、海外でマフィアに殺される瀬戸際に立ったのだ。

 そこからのどんでん返しで勝士は精神の壊れた部分を満たそうと、酒をがぶ飲みする。


「ははは、楽しんでいるようだな」


 グラスに入った茶色い液体を飲みながら六十雄は、あおるように酒を飲む勝士を見て上機嫌になる。

 航空隊の至宝ともいうべき彼の様子が沈みがちだったので憂さ晴らしをさせることも目的だったが、上手くいったように鷹野には見えて満足していた。


「こんなことは、もう勘弁ですよ!」


 だが勝士の気分は憂さ晴らしからほど遠く、生きた心地はしなかった。

 賭け事に買って当たり前のような本部長の態度が気に入らない。

 あまりのやり方に怒りで階級差など忘れて鷹野に怒鳴りつける。


「楽しいから良いじゃないか」


 だが怒鳴られても、自分と勝士の間の壁、階級差、年齢差諸々が壊れた事が鷹野には嬉しいので部屋に呼び寄せたディーラー相手にブラックジャックをしながら鷹揚に答える。


「何処がです!」


 だが勝士は楽しめなかった。

 確かに美女を侍らせ酒池肉林は良い。

 しかし、危うく賭けに負けてアウトローな連中に路地裏の墓場へ放り出されるところだった。

 幾ら、死ぬ覚悟が出来ているテストパイロット、いや何度も死んでいるとはいえ、ギャンブル狂の上官の巻き添え食らって死ぬのはごめんだ。

 しかも、今またカードゲームを当然金を掛けてしている。


「まあまあ、勝ったのだからいいじゃないか」


 ディーラーに自分の手札、合計が21のカードを見せ渋い顔をするディーラーから鷹野は配当をを受け取っている。


「もう止めてくださいよ!」

「一寸遊ぶくらい良いだろう」


 先ほどの得た金の一部を種銭に使っていたが、既に鷹野の手元にはチップの山、それもゼロの数が多い高額なチップが何本も積み上がっている。

 一体どれだけ強いんだ。

 勝っているだけに強く言えない。もし負けてスッカンピンになり、殺されて<死に戻り>したら鷹野を簀巻きにしてでも、上官への暴行で軍法会議になっても止めるつもりだった。だが、勝っていては何も言えない。

 納得いかないフラストレーションから勝士は酒に走った。


「少尉もブラックジャックをやらんか? 酒ばかりだとつまらんのでないか?」

「やりません!」


 一枚渡されても失う額が多すぎて勝士は嫌だった。


「なら、ここは儂が一発芸をしよう。ほれっ」


 そう言った鷹野はゲームを中断し席を立つと棒を持つとテーブルにあった皿の底を回しはじめる。


「ほれどうだ」

「すげえっ! 料亭の芸人でもここまで見事な皿回ししねえ!」

「こういうのが好きなんだ」

「……けど、海軍提督が行う事ですか」

「楽しいから覚えたんだ。それに一芸くらいは持っていないと艦艇勤務は楽しめんぞ」

「ええい! もういい!」


 のらりくらりとはぐらかす鷹野に何を言っても暖簾に腕押しだと悟った勝士は酒の力もあって自棄になり叫んだ。


「兎に角、楽しませろ! 碌でなし提督のギャンブラー本部長!」

「ほいきたっ」


 酔いが回った勝士は、怒りも加わり鷹野少将に命令口調で命じる。

 碌でなしでギャンブラーだが懐も器も広い鷹野は、怒らなかった。

 無礼講の宴だとばかりに楽しんだ。

 何より自分の得意芸を見せることが出来るので喜々として、自分の持ち芸を披露。

呼び込んだ美女達の歓声もあって宴は盛り上がり夜は更けていった。

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