第21話:夜襲

【アキ】


 カラの指示によって必死に逃げていた男を狩人の追跡者の手を借りて追いかけたのが夕刻の頃か。

 鮮血の惨状で血に塗れながら動けない男たちにトドメを刺していたカラを見て、改めて覚悟をした私たち夜襲部隊は林の奥から近くの村を占領した男たちを見る。

 人数から察するに本陣には程遠いが、それでも本隊の者たちだろう。


「アキ。どうする?」

「当然、夜が深まるのを待つ」


 追いかけた男がこの村で馬に乗せられて、さらに奥へと駆けていったのは確認したが奴らの領域に入りすぎれば戻ることが出来なくなる。

 人間たちの数の理はこの村を見るだけでも確かなものだった。

 村の家々には本来よりも明かりが漏れ、耳を澄まさずとも何名分もの嬌声が村に木霊している。

 さらに家の数が足りず、外で火を焚いて野営する者たちの姿も大多数いる。

 彼らは各村で補充してきた若い女たちと肉欲を満たし、同時に食事を運ばせて食べ散らかしている。


「あれじゃあ、森の獣と変わらないな」

「人間も獣の一種でしょ。その規模が私達よりも大きいだけ……ううん、大きくなったから体裁を整えただけの獣なのよ」


 全く心を動かされない人間たちの狂宴は、今まで蓄えてきた恐怖が先遣隊が潰されたという報告を聞いて暴発したものだ。

 少しずつ近づく戦場に、どこかで絶対に大丈夫だと安心していた彼らの心を踏み躙られて正気や理性は呆気なく崩れていた。

 そして彼らは最後の安息の地を、自らの手で欲望の地へと変えていた。

 その光景を連れてきた狩人たちは侮蔑の目で人間たちを見ながら話をしていたが、私から見れば彼らは全く違う生き物に見えた。


「アキはどう思う?」

「私? 私には……アレが鬼に見える」

「鬼?」

「そう、鬼。人の皮を被った鬼。酒を飲んで、異性を無理やり犯し、力で支配して我が物顔でのさばる。まるで鬼の在り方を見せられているかのよう」

「……そうか。なるほど、確かにな。だとしたら奴らの首魁である【牛御前】って奴は人を鬼に変えちまう化け物ってところか?」

「そっか……じゃあこれは結局のところいつも通りの話ってことね」


 そう、これはいつも通りの鬼狩りのような話だ。

 彼らは間違いなく人間で、しかしその心はもはや鬼そのものに成り果てている。

 彼らにももちろん罪がある。今もなおやっている行為は悪辣としか言い様がない所業であり、そのものだけを見れば怒りしか浮かばない。

 だがその怒りに自分たちも呑まれる訳にはいかない。それは彼らと同じように私達がただの獣に成り果てるようなものだ。


「そう。だからこれは鬼狩り。サクヤ様に手を伸ばそうとする万死に値する愚か者たちを地獄に叩き戻すだけの話」

「……アキ、怒ってる?」

「多少だけどね」

「どのくらい?」

「この村の全ての者たちを鏖殺する程度」


 この村の男たちが最期の狂宴を終えた頃に、私達の牙が彼らの喉笛を掻き切る予定だ。

 そこに一切の酌量の余地など微塵もなく、あらゆる懇願も許すつもりもない。

 こんな穢らわしい者たちをサクヤ様に会わせる訳にはいかない。その御姿を一目でも見せるなど私の誇りが許さない。


「奴らにはこの村から出さない。惨たらしい死体の山を築く。それに、そうしてやれば後から来る奴らの心を折ることも出来るかもしれない」

「確かに。仲間が全滅していれば奴らとしては心が折れるかもしれない。そうなれば敵のやる気を大幅に削げるし、何より逃げ出す者も現れるかもしれないな」

「ん? あぁ、まあ、そういうこと」


 生返事で答えた私に、何か物言いたげな顔を向ける仲間たちの視線が突き刺さる。

 私を見る目や腰の引き様は彼らの心情をありありと見せていた。


「なに?」

「いや、何でも。さすがは狂犬のアキだな」

「ええ。それでこそ狂犬ね」

「まさしく。俺たちをボコボコにしたあの頃と全く変わらないな」

「その変な渾名で呼ぶの止めて欲しいんだけど? 誰が狂犬よ。私は忠犬だから」


 子供の頃に懲らしめた同世代の部下たちは私のことを口々に褒めるような口ぶりで貶してくるが、私からすれば彼らに何もしていないと言っても良いのに何故貶されなければならないのか。


「忠犬も行き過ぎれば狂犬だろ」

「そうね。男も女も関係なく顔も身体も殴るし蹴るし、こっちが泣いて謝っても反省が足りないって言って止めないし。顔に感情が一切無いし」

「サクヤ様に止められてなけりゃあ怪我だけじゃ済まなかった、俺たち」

「なんだ、全部自業自得じゃない」


 そう。全ては彼らの自業自得だ。サクヤ様に悪戯しようとしたり、陰口を叩くどうしようもない連中だった彼らを文字通り叩き直しただけの話だ。

 確かにサクヤ様に後から「やりすぎだ」と叱られたし大人たちにもだいぶ怒られたのも憶えているが、その程度のことを未だに根に持っているなどなんて器の小さい部下たちなのだろう。


