ターミナルにて

三奈木真沙緒

陽佑、高校1年生。

 9月末のある日、樋口ひぐち則之のりゆきは東高の制服を着たまま、隙間を見つけて自転車をどうにか押し込み、施錠した。鍵をポケットに入れ、リュックを肩にかつぐ。数台離れたところに、北高の通学用自転車を示すステッカーが貼られた自転車が2台並んで停められているのを発見し、ゆっくりめの駆け足でガラス戸へ向かった。放課後、中途半端な時刻ではあったものの、ジェイバーガーの店内はごったがえし、無秩序な人声が飛び交っている。幸い、桑谷くわたに陽佑ようすけ連城れんじょう文也ふみやがすでに座席を確保してくれていた。連城が軽く手を挙げてくれたので、「よお」と応じて近づいた。陽佑の隣の椅子が荷物置き場になっていたので、樋口もそこにリュックを下ろして、レジへとって返す。


 この時期、高校1年生の3人が集まれただけでも奇跡的だ。北高はクラブ活動のない曜日である。陽佑は、7月から参加している「学祭実行委員会」が多忙期に入っているはずだったが、学実ガクジツ(学祭実行委員会の略称)と生徒会執行部の間でトラブルが発生し、今日の予定がすべて白紙となった。東高の樋口は、サッカー部が監督の都合で今日は休み、ということになっていたのである。ほかのメンバーは――北高の村松は先約があり、南高の須藤は放課後に補習があるので、欠席するということだった。西高の宮野に至っては、忙しいのか、メッセージが既読になっていないし、電話にも出ない。


 セットメニューを乗せたトレーを受け取り、ようやく席に戻って、連城の隣の椅子に座る。

「悪ぃ、待たせた」

「いや、たいして」

 とりあえず3人で、飲み物のカップを掲げて乾杯する。中学校からの付き合いが続いている仲間だ。進学先がばらばらになり、それぞれの都合や事情も細分化されてきて、そろって集まるのは難しくなってきていたけれど、それでも夏休みには一度集まることができた。8月はじめのことだったから、およそふた月ぶりか。


「ヒグっちゃん、どうなんだ、丸篠まるしのとは」

「いきなりかい」

 連城ににやにやと尋ねられ、エッグバーガーのひと口目を危うく飲みこんで、樋口は抗議したが、陽佑の顔色がすぐれないことに初めて気づいた。

「……クワ? どうした」

「いや…………」

 陽佑は力なく笑ったが、チキンバーガーをかじる様子がどうにも元気がない。

「こいつね――」

 連城が声を落として、樋口に説明してくれた。

北高ウチの女子に……クラスは違うんだけど、気になる女子がいてさ。でもその子、どうも最近、彼氏ができたことがわかって、それで……」

「あー……」

「いや、俺のことはいいよ。ヒグの話だろ。おかまいなく」

 寂しそうに陽佑は笑う。超話しづれぇ、と内心で樋口はげんなりした。


 樋口はここ最近、元気に青春を謳歌している。中学のときから好意を寄せていた女子の丸篠桃奈ももなと、同じ東高に通えることになり、相変わらず仲よくケンカする関係だったのだが、勇気をふるい起こし、夏休みに二度ほど、ふたりだけで遊びに誘い出すことに成功した。ちゃんと言葉で伝えたわけじゃないけど、でもこれって「つきあってる」と言っていいよな? などと樋口は思っていて、夏からこっち「るんるん気分」というわけなのだ。

 だが……さすがに空気は読む。

「えーと……レンはどーなんだよ、ソッチの話は」

「おれまだそーゆー気は起こんねーや。まだ高校のペースについて行くのが精一杯でさ」

 連城はひらひらと手を振って、チーズバーガーをがぶっとやる。それから話は、それぞれの高校生活やクラブのことに流れて行き、陽佑も少しずつ元気を取り戻して話に加わってきた。1時間ばかり盛り上がった後、今日はお開きとなった。ゲーセンでも行くか、という流れにならなかったのは、月末という懐事情が大きく影響している。


 じゃーな、と樋口が自転車で走り去ってしまった後、陽佑と連城も彼とは反対方角に向かった。近道するために入った道は狭く、両側に商店が並び、夕方の買い物客や下校する学生たちがひしめき合っているため、ふたりとも自転車に乗らずに押して歩く。


