航空雷撃の利点と欠点
艦船への最も有効な攻撃は水線下への攻撃による浸水増大、その結果による沈没である。
水雷が登場する前の時代、帆船戦闘の時代では砲撃戦だけで沈没した艦船は非常に少ない。
砲弾が鉄球にすぎず、弾を撃ち込むだけでは被害が小さかったのも理由だが、砲撃だけで沈没に至る船は少ない。
砲弾に炸薬が詰め込まれ爆発するようになり砲撃による攻撃力が増しても同じで、船の上部構造を破壊できても沈没に至る船の数は少なかった。
だが、技術の発展により水雷、機雷や魚雷の発明で水線下への攻撃が可能になると撃沈される艦船の数は多くなる。
特に自走できる魚雷の発明は転換点となった。
戦艦の装甲を打ち破る巨砲は大型艦でないと搭載出来ない。各国がこぞって大型戦艦――現在では最大四万トンクラスを建造したのも相手より強力な大砲を積み込むためだ。
だが魚雷は、小型の三〇〇トン程度の水雷艇でさえ搭載、使用が可能な上、砲弾の十倍以上の爆薬を搭載可能だ。
のちの四六サンチ砲が砲弾重量一.四トン、炸薬量三四キロ。
対して敷島皇国海軍最強魚雷の六一センチ三式魚雷は、重量二.三トン炸薬量九五〇キロ。
戦艦でさえ一撃で撃破出来る魚雷とされていた。
小型の四五センチ航空魚雷でも重量八〇〇キロ、炸薬量一五〇キロ――後に二四〇キロと絶大な威力を誇る。
そして、水線下へ確実に大穴を開け、艦船を沈没させる事が可能だ。
しかも、魚雷を搭載出来る一〇〇トン以下の小型艦、極論すれば魚雷を甲板に置き海面に落とす事が出来るだけの船でも大型艦を沈没させることが出来る。
巨砲が積み込むだけでなく、その反動を吸収するための大きさを必要とする。
それに比べ、魚雷は海に落とせれば良いだけ――極論すれば魚雷を撃つだけなら、魚雷を載せられるイカダで良いので、非常に導入しやすい。
航空機への導入も同じだ。
巨大な大砲を積み込むには非力すぎるし反動に耐えられない。
三〇ミリクラスの大口径砲さえ無理に積み込んで撃ったら機体がバラバラになってしまう。
そもそも四一サンチ砲でさえ砲身重量が一〇〇トン近い。そんな重量物を搭載出来る航空機など、現在はそんざいしない。
非力な航空機だが、魚雷を投下できるようになれば戦艦さえ撃沈できる――海軍の戦力として敵艦撃破の大役を果たし大活躍出来るようになる。
そのため航空機への魚雷搭載および攻撃方法の確立は各国海軍の至上命題であり、敷島皇国海軍も遅れをとるわけにはかなかった。
「敵艦へ超低空での高速接近、投下は必要なんでしょう」
「そうだけど」
勝士は航空士官として、海軍士官として、水面ギリギリの超低空での高速進入が必要なのを理解していた。
航空機からの魚雷攻撃は航空機黎明期から行われており、早速旧式の三六センチ魚雷を使って実験が始まった。
だが失敗した。
艦船からの投下を想定した魚雷は、ほんの数メートル落下させるだけだったが、航空機は海面との接触、墜落を避けるため数十メートルが最低高度としていた。
そんな高さから魚雷を落とすことを想定していなかったため、最初の実験で魚雷の強度が足りずバラバラになった。
それでも水上機からの運用、フロートが付いているため、海面に接触してもある程度は問題なし――そもそも初期の航空機の性能が低すぎて四〇〇キロ程度の魚雷を吊すだけでも難しく、飛び上がれる高度が数メートルの上、機速も一〇〇キロ以下だったため、魚雷投下に問題がなかった。
このような事情もあり航空機も一応対艦攻撃能力を持っていた。
そして艦船用魚雷の大型化、五三サンチ魚雷採用に伴い四五サンチ魚雷の製造施設が余ったことにより、四五サンチ魚雷を航空魚雷に転用することを決定。
航空機の性能もアップし八〇〇キロの四五サンチ航空魚雷を吊り下げて数十メートルの高さまで飛ぶことが出来るようになった。
魚雷も構造を強化して数十メートルの落下に耐えられるようにした。耐久証明のため高さ六〇メートルの落下試験塔を作り、何度も試作品の魚雷を落とし強度テストまで行いバラバラにならない事を確認し四五サンチ航空魚雷は採用された。
こうして敷島皇国海軍は、航空機による対艦攻撃能力を得た。