「その一言でお前がどんな奴か改めて解ったよ、ボス」

「見直した?」

「ああ。悪い方向にな」

「今夜の獲物が、自業自得で死ぬことになるってことは解ったわ」

「……何でもいいけど、油断はしないように。そして容赦もしないように」


 全員が無言で顔を見合わせて頷き、その場から村を囲む林の中へ身を潜ませるために散開した。

 四方に散らばり狩人たちがいなくなったことで、現在の状況をしっかりと認識するために村を観察するだけでは確かな情報は得られない。

 十数軒にも及ぶ家の中にこの集団の頭がいるはずだが、一番居そうな村長の家がどれかは遠目からでは分かり難かった。


「一番手っ取り早い方法を取るか」


 彼らも生きている以上は生理現象がある。そして家の数と人数の差は明らかである以上、奴らが林の中で用を足すことくらいは簡単に想像出来る。

 一人でやってくる間抜けは居ないにしても、三人や四人程度ならば瞬時に命を刈り取ることも出来るだろう。

 そんな考えを過ぎらせた時、都合のいいことに千鳥足の男二人と半裸の男の計三人が林の中へと入ってきた。


「ひっ、く! やっぱり酒は美味ぇよな」

「そうだそうだ。酒が美味けりゃ多少飯が不味くても我慢できるよなぁ」

「そうして俺が付き添いかよ。ようやく番が回ってきたってのによ」

「悪かったって! あとで俺等も一緒に腰ぐらい振ってやるさ」

「ふざけんな。手前の粗末なもんじゃ相手の休憩時間になっちまうわ」

「んだとぉ? 俺の立派な息子を拝ませてやろうかぁ?」

「汚ねぇもんを出すならもっと奥でやれ。臭いが漂ってきたら全員から顰蹙ひんしゅく買うぞ?」


 男たちの下世話な話を木から見下ろしながら彼らの動向を観る。

 下を脱ぎだそうする男に手を振って奥へと行くように指示を出す半裸の男。そして千鳥足の男たちは悪態を吐きながら、ふらふらと林の奥へと向かっていった。

 話を訊くなら酒に酔っている者よりも、多少は話が出来るだろうと察して男が真下を歩くのを待ち―――


「がふっ!?」


 ―――何一つとして音をたてず背後に着地し、素早く裏膝を蹴って態勢を崩させ、口を塞ぐ。

 そして首に小太刀を這わせて尋問の格好を取った。


「な、なふだ? 何者だっ?」

「声を出すな。私の質問以外の声を出せば無用な怪我をするぞ」


 口を無理やり押さえて這わせた刃でこちらが本気だということを簡潔に教えるために肩を切る。

 痛みで悲鳴があがるのを手で塞ぎ、暴れる身体を大人しくさせるために自らの血で濡れた刃を男の目線の高さにまで持っていく。


「これは偽物ではない。お前の命に関わることだ。お前の行動次第ではお前の首が文字通り飛び、草の上で転がることになる」


 綺麗に磨かれた刀身は、角度を変えるだけで映る景色を変えてしまうため、ちらりと映ったこちらの姿が男に解ってしまう。


「獣人……っ」

「……理解したようだな。お前の命を刈り取ることに私は躊躇いはない。情報を吐くかどうか以外にお前に興味はない」


 小太刀をもう一度首に這わせ、こちらがどれだけ本気なのかを理解させると男はゆっくりと淡々と情報を吐く。

 男の情報によるとこの村に居座っている者たちは総勢で約百二十人程度であり、また明日には他の近くに村を占拠している者たちと合流して森へと向かう所だったという。

 森の近く、また彼らが進んできた道の村々は完全に掌握されており森への物流をほぼ止めている状態だと言ったが、基本的に私達の生き方は自給自足。

 森の外に出ることはまず無い以上は物流を止めたところで、他の人間の国に目の敵にされるのが関の山だろう。

 そして肝心の彼らの頭が居る場所はどこかを訊けば、言い渋るように時間稼ぎを始めた男の口に刃を入れる。


「今から口の中をぐちゃぐちゃにされたいのか?」

「わ、分かったっ……村の中央にある家だ。馬小屋があるからすぐに判るっ。どうだ? 俺を見逃してくれないか?」

「ああ、来世までは追いかけない」


 一切の容赦なく情報を吐いた男の首を切り裂き、周囲の木や草花に大量に噴出した血によって濡れないように頭を押さえつけて地面に倒す。

 そうすれば男の頸動脈から噴出する血を地面に吸わせることができ、加えて木や草花よりも一見しただけでは分かり辛いようにも出来る。

 特にこれからやってくる夜に、暗視が効かない人間たちにとっては地面の色など分からないだろう。


「奴らの仲間も戻ってくるはず。死体といえども誘き寄せる餌にはなるか」


 すでに事切れた男の首はパックリと半分ほど切り裂かれ、その切断面からは未だ血が流れ落ちているが身体は未だ有効活用できる。

 男の両脇に手を差し込み身体を抱え、木に背中を預けさせる格好にしておけば遠目からならば座っているように見えるだろう。

 死体が固まり出す前ならばある程度身体の自由は効くため、男にとってはもう使い道のない重い身体を引き摺り、近くの木に身体を預けさせておく。

 そして簡易的な罠を用意し、酒に酔った二人の男たちを待っていれば、姿を見せたのは酒に酔った男と肩を借りて眠りこける男の姿だった。


「おいお〜い。座って待ってるなんてひでぇじゃねぇかよぉ〜」


 そんな彼らの未来が、数刻も経たないうちに血に沈むことになるのを男たちは夢にも思わなかったに違いない。



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