「……ヨウ」

 なんとなく無言の間があった後、連城は話しかけた。

「ん?」

「その……」

 連城の歩調が落ちた。

「お前は……もう、前、見てんだな。前に、進んでんだな」

「……………………」


 彼の言わんとすることを正確に察した陽佑は、理性と感情の両方で、どう答えるべきかを整理した。

「まだ……引きずってる?」

「……わかってんだけどな。おれも前向かなきゃ、って」

「……時間薬ってやつだと思うよ。俺はたまたま、早かっただけさ」

「…………そーかもな」

 連城は力のない笑みを浮かべた。


 陽佑と連城は中学時代、好きな女の子がカブってしまうという経験をしていた。だからといってお互いを敵視するわけでもなく、ただほのかな想いを共有していたのだが、無自覚なライバル心はいつの間にか育っていたらしく、結局連城が卒業を前にしてその女の子に告白し、見事にふられる、という結果に終わっていた。その子は今――ふたりとは違う高校に通っている。

 実は陽佑は、卒業と高校入学のはざまの時期に、偶然彼女と出会っていた。その日のことをある程度、陽佑は連城に報告している。連城くんによろしくね、と言われたので。

「告白、したのか?」

 そのとき連城に問われ、陽佑は首を振ったものだった。そんな流れにならなかったよ、と。

「もったいねーな。当たってみりゃよかったのに」

「……そうかな」

 陽佑はそこからやや強引に話題を転じて、無理に話を終わらせたのだった。

 自分が連城よりもずっと早く前に進めたのは、あの子と、きちんと終わらせることができたからだ――陽佑はそう思っている。

 嘘をついているわけではない。だましているわけでもない。……でも。

 ――ごめん、ブン。お前にはあの日のこと、洗いざらいは話せない……。


     ◯


「……というわけで、1日目、この時間のプログラムがボツってしまいました。ないならないで困るわけではないのですが、できれば何か企画で埋めたいと思っていまして。提案はないでしょうか」

 学実の委員長は3年生男子だ。ぶすっとした表情で、委員たちを見回した。

「今から……?」

 委員たちも戸惑った顔を見合わせる。

 昼休み、第1理科室でのことだった。学祭実行委員会は、極力クラブ活動に支障が出ないよう、昼休みに行われることが多い。無論、日程が迫ってくれば、そうも言っていられなくなるが。


 生徒会執行部との確執の結果、学祭のスケジュールに黄信号がともった。

 この時期になってプログラムの変更は痛い。体育館も講堂もスケジュールいっぱいで使用不可。各教室ではクラスやクラブごとの企画が行われている時間帯になるであろうから、会場も限られる。目ぼしい道具はほとんど先約でおさえられている。学実が所有している道具類も、すでにほとんど配置が決められている。それでもマイク数本と記録用のカメラはなんとかなりそうだが、それだけで何ができるというのだろうか。委員長としては、生徒会執行部に潰されたものに替わる企画を成功させて、鼻を明かしてやりたいと考えているのだろうが。


「1年生も、遠慮せずに、アイディアがあればどんどん出してください」

 ……そう言われても。末席で、陽佑を含む4人の1年生は、気まずそうに身じろぎした。学実は、基本的に希望者制である。1年生の割合はどうしても低くなる。全体の人数が不足ということになれば、必要な人数が強制的に供出を要求されることになるが、今年はどうやら「徴兵」はなかったようである。そのかわり1年生は4人しかいない。


 陽佑は打ち合わせのレジュメをがさがさとめくった。学祭は3日間開催される。先の2日が文化祭、3日目は体育祭だ。文化祭か……陽佑は中学当時のことを思い出した。あの中学校に文化祭はなかった。陽佑は生徒総会で提案の演説を行い、文化祭のステージ企画を発案して、実行に移したのだ。今から振り返れば穴だらけの企画だったけど……みんな楽しんでくれたみたいだし、そこから生まれた化学反応もあったようだし、なにより自分が、やりとげたことで満足したし、わずかながら自信も持てたものだ。大変だったけど楽しかったな。今回は、もうステージも教室企画もプログラムにあるし、マイク程度しか使えないとしたら……どうしたらいいだろう。マイクでできることって何だ? 歌? インタビュー? 会議? ……あ。


