ルシタニア領媽閣
今から百年ほど前より西洋の東洋植民地支配が加速した。
技術革新により帆船から蒸気船へ転換し移動が容易になると運べる兵力も増えて西洋諸国が東洋諸国を侵略することが多くなった。
また西洋諸国が植民地獲得競争――支配している土地の面積を競うという馬鹿馬鹿しい争いを国民も含む各国も行い、急速に支配が進む。
この動きに危機感を持った皇国は開国し西洋の技術を導入、近代化を行う。
皇国海軍もその中で生まれ、幾度かの内戦と侵略戦争から皇国を守った。
だが、周囲は列強の植民地が未だに存在していた
敷島皇国と海を挟んだ枢華大陸ルシタニア領媽閣は、比較的初期に植民地化された枢華の土地だった。
長年の統治により完全に支配下に置かれ、周辺地域と西洋との交易の中心地となった。
多くの船が行き交い東西を問わず多くの人が集まった結果、西洋と東洋の合流点となり独特の文化を生み出した。
だが、同時に混沌とした町となり、一種の自由地帯、治外法権、無法地帯ともいえる場所となった。
近代的な町並みが並んでいても住人はアウトローが多い。
表通りは綺麗だが、ふと裏路地を見ると、物乞いや路上で寝込んでいる、中には明らかに息をしていない者もいた。
そして、周りはそれを当然の様に一種の景色として受け入れ、あるいは無視して通り過ぎていく。
しかも彼らはどう見ても堅気の人間ではなく、怪しげな取引を表通りでも堂々とやっている。
彼らのような人間を受け入れる様な街なのだ。
それを数百年続けた結果、彼らを相手にする人間や商売も出来た。
カジノはその一つであり、公営私営を問わず大規模カジノが複数中心街に立つほど盛んだった。
飛行艇で乗り付けた勝士と鷹野本部長は、飛行艇を公使館付武官が手配した桟橋に繋ぐと、いくつもある公営カジノ、いや媽閣の中でも最大規模を誇る銀河娯楽公司へ入っていった。
「あ、あのう……」
「付いてこい」
きらびやかなカジノの中に堂々と入って行く鷹野の後を、びくびくしながら勝士は付いていく。
海軍士官として社交も任務に必要な教養として勝士は訓練――テーブルマナーやダンスの講習を受けたし、遠洋練習航海では各国の晩餐会に参加したこともある。
だが、このような明るくも怪しい場所に入ったことがなかった。
しかし、鷹野は慣れたように、むしろ生き生きと行く。
「よおっ」
入り口に立つ厳ついボディーガードに気安く挨拶をして顔パスで中に入っていく。
勝士も仕方なく覚悟を決めて後を追った。
「うわあっ」
外も派手な外観だったが、中に入ると別世界だった。
豪奢なシャンデリアの下にあるいくつものテーブルでルーレット、バカラ、ポーカーなどの賭け事が行われている。
露出の多い衣装を着た女性が酒を配り、勝った客が上機嫌に受け取る。
負けた人間は弾を両手で抱え絶叫を上げ、ディーラーが無表情にチップを引き上げていく。
まさにカジノと言える場所だった。
鷹野本部長は換金所に行くと、風呂敷に包んだ主計科から出させた現金を取り出し全てチップに変えた。
「本部長! 何を!」
「カジノでやる事なんて賭け以外にないだろう」
渡されたチップを受け取ると鷹野はルーレットの台へ向かい席に座り、ディーラーから青いチップ――プレーヤーのベット用の駒を受け取る。
「それ主計科から巻き上げた金でしょう! 公金横領して博打やっちゃダメでしょう!」
ディーラーがベルを鳴らし、ベッドを開始した。
周りにいた客が次々とチップを置いて行き賭けを始める。
だが鷹野はベッドせず、様子を見ながら勝士に言う。
「大丈夫だ。こっそり借りたから、こっそり返せば問題ない」
「ダメですよ! ていうか楽しそうですね」
ディーラーがルーレット上部のノブを回し、ボールをルーレットとは逆方向へ投げ入れる。
鷹野は、ボールとルーレットの動きを鋭く見定めながら、勝士に言う
「博打はな、やばい金に手を出してからが楽しいんだ」
鷹野はチップを動かし赤い丸に金文字で12と書かれたマスに一目賭けをする。
しかも、手元の持ち金を全額枠に、オールインしている。
「外したらどうするんですか」
「命はないだろうな」
鷹野は不敵に笑ってカジノの隅にいる剣呑な表情をする屈強な男を見る。彼らの仲間が先ほど大負けした人間を裏に運んでいる。
すっかんぴんになったら自分もああなるのか、路地裏に息もせず捨てられるのか、と勝士は想像してしまう。
それも、公金横領という重罪と汚名を着せられて、本部長いや狂ったギャンブラーの巻き添えをくうのだ。
すっかんぴんになったら自分も来る途中見た、路地裏の死体になるのか、と勝士は想像してしまう。
「今からでも止められませんか」
勝士が止めるよう鷹野に言った瞬間、ディーラーは「NO more bet」と宣言しベルを二回鳴らした。
「手遅れだな。今の合図のあと賭け金を引き上げたら反則になり、配当さえ没収されてしまう。みすみす逃すわけにはいかんだろう」
「勝つ気でいるんですか」
三六分の一の確率しかないのに鷹野は何故か強気だった。
「三木少尉、覚えておけ」
鷹野は戦場に挑む武人のように不敵な笑みを浮かべながら言った。
「勝負はな、常に勝つ気でなければ勝てないのだよ。戦も賭けも」
「この碌でなしギャンブラー!」
勝士が叫ぶ中、ルーレットが止まり、ボールがポケットに落ちた。
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