第6話:鬼の襲来

 鬼の尖兵がやって来てから半月が過ぎた。

 あの日から要石の修繕を真っ先に行い、結界を刷新することで強度は最も強く状態もいい。

 ウイの見張りは日を追うごとに神経質になり、最近では以前に壊された要石の上で座りながら何かを呟いている姿を見かけるようになった。

 アキとタエは訓練として森の中や里の中の訓練場に毎日欠かさずおり、時たま現れるオウカの襲撃にも対応しているようだ。

 そして里の雰囲気も会議が終わってから変わった。最初は不安に苛まれていた者たちも段々と警戒心が強くなり、戸口の横には槍か斧が置かれるようになった。

 森を見る目は恐怖を孕みながらも敵意が強くなり、いつしか怖いという言葉を吐く子供すら居なくなった。

 恐らく今なら餓鬼程度であれば子供たちとて勇敢に戦うだろう。

 そんな、満月が輝く夜だった。


「敵襲! 敵襲ですっ! 鬼が来ましたよ来ちゃいました!」


 里の中心部に位置する訓練場にて刀を振るっていた私の下に、ウイが姿を現して報告する。

 満月が輝く晩は目が冴え、何より気配に敏感になり落ち着かなくなる。あらゆる感覚器官が鋭敏となるような夜に、地上に生まれ落ちた悪鬼たちは森に侵入してきたらしい。


「そうか……」

「そうか、じゃないですよ!? 鬼ですよ鬼!? アイツら生き残ってた奴らが総出でやってきたんじゃないですか!? 餓鬼なんかも多くて結界も破られそうなんですけど!?」


 慌てた様子で要領を得ない説明をするウイの言葉に耳を傾けながら、ゆっくりと納刀した頃に次々に戸口が開いて武装する里の者たちが現れる。

 ウイの言葉は寝静まったと思われる里に響いており、ただでさえ耳の良い獣人の者たちに届いていた。


「サクヤ様」「サクヤ様っ!」

「タエ。アキ。お前たちは里の戦える者たちを纏めて二つの班で行動しろ。鍛冶師たちが不眠不休で作っておかげで武器は足りている。戦えない者たちにも自衛用の武器が残っているし、いつも通りマナたち、祈祷師たちが里の防衛にあたる」