「トークバトル、なんてどうでしょう」

 思わず陽佑は挙手していた。

 座が静まり、視線が集まる。

「……詳しく説明を」

 多数派の先輩たちの中で、陽佑は軽く首をすくめつつ、立ち上がった。

「まあ、討論会です。生徒から参加者を募って。そのときにテーマも告知しておいて。たとえば、Aというテーマについて、賛成か反対かを、事前に確認しておくんです。それで当日に、賛成派と反対派に分かれて座ってもらって、議論してもらう」

 ほう、と小さな声が聞こえた。


「場所は?」

「中庭はどうでしょうか? 雨さえ降らなければ可能です。長机と椅子だけなんとか、いくつか確保して。あとカメラとレコーダーも1台。できれば動画撮影も。マイクは最低3本あればいけます。賛成派と反対派と進行用と。中庭を囲む窓のどこからでも見られるし、2階3階の窓から見下ろすこともできますから、ギャラリー用の椅子もいらないと思います」

「収拾つかなくなるぞ」

 先輩の誰かが疑義を呈した。

「そんなのに参加したがる論客が集まったら、言い合いになるし、下手すると悪口合戦になりかねない。結論までたどり着けるかね」

「ルールを決めておきましょう」

 大急ぎで陽佑は、頭の中でまとめていく。

「相手方の発言が終わるまで、もう片方の陣営は発言禁止。マイクのスイッチを遠隔にして、音声担当がこまめに、片方の陣営ずつスイッチを入れたり切ったりすれば、途中でさえぎるような発言を予防できるかもしれません。あと、人格攻撃は禁止。そこは進行役が厳しくジャッジしましょう。それと、制限時間を設けて、時間切れになったらそこで終了。もちろん結論が出ればそれにこしたことはないです」

「テーマは?」

 委員長がたずねてきた。陽佑は3秒間だけ思考した。

「ブラック校則はどうですか」

「ブラック校則……?」

 それならいけるかも、という光が、数人の生徒の目に躍った。

「校則なら、生徒それぞれが思うところがあるんじゃないでしょうか。盛り上がりも期待できるかと」

 陽佑の通う北高にも、首を傾げたくなる校則はいくつかある。たとえば、カバン(リュックでもよいが)ひとつに入りきらない荷物は、風呂敷を使用しなければならない。高校生たちからすれば「は?」と声が出てしまおうというものだ。だが新1年生たちは、先輩らがそれぞれ片手に風呂敷包みをぶら下げている姿を目撃して、ああ本当なのだと、まざまざと学ぶことになる。それでも近年はなかなかカジュアルな柄の風呂敷が販売されていたり、女子などはバッグにしか見えない包み方を工夫するなどしているようだが。みんな陰で「せめて弁当を入れる保冷バッグくらいは、夏季だけでも許可してほしい」とぼやいている。一部の生徒には「誰か腐った弁当食って食中毒起こして、授業中に倒れてやれ。そのくらいしないと学校も取り合わねえぞ」とまで皮肉られているのだ。


「却下」

 先輩のひとりが声を上げた。


「ブラック校則なら、全員が不満を持っていて当たり前だ。賛成派がいると思うか? 満場一致で反対、はいおしまいだ。討論会を開くまでもない」

「…………あ」

 陽佑の喉から間抜けな声がこぼれた。

「トークバトルって案そのものは悪くないけどなあ……」

 ほかの先輩がつぶやいた。

 陽佑は今度こそ本当に困ってしまった。やるならもう、あれこれおさえて動きださないといけない。生徒の募集もいる。だがテーマも決まらない状態で募集するわけにもいかない。


 委員長は、軽く首をひねって、言い放った。

「桑谷、っていったな。言いだしたんだから、お前が責任持って進めろ。明日の会議までにテーマが決められなければボツにする。……2年生誰か、フォローについてやれ」

 男子の滝山が、じゃあ自分が、と挙手した。委員長は、ん、とうなずいてから、陽佑に言い放った。

「1年生が、中学で企画成功させたからって、いい気になるなよ。……じゃあ今日は解散」


 ……あぜん、という空気が第1理科室に飽和した。委員長は無頓着に、さっさと立ち上がると、椅子を机の下に押し込むという発想もなく、ひとり舌打ちしながら退室していった。

