主計科と予算
主計科とは予算と物品の管理、将兵への給食を担当する部署で、海軍の各艦艇、部隊、組織に配置されている。
築浜航空隊にも設置されており、テスト飛行の時に燃料や機上食を供給して貰ったり、必要な装備の発注、代金の支払いを行って貰うので結構身近だ。
勝士はいつものように主計科に行き、事の次第を説明した。
「そんな予算ないぞ」
「ですよね」
勝士が主計科に魚雷カバーの試作予算を頼み込むと案の定、拒否された。
「海軍航空隊の未来が掛かっているんです。なんとか出せませんか」
「最近、実験の回数が多いから無理だ。このあとも飛行実験の予定は詰まっている。そのための必要経費で一杯だ。とても余裕なんてない」
ここのところ試験する飛行機が多すぎる上、予想外の追加費用が掛かり航空隊の予算を圧迫していた。
先日、採用された急降下爆撃機も機体強度強化の改修とそれに伴うテスト飛行増加で経費が増大している。
余計な支出に出せる予算は航空隊にはなかった。
「しかも、貴官が主張する改修箇所が多くてそのための予算でウチの金庫はすっからかんだ」
「それは、<死に戻り>で……」
「なんだ?」
「……いや、何でも無い」
予算不足の原因の一つは勝士の指示のせいでもあった。
<死に戻り>で得た知識を元に飛行機の改修を勝士は何度も指示していた。
改修は勿論タダではなく費用が掛かり、航空隊から支出されていた。
その額が大きなものになっており航空隊の予算を消費していた。
「それで落ちずに済んでいるからでしょう。落ちて再取得になると改修費用では済まないでしょう」
だが勝士のお陰で、飛行機は落ちず、機体の再取得に必要な予算を使わずに済んでいるのではないか、という思いもあった。
「そうだが、落ちる機体が少ないから余計に費用が掛かっている。落ちないからその機体の燃料や整備費用が浮くことがないからな」
「? どうして?」
「ウチ、航空隊は燃料と整備の費用を出す事になっているが、航空機の配備は航空本部が決める、機体の予算は本部から出てくる」
航空本部とは海軍航空を全て統括する上部組織であり、航空機の開発方針を決め新技術および新型機開発を命じ、出来た機体をメーカーに発注。納入された機体を、指揮下の航空隊へ配備する海軍省直轄の組織。
つまり築浜航空隊の親分だ。
中海鎮守府所属の築浜航空隊だが、航空機の開発や配備、運用については航空本部の指示を受ける。
新型機の採用を決めるのも航空本部であり、築浜航空隊は本部の指示を受けて開発された機体を試験飛行する。
要求された数値を満たしているか、飛行性能に問題がないか、整備に問題は無いか確かめ、飛行データを纏め、航空本部に報告するだけだ。
「ウチは配備された航空機を扱うだけだから、飛行機が落ちても懐は痛まない。航空機を発注するのは航空本部で、予算を出すのも本部だからな。飛行機が落ちなくなって本部は喜んでいる。だが、航空隊としては、勿論落ちずに済んで良いが、保有機が減らず、飛ばすための費用を捻出する必要があって予算に余裕がない。余りようがないんだ。葬式代は浮いているが、手を付けるわけにはいかない」
「なんだよそれ」
勝士はおかしな理屈に抗議の声を上げる。
だが海軍とはいえ、お役所である。
どこの部署でどの支出を出すか決めないと混乱する。中には、予算を私物化する連中もいるだろうから金の扱いは厳格にする必要がある。
しかし、自分が落ちないように工夫を重ねたり、苦労<死に戻り>の苦痛を受けているのに、どうして所属する航空隊から文句を言われなければならないのだ。
勝士は自分の努力が徒労ではないかという、大いに苛まれた。
「浮いた葬式代分ぐらいは、実験に出してくれよ」
「出来るかよ」
それでも勝士は実験出来るよう主計科に頼み込んだが、当然首を縦に振ってくれない。
「どうした?」
勝士が主計科で頼み込んでいると、四十代の男性が話しかけてきた。
「鷹野本部長!」
その人物が誰か、航空本部長だと気がつくと、慌てて勝士も主計課員も右肘を伸ばし、四五度の敬礼した。
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