第3話:結界を守りしあやかし

「流石です、サクヤ様! 刃が目で追えませんでした!」

「あっと言う間の出来事でした……」


 餓鬼たちを始末したあと、住民たちの歓声の中で近付いてきたアキとタエが感想を口にする。

 鞘に収めた刀はこの里で鍛造されたものでアキたちの武器と変わりはせず、そのため技量だけが唯一差がついてしまう。


「お前たちも素早い対処だった。研鑽を続けていればあれくらいは出来るようになる」

「ホントですか!? 私、頑張ります!」

「……だが、今は侵入してきたあやかしが奴ら以外にいないか確認するのが先だ」


 尾を激しく振っているアキに釘を差しつつ倒れている餓鬼の亡骸を見れば里の者たちが確かに死んでいるのを確認しているところだった。

 石を投げ、棒で突き、死体が死体であることを確認したことで彼らの間に弛緩した雰囲気が流れていく。


「他に入っていないかも調べたほうが良いかもしれませんね」

「そうだな。タエ、頼めるか?」

「解りました。お任せください」

「頼む。アキは森の中に入り北から東へ。私は不尽山がある東から南を見てくる」

「人界側は見なくても良いのでしょうか?」

「……問題ない。あの三姉妹が見ているはずだ」

「オウカたちですか……確かに住む家が西側にあったと思いますけど見てますかね?」

「寝床を荒らされたい奴などいないさ。あの三姉妹にしろ、その母親にしろ」


 この里から西側に居を構えるクロたち三姉妹とその母親が住む家がある。好戦的な性格のオウカを筆頭に罠などの搦手が得意なシロ。戦闘となれば容赦のないクロなど三姉妹はそう簡単に敗れる者たちではない。

