第2話 大学日本拳法とはなにか (その2)

  「大学日本拳法」とは、思慮分別のある大学生が「きちがい=狂人」になれる場であると、私は考えています。

  思慮分別の浅い、限度というものを知らない中学生が殴り合いなんかすれば、素手ということもあり、大怪我をする。しかし、長い時間一緒にいて、だらだら話しているよりも、1分間の殴り合いの方が、ずっとしっかりしたコミュニケーションがとれる、というのも事実なのです。


  何よりも「殴り合い」のいいところとは、自分自身を内省(内に鑑み)し・精神的に掘り起こし・真の自分を見つけるという自己開拓・自己発見できるということです。肉体的に鍛えられる、ということ以上に、自分の内側を見るようになる。

  なんとなれば、テニスや野球と違い、失敗すれば(殴られる・蹴られる・投げ飛ばされるといった)「痛い思い」をするので、頭と身体の動きの連携における真剣みが、桁違いに違うからです。

  テニスでも日本拳法でも同じ「1本取る・取られる」ですが、日本拳法の場合は、顔面を思いっきりぶん殴られる「1本」ですから、心と身体の連携が早まらざるを得ない。自分が打つと思った瞬間、即、拳が出るようにするしか、痛い思いをしないで済む道はないのです。


  俗に「狂ったように勉強する・狂ったように音楽を弾く」と言い、一心不乱に、あることに集中することに「狂」という言葉を(良い意味で)使いますが、大学日本拳法における3分間の殴り合いとは、まさに理性のある大学生として、三分間「狂」になることで「正」なる自分を見出す場となり得るのです。

  意識しないで、即、ぶん殴るという行為は「狂」です。しかし、それは、相手が憎いから殴るのではなく、心を空にして行う「凶行」なのですから、陰から陽に物事が変化するように、自然と「正」との境目が見えてくる。


  大学五年間、毎日のように「3分間の狂人」となることで、狂と正、本ものと偽もの、嘘と真実の境目がわかるようになった、とは言い過ぎかもしれませんが、私自身が「大学で日本拳法をやって何がよかったのか」と問われれば、自信を持ってそう答えられます。


  まあ、女の子に騙される、なんてのは未だにありますが、目の前にいる者が、本気で私を殺そうとしている(本物の人間)か、ただの脅し(偽物)なのか、なんていう判断(力)は、危ない南米の場所でも、平和なサラリーマン社会でも、ずいぶん役に立ってくれました。


  私の場合、日本拳法の技術とかいった面倒くさいことに全く無関心で、ただただ前へ出て殴りまくるという、中学生時代の素手のケンカと同じスタイルだったのですが、徹底的に頭で考えることを排除した、本能に徹した戦いというのが、逆に幸いしたと思っています。

  試合に負けたくない、勝ちたいというファイトは大切ですが、試合に負けると恥ずかしいとか、大学(の名前)やチームメートのために絶対に勝つ、その為に人に教えてもらうとか技術を学ぶなんてことは、微塵も考えたことがありませんでした。

  ファイトとはいっても、ただ目の前の、面をつけた何某氏を、ただぶん殴る。相打ち勝負ですから、自分も殴られることを百も承知の上で、がんがんぶん殴り続けるだけでした。


現在の大学日本拳法でいえば、立教の渡邊さんや青学の戸松さんのようなスタイル(後拳を2発・3発と打ち込み続ける)です。

 もちろん、彼女たちは現在2年生ですから、来年・再来年と、どんな進化をされるのか楽しみですが、私の場合は、1年から5年生まで、ずっとそのままでした。


  当然のことですが、頭の悪い私が現役時代、「日本拳法による内省」なんて考えていませんでした。

  ただ、強くなる技術だの・どうやって勝つかなんて考えるのが面倒くさいので、バカみたいに同じことをやっていただけなので、当然、公式戦で大負けしたり、昇段級で恥をかいたりしましたが、「勝つ喜び」よりも「負けた恥ずかしさ」の方が、その後の私の人生にとっては大いに役に立ったということです。

  陽だけでなく陰を知り、喜びと悲しみを両方体験できたので、幅のある見方というか、ストレスに強くなり、フォルト・リダンダンシー(失敗に対する冗長度)、フォルト・トレランス(失敗に対する耐性)が「大学日本拳法」以前に比べ、格段に増強したのだと思います。

続く

2022年7月27日

V.1.1

平栗雅人


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大学日本拳法やってる ? @MasatoHiraguri

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