村の掟

@hoshino-sora

村の掟


『猫目の人は注意しろ』

『さもなくば、不幸が訪れる』


これは、昔から言い伝えられてきたとされている村の掟。





「君! 大丈夫か!」

酷く雨が降る夜に、畦道に倒れる少女を男は見つけた。

男は倒れている少女を抱え、自宅へと向かった。

もしかすると、このときにはもうすでに魅入られていたのかもしれない。


火を焚べた囲炉裏のそばに少女を寝かせ、囲炉裏では鍋が煮えている。

少女は中学生くらいに見えた。

ガタイがよく不器用そうに見える男だが、意外なことに料理ができる。

高校生の頃料理を学んでいたらしい。

20歳になった今でもその腕は健在のようだ。

ある程度鍋が出来上がりそうなころ少女は起き上がった。

あたりを見回し、やがて男と目が合う。

ガタンッ、と音がして男が持っていたお玉が床へ叩きつけられた。

男は立つこともできずにただ目の前の少女から逃れようとしている。

その、少女の目は……

――猫の目だった。


『猫目の人には注意しろ』

村の掟が男の頭の中を反芻する。

猫目、初めて見た。

離れなくちゃ。

どうするべきだ。

……ここで殺すべきなのか?

男の考えは段々危険なものになっていった。


「たすけて、下さい」

囲炉裏の火の音が響く家にか細い声が響いた。

「わた…し何、もしない…です」

まだ体調が良くないのか途絶えながらも必死に助けを訴える少女に男は少し揺らがされていた。

心優しい男はあまり人を疑わないが故に簡単に騙されるのかもしれない。

このとき、もっと深く考えるべきだったのかもしれない。


少女は語った。

自分が人を信じられないこと。

自分が自分を信じられないこと。

自分が他人に依存しないと生きていけないこと。

自分が何も決められないこと。

自分の家に居場所がないこと。

自分のクラスで酷いいじめにあってること。


男は黙って、たまに相槌を打ちながら親身にそのすべてを信じこみ話を聞いた。

男も同じ考えを持っていたからよく理解することができたようだ。

だんだん男は少女に惹かれていた。

実に単純なやつだ。


少女をすっかり信じきってしまった男は少女に作っていた鍋を食べさせてやった。

「美味しい」

そう言って笑う少女は男にとって、きっと世界で一番美しく見えてたのだろう。


食事の中男は突然質問をした。

「君、名前は?」

「愛魅(あみ)」

「そっか、いい名前だ」

「お兄ちゃんの名前は?」

自分のことをお兄ちゃんなどと呼ぶ人はいなかったためか男は同様を隠しきれていない。

「お、お兄ちゃんって俺の名前は……」

そこまで言いかけ、愛魅が寝ていることに気づき。

「喋り疲れたよな、おやすみ」

そう言って男は愛魅の頭をなでた。



翌日、男は数少ない友人である朱里(あかり)と圭人(けいと)の夫婦に話しに行った。

「猫の目を持つ子を拾ったぁ?!」

「ケイくん声が大きい」

話を聞き驚きを隠せない圭人を朱里が止めている。

昔から仲のいい二人は夫婦になってさらに拍車が掛かっている。

「絶対良くないと思う」

朱里はハッキリと現実を叩きつけてきた。

「……それはよく分かってんだけどさ

知ってるだろ? 俺、疑うの好きじゃないんだ」

“心優しい”ってレベルを超えているが男はそういう人間なのだ。

しばらく話していると圭人が突然真剣な顔つきで話し始めた。

「猫目の子養う気ならひとつだけ。絶対その子に恋すんなよ、お前何回も変なやつに捕まってるからわかるとは思うが……」

男は何度も変な女に絡まれていたらしい。

包丁を向けてくるようなヤンデレや……いや、この話は別のお話だ。

とにかく男は女運が悪いようだ。


それから男と夫婦は数時間話して男は帰っていった。

「不安だな」

男が帰ったあと圭人が、弱音を口にした。

「もう私達が側にいてあげられないもの……」

朱里も心配しているみたいだ。


二人の心配など知らず男は家に帰る。

「……おかえり」

どこかきれいになった気がする部屋を背に少女は笑顔で男を出迎えた。

「掃除、してくれたのか? ありがとな」

そう言って男は少女の頭を撫でる。

「お兄ちゃん、お腹すいた」

お腹をさすりながら少しテンションがさがったらしくい声で空腹を訴えた。

「わかった、ご飯作ろうか」

すっかり愛魅のいいなりとなった男は上機嫌で料理をはじめた。


