魚雷投下で起きたこと
水切り遊び、というものを知っているだろうか?
平らな石を池や川などに向かって水平に飛ばすと、水面に弾かれ上昇、再び降下するが勢いが残っていれば再び跳ね上がる。
飛んでいく勢いが残っている限り石が跳ね続ける遊びだ。
水面に対してほぼ水平で反発する勢いがあれば、どんな物でも跳ね飛ばしてしまう。
それは、魚雷と海面であっても同じだ。
高速で飛行する飛行機から落とされた魚雷も同じ。
あまりの高速でほぼ水平に落とされた八〇〇キロの魚雷も水面に弾かれ、上空へ、投下した雷撃機に向かって行き、雷撃機に接触した。
左の翼の付け根に接触し、バランスを崩す一宮五試雷撃機。
だが赤井の腕によって一瞬崩れるがすぐに立て直す。
しかし、機体へのダメージは大きく翼の揺れが大きい。
やがて下翼がもげて機体は揚力を失い、機体は海面へ不時着した。
「墜落! 溺者救助!」
緊急を知らせるベルが築浜飛行場に鳴り響き、短艇置き場からカッターが発進し、墜落した機体へ向かって行く。
勝士も久方ぶりに聞くベルに一瞬動揺するが、すぐに短艇に乗り込み墜落現場向かう。
「赤井さん!」
赤井が収容された短艇に近づけ、話しかける。
「……おう……ひよっこか」
不敵な笑みを浮かべ憎まれ口を叩くが、強がりだと言うことは分かった。
墜落の衝撃に全身を叩かれ激痛が身体に走っているのだろう。
「……何が起きた……俺の飛行は……完璧だった……はず……」
言葉尻が尻つぼみになる。
何が起きたのか、理解できず、自分のせいで墜落したのではと思っているようだ。
「魚雷が海面で跳ね上がったんです。跳ね上がった魚雷が赤井さんの機体に直撃したんです」
「……そうか……おれの腕の……せいではなかったか……」
安堵すると赤井は気絶した。
そのままカッターは陸に戻り、赤井をトラックに収容すると海軍病院に向かって走り出した。
そのトラックを見送ると、墜落した機体が回収され引き上げられた場所へ向かった。
「酷いわね」
「八〇〇キロの魚雷が直撃したんだ。三トン程度の機体なんてひとたまりも無いよ」
幸いにして力のベクトルが殆ど水平だったのと、滋野の機体より強度があったため、機体がバラバラにならず赤井は生き残ることが出来た。
機体に助けられたといえ、確かに一宮の雷撃機はその点で優秀だった。
「三木少尉! 魚雷の収容終わりました」
「おう、ご苦労さん。遅かったな」
「予定と違う場所に浮いてしまって発見に時間がかかりました」
下士官の言葉に三木は疑問を浮かべながらも収容された魚雷を確認する。
見ると異様だった。
「ペラが曲がっていやがる」
魚雷は後方にあるプロペラ――スクリューを回して進む。
だが、スクリューの翼が曲がっていた。
これでは魚雷は直進できず、おかしな場所に浮いてしまう。
他にも安定翼が壊れていて、まともに動きそうになかった。
「航空魚雷でも高速での海面突入に耐えられなかったのか」
洋上艦からの魚雷発射でも、波の状況によってはプロペラなどを損傷し、直進しないことなどよくある。
水雷志望であった三木は知っている。
洋上を三〇ノット――時速五四キロで疾走する水上艦からでさえそうなのだから時速二〇〇キロ以上の航空機から投下したら一六倍以上のエネルギーを叩き付けられるため、魚雷に影響がないわけではない。
そして三木は他の問題点にも気が付いた。
「あれ? 損傷した場所も変だぞ。なんで上部が壊れている」
魚雷は円筒状の形状をしているが上下はある。
内部の機械、燃料の位置が正常でないとエンジンを始動させる事が出来ないからだ。
素人目には僅かな差異だが三木は、上下を見抜き魚雷が損傷したのが上部である事に気が付いた。
「どうして上が、損傷する。海面に接触するなら下のに。……まさか、投下中に魚雷が回転していたのか」
投下中の魚雷が不安定で跳ね返ったり、変に回転して海面に突入できず、損傷してしまっているようだ。
「これは魚雷の方に問題があるのか」
勝士は思わぬ盲点に頭を抱えた。
元水雷志望なのだからすぐに気が付くべきだった。
テストパイロットとして自分の乗る飛行機ばかりに気が向いてしまったため、魚雷まで注意が向いていなかった。
「こりゃ、魚雷を改良しないと滋野の機体も同じ事になるぞ」
既に何度も経験済みの三木は実感を込めて重々しく言う。
「本当? どうしよう。魚雷なんて手を出せないよ」
露子は勝士の言葉に頭を抱えた。
滋野飛行機は航空機は作るが、魚雷は海軍からの提供品だ。
築浜航空隊に機体を持ち込み飛行実験を行うのも海軍の試験を受けるだけでなく、海軍が保有する魚雷を借りるためだ。
民間会社に兵器である魚雷が提供される訳はなく、まして勝手な改造など出来ない。
「安心して、これは海軍の問題だ。海軍が何とかするよ」
海軍の提供した魚雷に問題があったのだから海軍が何とかするべきだ。
自分も使用する武器が自分を傷つけるなどあってはならない。
改良しなければ高速雷撃など不可能だ。
「本当に!」
勝士の言葉に露子は期待を目に輝かせて見つめ嬉しそうな声を上げた。
「……できる限りの事はするよ」
露子には喜ばれているが、勝士は一テストパイロットに過ぎない。
魚雷に口出しできる様な立場ではないが、できる限りの事はしようとした。
なので勝士は中海海軍工廠水雷実験部へ向かった。
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