 ……いや、それはないよ。陽佑は、開けっ放しになっていた口を、ようやく閉じた。かつて陽佑が中学校で、文化祭ステージを実現させた話は、委員長を含む学実の大半が知っている。加入する際、実績をたずねられたので答えただけだ。ことさらに自慢した覚えはない。――俺は、いい気になっているのか? そう見られたのか? だけど、1年生にもアイディアをどんどん出してくれとふっておいて、あの言い方はやっぱり、ないと思う。しかも丸投げで明日って。むかっ腹というより、不快な気持ちで、陽佑はため息をついた。

「まあ、気にすんな。ああいう性格だから、執行部の機嫌を損ねたんだろうよ」

 2年生の滝山が、ぽん、と陽佑の肩をたたいて、ささやいた。気づくと、ほかの先輩たちもそれぞれに、理科室を離れ始めていた。

「だいたい執行部との揉め事なんて、ほとんどあの人が原因……っと。それより、……どうする」

 陽佑はもう一度、天井へ向けて大きく息を吐いてから、滝山に向き直った。

「テーマを、考えてみます。思いつかなかったり、明日の会議で却下されたら、あきらめます。いい気になってたってことなんでしょうし」

「そうスネんなよ。おれも一応考えてみるわ」

 滝山は軽く手を振って立ち去った。残された4人の1年生は、遅ればせながら荷物をまとめ始めた。


「あんまりよね、今の……あ、滝山先輩じゃなくて」

 女子の村木が、憤慨した様子で出入口をにらんだ。もうひとりの女子の一条は、黙ったまま出入口と陽佑を交互に見ている。このふたりはA組だ。女子によくある「一緒にやろうね」というノリで参加したのだろう。

「助けを求めるがわの言いぶんじゃねーわな」

 D組の男子久川ひさかわは、怒りというより、やってられん、といった態度だった。

「おれら1年はどうしても雑用だから、当日のその時間は運営手伝えねーと思うけど、事前準備でできることがあったら……」

「ああ、ありがと。……とりあえず、やるかどうか決定してから考えさせてもらうよ」

 とはいっても、なかなか多難だな……陽佑は立ち上がりつつ、3度目のため息を押し殺した。



「……そりゃそりゃ、ナンギなことで」

 連城が、どう言えばいいやらという顔をしている。

 クラブ上がりの放課後だ。ダンス部から引きあげてきた陽佑が、C組の教室で帰宅前の荷造りをしていると、同じクラスでバスケ部の村松と、野球部の垣内かきうちと、E組の手芸部の連城とが、一緒に帰ろうと集まってきた。ことのついでに陽佑は、昼休みの不愉快な会議について、ついグチをこぼしてしまったのである。村松と連城とは中学から仲が良く、垣内は高校に入ってから親しくなったひとりだ。


「なんかそうなると、企画そのものより、委員長をぎゃふんと言わせるために成功させてやりてえよな」

「ぎゃふん、かい」

 村松が陽佑のひそかな本音を言い当て、垣内が茶々を入れる。

「けど、テーマったってな」

「ブラック校則はいい着眼だと思うぞ? 議論が苦手な奴でも、ちょっと聞いてみたくはなる」

「けど、賛成派に回る生徒なんていないだろ」

「いねーわな」


「ブラック校則ったって、そんな校則でも、守らせなきゃいけない身にもなってくれよっての」

 連城が巨大すぎるため息をつく。彼はE組の風紀委員だ。もちろんというべきか、くじ引きの結果らしい。

「今どきの高校で、そこまでチェックしなきゃいけないかって、誰よりも風紀委員がウンザリしてんだからよー」

「風紀委員もウンザリしてんだ」

「当たり前だろよー」

 垣内に言われて連城もグチモードに突入する。

「腹ん中で、そんな校則やってられっか、とか思いながら、口やかましく説教しなきゃいけねーんだぜ。まあ、言われるがわもこっちの心境わかってて聞き流してっから、予定調和のマンネリ時代劇、みたいな感じ? こんなやりとりに意味あんのかって思うわ」

