第二話 五試雷撃機

第二話 プロローグ

 不意に勝士は腹を飛行服の上から左手で摩った。

 操縦桿を握る右手に比べてエンジンスロットル調整に使う左手は比較的、離しやすい。

 乗っているB4S 滋野 五試雷撃機は安定性に優れた機体であり、手を離していても真っ直ぐ飛んでくれる。

 それでも飛行中に離すのは良いものではない。

 特に八〇〇キロの重量物、魚雷を吊り下げているとなれば尚更だ。

 炸薬の代わりに演習用の赤い模擬弾頭が付けられているが、重いのでバランスを気にしないとすぐに墜落してしまう。

 しかし前回、前々回の事を考えると無意識に手が腹に向いてしまう。

 こんな状態では実験の予定海域に着いても、気もそぞろで実験どころではない。

 だが実験は行わなくては、ならない。

 地上から幼馴染みが発光信号で早く始めろと迫ってくる。

 最初の魚雷投下実験だけに力の入れ込みが凄い。

 航空隊の他の要員や仲間も注目しており勝士の機体を見上げている。

 ここで、中止など出来ない。


「いくか……」


 仕方なく、勝士は左手を元に戻し、右手の操縦桿を握り直すと左旋回しながら降下を始めた。

 飛び立った築浜飛行場に隣接する築浜湾に浮かぶ目標のブイを見つけ、更に低空へ機体を向かわせる。

 高度一〇〇から五〇、五〇から三〇と更に下げる。

 スロットを押し機速も更に上げて海面すれすれを高速で飛ぶ。

 目標が見えた。

 高度を更に下げる。

 既に高度計は最小目盛りを過ぎており正確に指し示すことはない。

 エンジンカウリングと水平線の見える位置で高度が適正かどうか確認するのが唯一の手段だ。

 何度も海に脚を接触させ、時に海に突っ込んで機体が海面五メートルの適正な位置、高度を飛べる箇所を見つけたのだ。

 今では数センチ単位で正確に高度を保って飛ぶことが出来る。

 鼻孔を潮の香りが刺激する。

 流石に低空過ぎて潮風が操縦席へ流れ込んだ。

 海軍軍人とはいえ、空を飛ぶ事が多く、潮気が抜けてしまったのではと昨日まで勝士は思っており、強い潮の香りは自分が海軍士官であることを出させてくれる。

 しかし、そんな感慨は既にない。

 ひたすら目の前の目標を探す。


「見えた」


 勝士は目標のブイを見つけ、左手のスロットルを離し、投下装置の安全装置を解除する。

 照準器で狙いを定め、勝士は魚雷投下レバーを引いた。

 胴体下部から魚雷が離れ、一瞬機体が浮き上がる。

 高度を増しても良いのだが実戦を想定して、敵艦の対空砲火を浴びないよう高度を下げたままにする。

 だが機体を安定させた瞬間、勝士の足の間から投下したばかりの模擬魚雷が機体を突き破り顔を見せた。


「今度はここかよ……」


 赤く塗られた弾頭を見て、足を潰されながらも異常な事態に勝士は呆れる。

 前は胴体を擦り、次は翼に刺さったが、まさか胴体を突き破るとは思わなかった。

 勝士は呆れて見ているだけだ。

 足下のラダー、方向舵の操作機器を粉砕し操縦桿とエンジンスロットルも破壊された。

 操縦不能になり、周囲が暗転いや青転するのを勝士は見ているしかなかった。

 突如現れた八〇〇キロの重量物に機体のバランスは崩れ、転がるように機首を下に向けて海面に突っ込み、勝士の視界は海の青一色に染まった。

 すぐさま築浜飛行場のカッターが出され、収容に向かったが海面で激しく回転しバラバラになった機体から勝士が回収される事は無かった。

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