水雷実験部
敷島皇国海軍で最初に作られた中海鎮守府に属する中海海軍工廠は皇国海軍最大規模の海軍工廠であり最古の工廠である。
工廠として兵器の製造及び艦船の建造が主任務だが開設当初は海外からの技術導入とその技術の調査、採用のための改良を行っていた。
以上の経緯から研究機関としての側面も持っている。
皇国の自立、独自技術の開発という方針が海軍内で創設当初から立てられた事もあり、技術開発を担う研究機関としての役割もあったため、今でも研究開発を行っている。
そのため中海海軍工廠内には魚雷、機雷、爆雷を製造する水雷部の他に水雷兵器の研究開発を行う水雷実験部が設けられている。
水雷実験部の技術開発力は強く、諸外国の支援を受けず純国産の独自の魚雷を開発、生産、配備した実績がある。
また諸外国が爆発事故多発で実用化を断念した酸素魚雷の開発に成功したという噂も流れてくるくらい、世界にもひけをとらない、最先端を行く実力を持っている。
勝士は水雷実験部を訪れた。
「失礼します。海軍少尉三木勝士であります。岸本教官、いえ岸本少佐はおられますか?」
勝士を案内した下士官は、研究室の一つに案内した。
中は多種多様な魚雷の設計図と図表がびっしりと描き込まれた紙が散在、山積みになっており、実験部の忙しさを具現化していた。
その中で上着を脱いでシャツ姿で書類と格闘している壮年の士官がいた。
「おう、三木か。無事に任官できたそうだな」
三木勝士少尉が訪ねたのは岸本鹿子治少佐だった。
かつて兵学校水雷教官だったが転属して今は水雷実験部にいた。
水雷志望していた三木に親身に水雷科の話をしてくれた恩師だ。
勝士の卒業前に兵学校から転属されてしまったが、別れの宴席で岸本少佐は転属先は開発を行う水雷実験部であり酸素魚雷を開発すると息巻いていた。
兵学校を離れても三木のことを気に掛けてくれていたようで、練習艦の爆発事故の時は三木の事を思い、わざわざ見舞いに来てくれた。
怪我が治り、こうして三木が任官して活躍していることを岸本は喜んいた。
「教官のおかげです。それで頼みが」
「だろうな。隣なのに、ここに中々来てくれんからな」
「済みません」
三木は岸本に謝った。
水雷を希望しておきながら事故と成り行きとはいえ航空へ移籍してしまったため会いにくかった。
パイロットとなるために訓練に打ち込んでいると理由づけていたが、義理を果たせず顔合わせできないための言い訳でしかない。
こうして再び会うことが出来て三木の心は少し晴れた。
「で? 何があった」
岸本少佐が尋ねると三木は、雷撃実験の時、起こったことと自分の所見を伝えた。
「ふむ、それは三木生徒、いや三木少尉の言うとおりだろう」
兵学校教官時代のような言い方だったが懐かしいので思わず三木は顔がほころんだ。
「よく魚雷の動きを見ていたな」
「ありがとうございます」
しかも褒めて貰った。
このところ成功して当然という幼馴染みが全然褒めてくれない上、何度も死んでいるのにつらく当たってくるので涙がでそうなる勝士だ。
「で、何か解決策を持っているのだろう」
課題を与えると、何かしら改善策、成否はともかく持ってくる三木の性格を岸本は好ましく思っており、今日もアイディアを持っていると思って尋ねた。
「はい、魚雷の後ろの安定翼のある保護カバーを付けようと思っています」
勝士はアイディアを書いた紙を渡した。
脆い魚雷のスクリューを覆うと共に、左右から翼を出して、魚雷が回転するのを防ぐ。
海面に正しい姿勢で着水すれば、魚雷はまともに働いてくれる、と考えての事だ。
「よし、これなら大丈夫だ」
「では、作っていただけますか」
さすがに航空隊で魚雷を弄るのは難しいので水雷実験部に頼み込みたかった。好感触に勝士は手応えを感じる。
「無論だ、と言いたいところだが」
「どうしました?」
「予算がない。今、実験部では重大な開発が進んでいるのでな」
嬉しそうに真顔で岸本少佐は言った。
恐らく自身が提案した酸素魚雷の生産準備で忙しいのだろう。量産型の製作や耐久実験、実戦部隊での取り扱い説明などでやる事が山積み。
そして多くの予算がかかっているのだろう。
同じ海軍とはいえ、よその部隊のアイディアを試せる程、余裕はなさそうだ。
「材料と加工、模型を使っての予備実験、実物の動作実験はこちらで出来るが、予算はそちらで出せるか?」
「一寸難しいですね」
岸本少佐のメモ書きに書かれた数字、実験の見積もり金額を見て勝士は渋い顔をした。
滋野飛行機は赤字経営だし、実験飛行隊から出して貰うしかないが一少尉の言葉に予算を出してくれるだろうか。
いや、迷っていられない。
何とか通せるよう掛け合おうと勝士は決めた。
「一寸、隊に聞いてきます」
「おうっ」
勝士は水雷実験部を後にすると築浜航空隊の本部庁舎にある主計科に向かった。
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