 時代劇の制作関係者やファンが聞いたら怒りそうなことを、連城はぼやく。


「…………それだ!」

 しばらく黙っていた陽佑が、突然大声を上げたから、仲間うちだけでなく、教室に残っていた生徒たちがみんな、ぎょっと視線を向けてきた。


「なんだよ」

「ブン、いいヒントくれたな! 討論会に、風紀委員にも参加してもらおう。で、校則を守らせなきゃいけないがわの心境とか内幕とか、本心ではブラック校則をどう思っているのか、話してもらえばいい。もちろん、話してもいいよ、と了解してくれる人に。風紀委員じゃなくても、ブラックでも守らなきゃいけないんじゃないか、という立場の生徒がいるなら、一緒にしゃべらせてもいいし。その流れで、ブラック校則の改正を提案しよう、という流れに持っていければ、議論も結論も建設的なものにできる」

 討論会だからと、賛成派と反対派で分けようとするから行き詰まる。ブラック校則に全員反対なのは前提として、じゃあどうするべきか、という方向で討論することができれば、相手の意見をへし折ってやろうという意地の悪さには結び付きにくいんじゃないだろうか。

 ……これで明日の会議にプレゼンしてみよう。ダメなら仕方がない。


「ブン、当日のこの時間に参加できそうな風紀委員、何人か紹介してくれないか? もちろん、討論に興味がありそうな奴で」

「ああ……なるほど、聞いてみるよ」

 来た来た、と楽しそうな表情で、連城がにやっと笑う。――ヨウがこの顔になったときは、怖いぞ。「やってくれる」前兆だ。


「桑谷、校則の改正するのか?」

 向こうから素っ頓狂な声が飛んできた。思わず振り返ると、武部たけべという男子が目を輝かせている。

「あ、いや……」

「すげえ! やってくれよ桑谷!」

「いや、ちょ……」

 気がつくと、クラスの生徒たちがみんな、おかしな期待のこもった目で陽佑を見ている。

「え……」

「桑谷が革命起こすぞ、みんな」

「桑谷くん、ついでだから、保冷バッグの使用も認める校則にしてよ」

「髪型の校則も撤廃してほしい」

「それからあと……」

「いや、ちょ、ちょっと待ってくれ」

 話がおかしな方向に大型化していく。陽佑は背中に変な汗がにじみ出るのを感じた。



「ヨウが関わる話って、でかくなる傾向があるな」

 ちゃりちゃりと自転車を押しながら、連城が笑う。

「冗談じゃない」

 リュックをカゴに入れ直し、陽佑は解錠した。

「そうなのか?」

「中学のときもそうだった」

 たずねる垣内に、村松が答える。村松は徒歩、垣内はバス通学なので、ここでふたりを待っているのだ。

「でも、なんやかんやいって、やりとげるんだよな……」

「お待たせ」

 陽佑と連城が自転車を押して合流する。村松は垣内に、ふたりを親指で差して茶化した。

「そのうちわかるって、養分ヨウブンコンビがどれだけの奴らか」

「その呼び方やめれ!」

 ヨウとブンがハモって抗議し、4人の男子高校生はふざけ合いながら歩き出した。自転車置き場に向かう数人の男子とすれ違い、おう、お疲れ、などと声をかわして。



 もうあと3年足らずで、仲間の誰とも別れてたったひとり、知らない電車に乗って、知らない世界へ旅立たなくてはならない時が来る。

 だけどその時を、いつかどこかでまた会おうなと、笑って迎えたい。

 同じ電車に乗り合わせることはもう二度とないかもしれないけれど、どこかのターミナルで偶然行き会うことは、きっとあると思うから。

 そして……先の旅路で、どんな人と出会うことになるんだろうか。

 だから今は、もうほんの少しだけ、こいつらと騒いでいたい。今しか一緒に過ごせない仲間たちと――。


     ◯


 校門すぐ内側の前庭で、ふたりの女子生徒が友だちを待っていると、4人の男子生徒がふざけ合いながら通り過ぎて行った。ふたりが徒歩で、ふたりが自転車を押している。女子のひとりが、ふと顔を上げて、4人の男子を――正確にはそのひとりを――そっと見つめた。


「あの人……こっちがわの自転車の人、1年生だよね、学実の」

 もうひとりの女子が初めて気づき、その視線を追った。

「ああ……桑谷くん、じゃなかったっけ。C組の」

「桑谷くん……」

 4人の男子が校門を出て見えなくなってしまった後で、小さなつぶやきがこぼれた。


「…………下の名前、なんていうのかな」


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ターミナルにて 三奈木真沙緒 @mtblue

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