だが、兵器開発は盾と矛、攻撃と防御の競争である。
航空機の脅威が増すと、艦船側も対策を取り始めていた。
対空砲、大砲を垂直に近い角度に上げられる高射砲や二〇〇〇メートル近い射程を持つ大口径機関砲を装備している。
雨あられと対空砲が降り注ぐ中、魚雷を命中させるには対空砲より低い海面数メートルを飛ぶことを考えた。
艦艇の武器は波をかぶらないよう、海面より十メートル前後の高い場所に置くことが多い。
特に対空砲は射界――マストや煙突などの射撃の邪魔になる構造物がない上の方に置くことが多い。
対空砲の事情を考えると海面上数メートルの位置を飛ぶことはある意味、安全だった。
そして対空砲の有効射程を高速で突っ切る、被弾する確率の高い時間を可能な限り短くするため高速で飛ぶことを考えていた。
のちの第五世代戦闘機がステルス性のためにスーパークルーズ――超音速巡航、アフターバーナーを使わず超音速で飛行できるようにしたのも、レーダーの探知範囲を高速で突破し防御側がレーダー探知できる時間、機会を出来るだけ短くしようとしたのと同じだった。
以上の理由から、高速で超低空を飛び魚雷を投下するというのは、一件狂気じみているが理に適った攻撃方法だった。
「だが断る」
しかし勝士は断った。
投下した魚雷が、自分の機体に何故か戻ってくる上、墜落させる。
そんな現象を繰り返しおこす機体など絶対にゴメンだった。
「お願いいいっっっ! テストパイロットやってええっ!」
だが、勝士が断ると露子は泣きついてきた。
「会社がピンチなのっっ!」
「五式急降下爆撃機の採用で一息できただろう」
先日、勝士がテストパイロットを務め数回の<死に戻り>の末、一回の改修で審査に合格した急降下爆撃機は海軍から大量受注を受けていた。
「ウチの工場だけじゃ対応できないから一宮にも生産して貰わないといけないの。それで頭下げたら嫌みを言われたのよ。小さい滋野に海軍の受注を満たす生産は無理だって。いつか対応出来なくなって開発余力も無くなるだろうって。だから今度の五試雷撃機もウチの物にして生産数増加と工場拡張出来るだけの受注を得たいの! 一宮を見返したいの!」
新興の滋野飛行機と、老舗一宮財閥の航空部門一宮航空機は航空機が生まれる前から軍艦建造や軍需物資の納入で皇国海軍に太いパイプがあった。
爪楊枝から戦艦までありとあらゆる製品と商品を扱う大財閥であるため、他部門からの支援を受けられる一宮は航空黎明期から参入し大量生産――と言っても年間数十機だが航空産業の規模が小さい当時としては多くの航空機生産を請け負っていた。
一方、滋野飛行機は先代の滋野清武男爵の貴族界での人脈と、海外留学と大戦時代に作り上げた海外航空業界との強いパイプを元に最新技術をいち早く手に入れ、新興故の規模の小ささにより機動力を生かして新機軸の最新鋭機を送り出している。
だが規模の小ささが災いして、正式採用を勝ち取っても生産が追いつかず、一宮にライセンス生産、委託生産を依頼していた。
一宮に負けまいと大量受注、それも数年にわたる長期契約による生産および経営規模の拡大、安定した経営環境の確立を露子は狙っていた。
五式急降下爆撃機に続き、五試雷撃機も受注できれば、どちらかが生産中止になっても、もう一方の生産で会社の収入源になる。
経営上でも決して逃すことは出来なかった。
飛行機以外の部門がある一宮なら航空部門が赤字でも大丈夫だろうが、飛行機しかない滋野飛行機には海軍との契約は死活問題だ。
「だが、断る」
しかし、<死に戻り>出来るとはいっても何度も死んでいるので、勝士は嫌だった。
事故とはいえ既に卒業時に大けがしており、今の評価はともかく経歴上は同期から遅れている。
下手に大けがして再び入院などまっぴらごめんだった。
「おやおや、テストパイロットが嫌がっているようだな」
嫌がる勝士に露子が懇願しているところに、飛行服を着た別の人物が声をかけてきた。
「まぐれだけの新人がテストパイロットなどお笑いだ」
「あ、赤井さん」
「久しぶりだな三木、いや、ひよっこ」
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