 たとえ里の住民から煙たがられていようとも、人界に降りるには余りにも人ならざる異様であろうとも彼女たちの実力に陰りなどないだろう。


「それとウイに会ったら私が探していたと伝えておいてくれ」

「……あのあやかしにですか?」

「そう邪険にしてやるな。互いに利があって共存している。何より結界維持は彼女の役目だ。何かがあったのなら彼女にも何かがあったのかもしれない」

「……解りました。では要石も見ておきます」

「ああ、頼む」


 渋々といった顔を見せていたアキの頭を撫でると途端に顔を綻ばせ、アキは自慢の脚力を発揮して軽快に走り出して森に消えた。


「では私も行く。里の中はタエが中心となって調べてくれ」

「はい。サクヤさんもお気をつけを」

「……ああ。お前も」


 頭を軽く下げて見送るタエに里を任せて森の中へと走り出す。

 森の中は里を離れるほどに鬱蒼と生い茂り、木々の幹は太く、根は地上に顔を出し、草花は人界側よりも大きな花を咲かせている。

 しかしそれらを愛でる時間はなく、邪魔な草花や蔦を躱し、避け、切り裂きながら進んでいく。

 目指す場所は結界があるはずの要石。人や妖魔が入らぬように張られた結界だが、最近になって結界が弱まっているという情報はあった。

 そのため新たな要石を設置するために山頂から岩を背負いながら下山したのが数週間ほど前のこと。

 それから里の鍛冶師と祈祷師によって今は要石として整え、設置するための準備をしている矢先のことだった。


「ぎぎゃ■ぎ!」

「ギ■がぎ!」

「ぐがが■ぎが!」


 森の中を走っていると、嫌な予感は的中し森の中には三体の餓鬼が森に棲む小動物を襲っていたところだった。

 兎の耳を掴み、逃げ出そうと必死に暴れるが生きたまま腹へとかぶり付き喰らっていく。

 他の餓鬼は蛙を喰らい、虫を喰らい、木にすら噛り付いていた。


「餓鬼どもめ。森を穢すか」


 食事に夢中の餓鬼たちは互いに背中を見せており、その背後から一刀にて仕留めることは容易い。

 一体は首を飛ばし、一体は頭から股まで真っ二つにし、最後の一体は喉から生えた刃を自身の目で見ながら絶命する。

 餓鬼たちに踏み荒らされた場所は奴らが少数だから良かったものの、十や二十といった数であったなら土地が汚染されていたかもしれない。


「この辺りは……もう居ないか。要石はどうなっている?」


 近くまできたはずの要石を探してみれば、加工された対になった二つの岩を注連縄しめなわで結んだ要石は片方が破損し縄は黒く変色して千切れていた。

 そのため結界は脆くなり、防壁に開いた穴のように外界から侵入できるようになっていた。


「要石がこの有様では目敏い者なら侵入してきてもおかしくないか。それより……ウイッ! 何処にいる!」


 森の中に木霊する呼び声に木々が揺らめいたことで咄嗟に柄に手が伸びる。

 瞬時に抜刀できるように腰を落とし、周囲の物音を少しも逃さぬように耳を澄ませれば周囲の音がハッキリと聴こえてくる。

 草が風によって揺れ動く音。鳥の鳴き声や虫が飛び立つ音。落ちる木の葉が地面に触れた音さえも拾い上げるほどに集中すれば遠くから素早く移動する気配があった。

 それは草木を揺らすが地面を踏むことなく、まるで疾風のような速度で近付く気配に柄を握る手は強くなる。

 雑草を揺らす音からして鳥であれば大きさから察するに低飛行すぎ、また餓鬼であれば一目散に向かってくるにしては獲物である動物を無視し過ぎていた。


「はいはいはいっ! ウイは居ますよ! ちょっと避難してただけじゃないですか! なんですか!? 避難したら非難されるとかそれでも守護姫様ですかね!?」


 割れた要石に飛びつき抱き着くのは所々が薄汚れた小袿こうちぎを纏う女の霊魂だ。

 慌ただしく現れたのは彼女が「消えたくない」との想いで悪霊となりつつあったのを戒めた際に、少々手荒になったことが原因のようだが完全に祓われるよりは上等だろう。

 元は想い人を待っていた高貴な女らしいが、どれほど待っても男は現れず、紆余曲折の末に恨み辛みを抱えた女は息絶えこの森を彷徨っていたらしい。

 そんな女の霊を要石にて張っていた結界の見張り役として用立てていたが、持ち場を無断で離れるなど理由次第では残念な処断を下さなければならないだろう。


「ウイ。何があった? 事と次第によっては……」

「待って待ってくださいっ! ウイにも言い分がありますよ!」

「釈明するには御粗末すぎる。こうなる前に報告するべきではないか?」

「そうかもしれませんけど話を聞けば酌量の余地アリかと思います!」


 刀の鯉口を切り、陽の差し込みが反射して刀身の輝きがウイの今後を占う。

 先の餓鬼たちの血を啜った刀は命を刈り取る前よりも輝きを増しているかのようであり、またそれは新たな命を待ち望んでいるようにも見えた。

 そんな殺伐とした雰囲気を感じ取ったウイは慌てふためきつつも何があったのかを話し始める。


「えっとどこから言えば……ああそうだっ!? 鬼! 鬼が出たんですよ!?」

「餓鬼たちのことか?」

「最初はそうでしたっ。ウイも餓鬼たちは何度も相手にしてますからちゃんと追い払っていたんですよ? アレが何体来ようともこの結界を破られるほどではなく……」

「面倒だから纏めて祓おうとした訳ではない、と?」

「………………ナンノコトデショウカ?」

「注連縄の汚染度合いの問題だ。奴らが一体か二体程度では結界は何ともならない。しかし餓鬼たちが二十体や三十体ともなれば話は別だ」


 餓鬼はその身体から吹き出す汚染息によって周囲の自然を破壊していき、それは数体程度であれば例え古くなっていたとしても纏めて来ようとも結界は奴らを遮るだろう。

 しかし一箇所に餓鬼たちが来たのであれば古くなった要所は脆く、そこを突かれれば結界が破られる可能性はある。


「……一体でも見つければ早々に祓え。過信するな。私は前からそう言っておいたはずだが?」

「そうですけどっ! けど、けどウイもですね? こんな広い森の結界の四方をウイだけで見るなんて無茶ですよっ!」

「お前は霊体だ。飲まず食わず眠ることもせずとも活動できる。日中夜変わらずに監視できるのはお前だけの優位性とは思わないか?」

「でもウイだけでですよ!? 同時に要石が壊されたら何も出来ませんよ!?」

「そうならないために要石を定期的に交換し、私も森の巡回をしている。それに人界近くの西側は【アクタ一家】が睨んでいる」


 西側の里から離れた森の中にアクタ一家という家がある。それはオウカやクロ、シロたち三姉妹とその母親が暮らす家であった。

 なんてことのない極めて普通の木造家屋は一家四人で暮らすには十分な間取りを有し、遊ぶ場所や鍛錬所など森という広大な遊び場があるのだから問題はない。

 しかし里から離れて一家だけで暮らすのは無論のこと理由があり、里の者たちからすれば恐れがあり、本人たちもまた距離を置くくらいが丁度良いと考えてのことだった。


「うぅ……あの災禍の者たちですか?」

「ウイ。彼女たちを愚弄することも見下すことも許さん。二度と言うな」


 だからこそ、頭ごなしの拒否反応で彼女たちを馬鹿にする態度をするウイを𠮟りつける。


「だだだだってだってっ! 恐くないんですか!?」

「はぁ……彼女たちは彼女たちの生き方がある。それだけの話だ。それよりもウイ。まだ重要なことを聞いていない」

「何でしょうか?」

「決まっているだろう。鬼についてだ」


 結界を壊したであろう餓鬼たちよりも恐ろしき怪物。悪鬼羅刹の代名詞。平穏の侵犯者。傍若無人の化身。

 自然災害も然ることながら、奴らの脅威もまた災害に近い。

 頭部には角があり、その怪力は人の首を片手で圧し折り、巨岩をも持ち上げ、逃げ惑う大人たちを自慢の俊足で掴まえ甚振る残虐性を持つ。

 あらゆる物を奪い、あらゆる者を犯し、あらゆるモノを喰らい、あらゆるものを踏み躙る。

 それこそが【鬼】と呼ばれる種の者たちだった。


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