蝉声外夏

@rarjra

しょうもない夏

「あなたは生きたいですか、それとも死にたいですか。」

もし誰かにこんなことを聞かれたとしよう。どちらか一方を選ばなければならないとしたら…。はっきりした口調で笑いながら告げる。

「死にたい。」

簡単な話だ。いらないものは捨てる、いるものは大切にする。地球が、人々が、いらないと言ったものの中に「私」という存在を含むと思うから。死んだ方がいいのかもしれない、他の人のためになるかもしれない、と思うから。いや、それが事実となっているのだろう。もちろん勝手な思い込みと考える人だっているのは承知済み。馬鹿げた想像だと思う人だってね。でもさ、本当だったらどうする?私の予感はほぼ当たるからこの予感も当たる可能性の方が高い。ゴミは早々と捨てられて、燃やされて、灰となり、存在を忘れ去られていく。そのほうが人々のためなのだ。


そんな風に考えるようになったのは、昨年の秋頃。ふとした瞬間だった。いじめられている訳でもない、何かに悩んでいた訳でもなかった。友達とも仲良くしていた。普通の日常を送っていた。誰が見てもありきたりで平和な日々だった、、はずなのに。なのになぜか、心が闇に侵された。暗い暗い部屋に閉じ込められたかのように外の世界との繋がりが遮断されてしまったのだ。私が存在してる意味?理由??頭の中で永遠と自分に問う。だが、いくら考えても答えは出なかった。私が求めている答えはなかった。


授業中も先生が話しているのを耳にしながら、もし今この学校を抜け出したらと考えることが多くなった。誰か心配して追いかけてきてくれるかな、先生たちも必死になって私の事を探してくれるかな…。幾度も幾度も同じような空想をする。

「はぁぁ。」

だが、結局答えは決まっている。虚しくて悲しい叫びだ。先生達が追いかけてくれたとしても、「義務」としてやらなければならないから仕方なく追いかけてくれるだけ。私の心配をすることはないだろう。面倒くさいとも思うだろう。私が何に悩んでいるのか、考えもしない。誰も私を思う人なんているはずもないのだ。期待して損をする、それが答え。馬鹿馬鹿しい。

家族も同然。先月ぐらいだろうか、まだ明るさのない夜に家を出た。風も冷たく、私の足は震えていた。ちょっとだけ、ポツンと家に明かりが差し込んできた時刻になってようやく家に戻ると、母が目の前にいた。洗濯物を運んでいる最中のようだった。

「ん?外にいたの?」

「うん、。」

「何かあったの?こんな時間から外になんて。」

「い、いや、何も。」

気づくかな、咄嗟に口ごもってしまった。

「あら、そう。ならいいけど、朝っぱらから驚かせないでよね。早く自分の部屋に行ってご飯ができるのを待ってなさい。いつまでそんな子供じみたことをしているのかしら。将来が不安だわ。」

「え、」

「返事は?」

「は、はい。」

それで会話は終了。何事も無かったかのように母は慌ただしそうにしていた。

心の中で何か切れたような音がする。母の失望した声。私を見る目つきや態度、大きな吐息の音。


怖い、怖い、怖い!!すべてが怖い。何もかもに耳を傾けたくなくなり、見たくもなくなった。逃げ出したくなった。どこか遠くに行かせて欲しかった。

あの時以来、あるいはそれを機に人が嫌いになってしまった。誰も信じられない、信じてはいけない。その思いが心の中を埋め尽くし、真っ黒な灰となった。




そんな悩みを抱えていたある夏のことだ。

帰宅途中、もうすぐ家につく所で声をかけられた。ああ、あの人か。

「〇ちゃん、こんにちは、学校お疲れ様。」

「こんにちは、」

目は合わせず、ぶっきらぼうな挨拶を返す。

〇〇おばあさん。私の家の近くに住んでいて毎回のように、私にこうやって話しかける。正直言ってとても苦手な人。でも、私の親とも仲良くしているのでここは辛抱する他ない。

「ねぇ、〇ちゃん。次の土曜日の午後は空いているかしら?」

唐突に聞かれた。

「え、ま、まぁ、予定は特に何も…。」

「あら、よかった。じゃあ、私の家に来てお手伝いしてくれないかしら。私1人じゃできないことがあってねぇ。」

「わ、わかりました。」

頭の中は?になった。だが、こういうのは断れない性格。仕方がなかった。風が冷たく吹いて、私の汚い髪をなびかせた。


家のがっしりしたドアを開けた。待ち構えていたかのようにキラキラと、お天道さまが眩しく輝いている午後日和になっていた。私はおばあさんの家に向かい、重い足取りで熱されたコンクリートを歩いた。

家の近くに来ると、どこからかおばあさんの声がした。見ると、庭で人参の収穫をしてこっちに手を振っていた。なるほど、、そういうことか。

「ごめんねぇ、〇ちゃん。こんな大変な仕事させちゃって。」

おばあさんは汗を拭きながら言う。

「いえいえ、大丈夫です。慣れているので、。」

畑仕事、高齢の人にとっては重労働だろう、暑い中で…。小さい頃、家族と毎年畑で同じことをしていたからか、やり方は分かっている。地道な作業だった。おばあさんはよく日陰のベンチで静かに休んでいた。時間がゆっくり過ぎるだけで、蝉がどこかで鳴いていた。静かにしてほしい。早く終わらせて家に戻りたいな。1人になりたいな。。

「ありがとね、〇ちゃんのおかげで助かるよ。ほんとに感謝だ。」

暑さのせいか、私の心は苛立つばかりであった。こんな気持ちになるのは初めてで、どうすればいいのかわからない。何もかもが嫌で心がザワザワする。だからだろう、感謝されたのに変な返事をしてしまった。

「そうですか?私じゃなくても誰でも若い人がいれば、この仕事はできますよ。人参を収穫するだけなんて…。わざわざ私に頼まなくても他にいい人がいたと思います。」

「…」

沈黙が走った。すぐに言ったことを後悔した。こんな空気になることはわかっていたはずなのに。

だが、おばあさんはにっこりとしたまま少し経ってから私に言った。

「確かに、そうかもしれないね。でもね、〇ちゃんは器用で一人つ一つの人参を大事にしっかり収穫してくれると思ったのよ。まぁ、おばちゃんのくだらない感というものだけどねぇ。けれども、他の人にはこんなことできやしないわ。人参が収穫してくれるのを待っていたかのように、喜んで収穫されているようにも見えてね。私は他の人に頼むよりも、〇ちゃんに頼んだ方が絶対にいいと思ったから頼んだのよ。私ももう歳だからね、明日死んでもおかしくない命だから〇ちゃんともいいと思い出ができて嬉しいよ。おばちゃんはねぇ。」

少し手を止めて、おばあさんの方を見た。時が止まったような気がした。私の心に変な感じたことのない風が吹いた気がした。なんとも言えないこの気持ちを私は心の中に秘めたまま、思わず笑みだけをこぼす。なーんだ、私はなんてくだらないことを考えていたのだろう。自分のしょうもない悩みに呆れて笑いたくなる。

「ミーーーーーン、ミンミンミン…。」

蒼空へと響く蝉の鳴き声が、まるで歌っているかのように聞こえたのも初めての経験だった。

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