 駆けつけたアキとタエに素早く指示を出し、決めていた方針を確認事項として告げる。

 狩猟においてアキは里の者なかで比肩する者がなく、タエの力強さと冷静さは成長してからは男たちが束になって攻撃しても弾き返される。

 二人の強さは戦いという分野において方向性は違えども、間違いなく里の者たちを率いることが出来る実力者だった。

 訓練場に武装した戦える者たちが集い、アキとタエの班に別れて集まり出す。

 普段は動物の狩りをする者も里に作られた畑を耕す者も、木の実や山菜を取る者も食事を家族に振る舞う者も。誰も彼もが刀や槍を持って夜の闇に鋭い眼光を光らせる。


「準備は出来ているようだな。ウイ、敵はどの方向から来た?」

「えと……西側と北側です! 奴ら手勢を分けて行動してますよ!」

「本隊は?」

「本隊は……う〜ん、これは同じ位に数を分けてます。変わった格好をしてるのは……」


 ウイが目を閉じながら要石から見えている光景を説明していくが、どうやら敵の規模は同数でどちらが本隊かは分からなくしているらしい。

 自己の力を頼りに暴力を振るって襲うだけの鬼ではなく、徒党を組んで襲撃する人間のように鬼たちは纏まり襲撃してきていた。

 明らかに手練の統率者がいるのは間違いないが、ウイが見える限りでその姿を確認できないようだった。


「あっ!? だ、誰かが……人間の女性が鬼たちに追いかけられてますよ!? 血を流して服とかボロボロで!」

「なに? 近くの人間たちの村の者かもしれないな……西側か?」

「はいっ! ああ!? 結界に阻まれて逃げ場がなくなりましたよ!? 強力にし過ぎました!?」

「西側にはクロたちも居るが……分かった。私もそちらに向かう。アキとタエは北側を主戦場とせよ!」

「「はいっ!」」

「行けっ!」


 アキとタエの返事によって戦いの舞台は決まり、号令によって彼ら彼女らは動き出す。

 西側はアクタ一家によって守られており、アクタ一家の末っ子によって罠が張り巡らされている。人数が多くては巻き込まれるだけだろう。

 またオウカやクロが居る以上は鬼たちと戦闘になっても対処など出来る。

 動きは素早く腕力もあるオウカがいて、そこに搦手も得意なクロがいる。西側は彼女たちが実質支配する領域となっていた。


「あ、あの……大丈夫ですか? 勝てますかね?」

「勝利以外に道はない。違うか?」

「い、いえ!? 違いません!」

「なら行くぞ。まずは最短距離で女性を助けに行く」

「了解です! ウイが先導しますので付いて来て下さいっ!」


 地面につくような脚もなく、宙に浮かぶ彼女の速度は空を飛ぶ鳥のように速く最短距離を飛んでいけるし、彼女だけであれば要石という基点には簡単に戻れる。

 だからこそ付いて行く者がどれだけその速さに付いていけるのかが問題なのだが、その点において私一人だけならば全く問題にはならない。

 不尽山の山頂で鍛え続けていたのは剣技だけでなく、駆け下りる際の岩を避ける注意力、そして空気の薄い場所で振るうことで呼吸器官は鍛えられ、肺が取り込む空気の量は地上に居る者たちを凌駕する。

 それはつまるところ、無呼吸で動ける時間が他人よりも長いということだ。呼吸をする瞬間の僅かな弛緩が移動にも戦闘にも通ずることを理解している者は少ない。

 身体を効率的に動かすための技術も、構えた武器を相手にあてることも、相手の行動を予測して動くことも。応用に目が行きがちになるが、十全な基礎が無くては形だけの応用など実戦においては役に立つことはない。

 刀を振り下ろすことは誰にでも出来たとしても。刀を目にも留まらぬ速度で振り下ろすことは鍛え上げられた腕力だけでは足りないように。


「大丈夫ですかサクヤさん! 付いて来れますか!?」

「何だったらお前を置いていくが?」

「あ、大丈夫そうですね」


 木々さえも透過していくウイが、木々が触れるか触れないかの距離で避ける私に対して心配になったのか訊いてくるが、先導のためにウイに前を飛んで貰っているだけだと暗に言えば彼女は速度をさらにあげて飛ぶ。

 西側は里の者たちも寄り付かないために雑草や木々も手入れはされていない。

 それに加えてアクタ一家の末っ子、シロによって作られた罠は多岐に渡り落とし穴や足を引っ掛けさせる足止め用の蔦や警報用の木札など色々と設置されている。

 走りながらそれらを認識し避けていく方に神経を使っていた。

 殺傷能力の低そうな罠ばかりだが、恐らく彼女たちの家周りは全く違う罠が張り巡らされていることだろう。


「……見えました、サクヤさん!」


 ウイが飛びながら指し示す先には鬼たちが一人の女に向かっていく姿。女はボロボロの薄汚れた着物を纏い、必死に逃げてきたのか素足は赤く血に濡れている。

 結界に阻まれ逃げ場を失った彼女は、あと少しだけ放っておけば鬼たちに追いつかれ、悲惨な目に遭うことは誰の目にも明らかだった。

 だから刀を抜き、構え、女に向かって斬りかかる。


「……シッ!」

「ハハッ!」


 女の口が裂けたかと思うほどに口角をあげて笑みを浮かべる。

 それは人の形をしながらも魔性を秘めており、刀を止めた腕は人外のもの。瞬時に肥大化した腕の皮は分厚く、血管すら浮き出るほどの力強さを見せる。


「キハハハハ! どうしてバレた? どうやって見抜いた?」

「……ただの女が一人で、そんな服装で鬼から逃げられるのか?」


 力任せに振り抜かれた腕に押されて跳び退く。

 女の身体が先程の演出された弱さを捨てて变化していき、その人畜無害な皮を剥ぎ取っていく。

 額からは角が生え、血に濡れた脚は傷ではなく何者かの返り血でしかなかった。

 遅れてやってきただけの鬼が持ってきた自分よりも大きな巨大な棍棒を片手で受け取り振り回す様に無駄は見られない。


「我は茨木。大江の山より貴様らが大事にしている物を奪いに来た」

「貴様らに渡すものなど何もない。だが、お前たちの首は置いていけ」


 互いに武器を構え直す。結界は茨木の一撃によって脆くも崩れ去った。

 隔てる壁はすでになく、互いの殺気が武器に乗せられていく。

 茨木の全身から滲み出る殺気と、水面に伝わる波紋のように全身に浸透していく私の殺気が互いの目と目に宿ってぶつかった瞬間、殺し合いの火蓋は切られた。


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