それからというもの男は愛魅への哀れみか、はたまた恋心か、愛魅を中心として生活が回っていた。

少女を拾い3ヶ月くらい経ったある夜。


「……お兄ちゃん」

少し元気のない愛魅の声が響く。

「ん? どうした、眠れないのか?」

すっかり心を許した様子の男はとなりに寝ている少女を見る。

「好き」

男は突然の告白に混乱した様子で。

「え、えっと、それは友達とか家族とかと同じように好きってことだろ?」

「お兄ちゃんの好きなように考えていいよ」

「家族的な意味だろ、それが正解だ」

そう言ってそっぽを向いた男の顔は赤くなっていた。


「素直になりなよ。私、お兄ちゃんの為なら何でもできるよ」

そう言って男の背中に抱きつく愛魅に男は。

「やめろ!」

そう言って愛魅を押し飛ばす。

「僕は……嫌いなんだ…そうゆうの……」

珍しくテンションの低い男はどこか昔に後悔があるように見えた。

「私、こう見えてもうなんでもできる年だよ?」

男は目を見張った。

それもそうだ、愛魅の見た目は誰が見ても中学生、もしかしたら高1くらいの見た目なのだから。

「私、21なんだ、失望した?」

「いや、年齢とか、容姿とかそんなのどうだっていいんだ」

男はすっかり愛魅の言うことを疑わない。

「じゃあ、何が嫌なの?」

愛魅が男の耳元で囁くように訊いた。

「僕は、人を信じるのが怖いんだ。

 特に恋愛系で人を信じられない。

 君が、ほんとに21歳だとしても僕を好きになるなんてことがかんがえられないんだ。」

始めて、だった。

男が自分の悩みを人に言うのなんて。

話す男の声は少し震えていた。

「大丈夫」

そう言いながら愛魅は男の頭を撫でた。

「大丈夫、これまで何があったのか私は知らないけど私のこと信じてよ。

私は貴方のこと絶対に裏切らないよ」

そう、優しい言葉を男に投げかける。

男の目からは涙が流れていた。

やがて、男は子どものように声を出して泣き出した。

男が泣き止むまでの間、愛魅は男を撫で続けた。


「ごめん、ありがと」

そう言って男は起き上がった。

それに釣られるように愛魅も起き上がる。

「僕さ、きっと上手くいかないと思う。

 君を傷つけることがたくさんあると思う。

 けどさ、僕の生きる目的になってほしい」

まだ赤い目をしっかり愛魅と合わせ男は自分の気持ちを言葉にした。

「いいよ」

告白の言葉のようなセリフに対し愛魅はノータイムで返事をした。

「私が、貴方をさいっこうに幸せにしてあげる」


それから男に笑顔が増えた。

秘密のなくなった愛魅も笑顔が増えた。

きっと誰が見ても彼らは幸せなカップルにでも見えるだろう。

時には喧嘩して、時には泣いて。

幸せな時間を過ごした。


〜告白から一ヶ月〜

「じゃあ、でかけてくるよ」

男は用事があるようで朝の早いうちから家を空けた。

男の用事は夜まで続き帰る頃にはすっかり夜もふけていた。

「ただいま、ごめんおそ……」

男声は止まった。

居るはずの者がいないから。

いつもなら、おかえりと出迎えてくれる恋人の姿がそこにはなく、暗い部屋だけが残っていた。

「愛魅?」

反応はない。

人攫いかとも疑ったが争った形跡なども見当たらなかった。

男は机の上に紙がおいてあることに気がついた。

男は恐る恐る紙を開く。


『馬鹿な貴方へ

 新しい結婚相手が見つかりました』

男は紙を破り捨てた。

「おい、愛魅! どうせ何かのドッキリだろ

 こうゆうドッキリは僕は嫌いだ。

 今すぐ出てこい」

男の声は低く家どころか辺りに響いたがやがて闇に消え、それに答える者もいなかった。


翌日、男は結局眠れず朝を迎えた。

ストレスからか酷く痛む頭と腹を抑え着替えを始める。

向かうのは村長の所だ。


「それは、化け猫じゃろうな」

一連の流れを話すとすぐに村長は結論付けた。

「村の掟に書かれとるじゃろうが、『猫目には関わるな』関わる方が悪い」

掟を破ったのだから当然と言えば当然なのだが、村長は男を突き放した。

「これに懲りたら簡単に人を信用せんことじゃ」

そう言い残し村長はその場を去っていった。


それから猫が捕まることもなく。

男が元気になることもなかった。

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