<死に戻り>

 三木勝士が自分の特殊能力<死に戻り>に気がついたのは海軍兵学校卒業直前の事故がきっかけだった。

 卒業前の近海練習航海で候補生として乗艦していた練習艦が正午丁度に突如第三砲塔が爆発事故を起こし勝士も巻き込まれて死んでしまった。

 だが、死んだと思った次の瞬間、勝士は事故当日の朝、爆発したはずの練習艦のハンモックの上で目覚めた。

 妙に現実感のある悪い夢かと思ってそのまま起床し、勝士はその日を過ごした。

 だが、午前中に夢の中と同じ事が、朝食のメニューは同じだったし、抜き打ちの総員配置も行われた。

 奇妙な合致を不気味に思いながらも勝士が過ごしていると、正午に第三砲塔が爆発事故を起こし、勝士は再び意識を失う。

 そして気がつくと当日の朝、練習艦のハンモックに戻っていた。


「死んで戻っている?」


 半信半疑に思いながらも、勝士は再び同じ時間を過ごした。

 そして、抜き打ちの総員配置をこなし、昼前の一寸した休憩の時間、勝士は爆発する第三砲塔から遠く離れた艦首へ行き、爆発事故を迎えた。

 爆風に突き飛ばされた勝士は海面に落下、だが、爆発した砲塔からは離れていたため一命を取り留めた。

 だが爆発の際、飛んできた破片が身体に食い込み重傷を負い、長期入院となり兵学校卒業は無理となった。

 しかも、海軍病院に入院中、勝士は敗血症を発症し死亡してしまう。

 その時も、<死に戻り>で死ぬ前の朝に戻り、医師に身体の不調を、敗血症の自覚症状、悪寒、倦怠感、鈍痛を訴え、広域抗菌薬の静脈投与が行われ、今度は一命を取り留めた。

 そして勝士は自分の能力が、死んでも当日の朝、目覚めたときに戻ることを知った。

 一命を取り留めると、怪我したままということも。

 結局、怪我と敗血症治療のために長期入院。

 兵学校を卒業出来ず、一期後に編入され一年遅れで卒業し海軍少尉に任官した。

 だが、一期遅れた分、水雷志望――魚雷を扱い最前線の駆逐艦に配属される事が多い職種に勝士の配置はなかった。

 大戦が終わり、平和を求める声が世界的に大きくなった時勢の流れで戦争阻止のため軍備制限を行う軍縮条約が締結された事もあり、皇国海軍も艦艇の保有数が減少。

 艦艇配置士官の必要数が少なくなったこともあって、勝士の居場所がなく、そのまま予備役編入――戦時に復帰命令が無い限り軍との関係はなくなる、事実上のクビとなるところだった。


「おい勝士! 航空隊に来てみないか」


 そんな事を言って勝士を救ってくれたのが、幼馴染みである露子の父親、滋野清武男爵だった。

 滋野清武はかつての戦争で昇進し男爵を与えられた武人の家の生まれだった。

 だが、幼年士官学校は校風とソリが合わず中退し、好きだった音楽を学ぶために海外へ留学。

 そのとき航空機に出会い、虜になりあらゆる航空技術を取得。

 先の大戦に参戦し皇国人で初のエースとなり帰国し皇国の航空業界発展の為、飛行機製造会社を作った。

 丁度、大戦後の平和推進活動に押されて締結された軍縮条約により艦艇の保有数を制限された海軍は、条約外の航空機に目を付けた。

 航空機で艦艇を攻撃し撃沈、撃沈出来なくても損傷を与え、艦隊決戦時に有利な状況を作り出そうと考え、航空戦力の育成に力を入れ始めていた。

 航空兵器行政を担う航空本部、機材の調達を行う海軍航空廠、そして実戦部隊と教育、開発を主任務とする築浜航空隊を設立し航空部隊育成中だった。

 海軍は滋野の会社とも契約し、調達を始めたが飛行機を評価出来るパイロット、それも有能な兵学校出身のパイロットが少なかった。

 そこで、怪我で配置のなかった勝士に清武は目を付けた。

 帝都にある清武の屋敷近くにある貧民街に住んでいた勝士は屋敷を抜け出す癖のあった露子と顔見知りだった。そのため幼い頃から優秀であることを清武知っており、勝士を高く評価していた。

 勝士の能力を生かすために中学へ入学する助力、家庭教師を付けと資金援助を行い、兵学校へ入学する機会を清武は与えた。

 貧乏人の小せがれで中学にも入れない勝士にとって、援助してくれた清武は恩人だった。

 自分の恩人に報いようと思っていた勝士は二つ返事で航空隊行きを承諾した。

 そして、勝士はパイロットとして類い希な才能を発揮した。

 開設されたばかりの海軍航空隊では納入される飛行機の技術も未熟で欠陥機が多かった。

 パイロットになる養成課程で使われる練習機にも欠陥機や、致命的な事故を起こす機体、飛行中にエンジンが停止したり、突如空中分解する機体があった。

 だが勝士は、<死に戻り>によって死亡事故が起こっても事故の当日朝に戻り、事故を起こす機体を避けたり交換したり、事故の時の異常を思い出して欠陥を指摘したりした。

 結果、勝士は無事故でパイロットの資格を取得。

 同時に航空隊の仲間や上層部の間では勝士が乗る機体は故障しない事故を起こさないと評判になった。

 その実績から機体開発、試験を行う築浜航空隊実験飛行隊が勝士に目を付け、新人としては異例の事ながらテストパイロットとして呼び寄せた。

 テストパイロットとなった勝士の才能は更に発揮される。

 新型機の欠点を一目で見抜き、改良させ必ず飛行を成功させる能力は築浜航空隊、ひいては皇国海軍航空隊の戦力向上に大いに役立った。

 だが実際は<死に戻り>の能力により、欠陥機の致命的エラー、墜落を経験し、朝に戻り、飛行を中止させ徹底して失敗原因を究明し改善、飛行を成功させたためだ。

 勝士は不幸なことにテストパイロット、何時墜落するか分からない飛行機に乗り込み何が起きたか情報を持ち帰るという仕事と<死に戻り>の能力の相性が非常に良すぎた。

 死んでも墜落直前までの記憶を持ったまま、その日の朝まで戻り、機体の問題点を指摘し改良させ、飛行を成功させる。ダメだった成功するまでそれを繰り返す。

 このサイクルが出来上がってしまった。

 勝士本人は何度も死んでいるが、周りは<死に戻り>を知らない上にループしていないので、勝士が一発で欠点を見つけ、飛行を成功させているように見えた。

 結果、勝士は天才テストパイロットとして生きていく、いや、何度も死ぬ羽目になっていた。

 <死に戻り>のことを勝士は誰にも言っていない。

 もしもバレたら、不死身として今以上に危うい航空機に乗せられかねない。

 特に、目の前にいる貴族でありマッドな航空技術者になりつつある幼馴染みにしられようものなら永久に実験台にされかねなかった。

 だが勝士の現状は、豪華な下宿生活と車の送り迎えがある以外はモルモットと大差なかった。

 そして、前回、前々回のように墜落必至あるいは必死な飛行試験に向かわねばならなかった。

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