五試雷撃機

「また失敗か」


 捕らえられている、いや、下宿となっている滋野家の別荘の一室で三木勝士皇国海軍少尉は目覚めた。

 ハッキリと演習用魚雷の赤い弾頭が足下から出てきた瞬間が、自分の脚が押し潰された感覚を今でも覚えている。

 しかし、そのことを他人に伝えても信じて貰えないだろう。

 今日これから起こることだからだ。


「勝士様、お時間です」


 勝士の監視役、滋野家のメイドである三田毬恵が部隊へ向かう時間を告げた。


「分かりました。準備します」


 勝士は気弱に返事をすると毬恵が用意した朝食を食べ、毬恵の手伝いを受けながら白の第二種軍装に身を包み、所属する築浜航空隊へ向かった。

 滋野の五試雷撃機のテスト飛行、初回魚雷投下試験をするために。




 敷島皇国海軍築浜航空隊は敷島皇国海軍の五つある鎮守府の内、帝都に近く最大規模を誇る中海鎮守府に所属する航空隊だ。

 開国後、創設された皇国海軍で最初に設立された鎮守府のため、新技術の導入、開発、教育に積極的な最先端の鎮守府である。

 航空機が登場すると新技術導入に積極的な中海鎮守府中海海軍工廠が真っ先に導入開発を決め、海外から機材を輸入後、組み立て、実験、初飛行を行ったのは当然だった。

 以後、中海工廠内で海軍用航空機の開発が進められていた。

 だが航空機の開発が進むにつれ既存の設備では手狭、特に陸上機の滑走路確保が問題になった。

 だが、中海鎮守府は皇国海軍最大の鎮守府であり保有艦艇も人員も多く、敷地は彼工廠や艦艇整備および補給のための設備で埋め尽くされていた。

 そして港として最適な地形、周囲を山に囲まれ、深い湾内のため平地が少なく、その少ない平地も、鎮守府や工廠の主要施設と市街地、将兵家族の住宅地に使われている。

 そのため、飛行場は少し離れた場所、遠浅のため泊地として不適切な海域を造成して作られた埋め立て地を築浜と名付け建設。

 完成した飛行場を拠点とする築浜航空隊を編制し、海軍機の開発研究を始めた。

 広大な敷地に作られた新たな飛行場で彼らは試行錯誤を繰り返し、実用機が出来て戦力化されると実戦部隊も編成された。

 同時に飛行要員および整備要員の教育も行うようになり、専門の部署、練習飛行隊と整備要員養成課程も設けられた。

 こうして築浜航空隊は機体開発、試験、教育、実戦を行う敷島皇国海軍航空隊の総本山となった。

 三木勝士は兵学校卒業直前、練習艦の爆発事故に巻き込まれ後の期に編入されていたあと、築浜航空隊練習飛行隊で教育訓練を受け、操縦資格を得た。

 しかし練習生時代から機体への深い観察眼、特に機体の欠陥を度々指摘し事故や欠陥を引こう前に見抜くことが多かった。

 その才能を買われ新型機を開発する実験飛行隊に新人ながら引き抜かれ、新型機の開発に従事。

 期待通り、新型機の欠陥を指摘し事故を防ぎ戦力化への時間短縮に貢献していた。

 事故により一期あとに編入されていたが、海軍航空隊の戦力向上に大きく寄与したため、特別に昇進させようという話しも持ち上がっていた。

 だが、海軍航空隊期待の新星である三木勝士は気が重かった。

 この日も彼の奴隷主、いや、下宿先の女主人が気を遣って、逃走防止に用意した車に乗せて築浜飛行場にある格納庫に送られた。


「ようやく来たわね」


 勝士が降りると格納庫にいた声の主、つなぎ姿の明るい髪色のサイドツインテール女子が腕組みをして出迎えた。

 眉は細いが力強く外に向かって跳ね上がり、大きな瞳は切れ長で強い意志の光を宿している。

 少々小柄だが、活発で、気が強いが何処か品のある雰囲気だ。

 ドレスを着ていれば何処かの令嬢と言われてもおかしくはない。

 実際、彼女、滋野ジャクリーヌ露子は代行とはいえ爵位を持つ女男爵だ。


「逃げずにやって来たのは褒めてあげるわ」

「ありがとう」


 勝士は仕方なく答えた。

 昔からの幼馴染みでこんな性格である事は百も承知だし、変わらないことは何百回と身を以て経験していた。


「そんな、あなたには私が設計したこの新型機のテスト飛行をさせてあげる」


 彼女は、自ら設計し自社で製造させたB4S 滋野五試雷撃機を指し示した。

 複葉に固定脚。鋼管骨組みに布張りの機体ながら先日正式採用された五式急降下爆撃機より一回り大きな機体で三人乗れる座席がある。

 大型で重量が増しながら開発されたばかりの滋野<灯>空冷九気筒エンジンを搭載し最大時速二七七キロで飛ぶことが出来る上、八〇〇キロの爆弾もしくは魚雷を搭載可能だ。


「どう? 凄いでしょう」


 自信満々に露子は言う。

 だが勝士は訝しげに聞いた。


「こんな機体で大丈夫か?」

「大丈夫よ! 私が設計した機体なんだから問題ないわ」

「絶対落ちるフリだろそれ!」


 既に何度も落ちている勝士は突っ込む。


「あたしの機体が信用できないの」

「何度も落ちていたらな」

「まだ一回も落ちていないでしょう。相変わらず変な事を言うわね」

「それは……」


 勝士は反論しようとして黙り込んだ。

 確かにこれまで墜落した機体はない。

 だが勝士は何度も落ちて死んでいる。

 こうして生きているのは勝士の特殊能力、死んでもその日、目覚めたときに戻る<死に戻り>によるものだ。

 兵学校卒業時の練習艦砲塔爆発事故で勝士は死んでいる。

 だが、爆発して死んだ瞬間、死ぬ日の朝、目覚めた時間に起きているのだ。

 はじめは現実感のある悪夢かと思ったが、何度も繰り返す内に能力に気が付き、死ぬことを回避した。

 練習飛行隊で飛行機の故障に会わなかったのも、欠陥や故障を指摘できたのも、<死に戻り>によって、墜落死したあと、朝に戻って故障や欠点を指摘したからだ。

 だが、<死に戻り>をするのは勝士のみで周りは知らない。

 既に何度も投下した魚雷が自機に突き刺さる事故を経験しいる勝士だが、それは勝士の経験、体験あるいは時間軸の中の話であり、露子達は知らない。

 そのため勝士のいっている事は荒唐無稽な話に聞こえてしまっている。



「なあ、せめて魚雷投下時の高度を上げたり、速度を下げられないか?」


 勝士は説得を諦めて、実験内容を変更するように露子に依頼する。

 だが露子は渋い顔をした。


「無理よ。これは海軍側の要求なんだから私には変更は無理よ。要求元が海軍なのは知っているでしょう」


 露子の言葉に勝士は黙り込むしかなかった。

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