第2話:隠れ里「不嶽」

 囲炉裏で熱せられた汁物を飲みながら、アキは先程のオウカの態度に不満を言い散らしていた。


「アイツは何も考えていないんですよ! 自分が良ければ何でもいいとか思っているんじゃないんですか? ああ嫌だ嫌だ! 周りが迷惑してるってことを理解してるんですかね? いや考えていませんね、アレは!」

「行儀が悪いよ、アキ」

「タエだって嫌気が差してるんじゃないの!? あんな自己中心的な奴に絡まれてさ!」

「それはそれ。これはこれ。私が受けてる時点で私にも責任があるの。オウカだけを悪くは言えないの」

「でもさ―――「アキ」―――は、はい。サクヤ様」

「食事中は静かに。それと本人が腹に収めたことに口出しするものではないよ」

「…………分かりました」


 渋々引き下がってくれたアキは黙って配膳された食事を食べ始め、タエは小さく頭を下げて礼をした。

 タエなりに自分の中に収めているのだと察して仲裁に入ったが、余計な世話だと言われなかっただけタエも落ち着いているようだった。

 里の街中には森の中で得られる山菜や、川魚を調理してくれる台所が人界からの隠れ里である【不嶽ふがく】には在る。

 里にある家々に台所が無い訳ではないが、時たま調理をしたくない日もあれば手早く済ましたい者もいる。

 そんな時はこの店で取ってきたモノと引き換えに料理を提供して貰ったりしていた。

 自然と人が集まる場所だからこそ、情報もまた集まってくる。


「サクヤ様! サクヤ様はいらっしゃるかい!?」


 そんな折に鼠人の小母さんが店内に駆け込んでキョロキョロと店内を見渡していた。

 血相を変え汗を流して駆け込んできたところを見れば何らかの異常事態が起きているのだと悟り、食べ終える前ではあったが話を聴かない訳にもいかず箸を置いた。


「此処にいる。何があった?」

「あぁサクヤ様! 実は森の中から出てきたあやかしが里に入り込んできたんだよ!」

「あやかしが? どんな奴だ?」

「餓鬼が七体です! しかも人面瘡まで憑りついてたっ! ああ恐ろしいっ」


 あやかしが入り込んだと聞いて店内が騒然とし、小母さんは産毛が逆立ち両手で自分の身体を抱くように腕を組んで震えていた。

 里にあやかしが入ってくること自体が珍しい話だ。森の中では時たま見かけるため斬り祓うこともあるが、里の周囲には結界が敷かれているのであやかしは入って来れないはずだった。


「結界が緩んでいる? そちらの調査もしたほうが良さそうだ。が……」


 今は目の前にやってきた脅威を斬り祓うほうを優先するべく、刀を腰帯に差して立ち上がる。

 敵が鬼の成り損ないに過ぎない餓鬼とはいえ、力を持たない幼子などが怪我をしては一大事だった。


「早々に始末をつけて森に入る。他にもいるかもしれない」

「サクヤ様! 私も行きますっ!」

「私も共に行きましょう」

「アキもタエも避難を……いや、森は広い。人手は多い方がいいか。すまないが協力してくれるか?」

「はい!」「はい」


 二人の声が店内に響き、そして近くに置いていた武器をそれぞれ手に取った。

 アキは自らの素早さを活かすための短刀を。タエはその身体からは想像できない怪力を活かすための大太刀を。

 二人の実力は持ち前の仲の良さを加味せずとも餓鬼程度には決して劣ることは無く、その連携を持ってすれば鬼にも退かぬ刃になる。

 何一つとして心配するようなことはないが、それでも油断だけはしないようにと釘をさして店を出た。

 里はそれほど大きい訳でなく、人数だけで見れば百人にも満たない程度。それだけに油断すれば呆気なく滅びる程度の規模でしかない。

 ゆえに、害ある者の侵入を許してはならない。


「きゃあああ!」「助けてっ!」「餓鬼だぁああ! 餓鬼が来たぞ!」


 四方八方から悲鳴があがる中を駆け抜けていけば騒動の中心へと辿り着く。

 そこに居たのは七体の餓鬼。痩せ細り、大きめの木々の枝を武器にしている点は変わらない。

 しかしその身体には腹や腕、膝などに人の顔らしきものがついて木の実や根菜を本体の餓鬼とともに食っている。


「本当に人面瘡……」

「でも良かったっ! まだ誰も怪我をしていないみたい!」

「タエ。アキ。刀を抜け。即座に終わらせる」

「「はい!」」


 各々が鞘からその刀身を晒して敵へと向ける。

 全てこの里にて鍛え上げられた刃。アキの小刀も、タエの大太刀も敵を斬るのに十二分に役目を果たせる一品であり、もしも通用しないとしたらそれは個人の技量が拙すぎるのだ。


「ギぃ■あイき■り」「がぎ■ぎり■き」「ゴが■■ぎぐ」


 畑に侵入していた餓鬼たちがこちらに気づくと仲間たちと会話らしきものをし、近くにあった鍬や桶、木の棒など手に取って構えた。

 人面瘡の穴からは紫色の煙を吐き出し、動く度に口や目のように見える場所から液体を噴き出す。

 餓鬼は永遠に満たされない飢えと渇きを持ったあやかしであり、その腹がどれだけ膨れようとも満たされることはない。

 常に餓え、常に渇き、常に次を求め、常に満たされない者。害あるあやかし、妖魔と呼ばれる者たちだ。


伺便しべんの餓鬼共よ。現世に貴様らの生きる場所はないと知れ」


 刀を構えて敵を睨めば、餓鬼どもは一瞬たじろぎ、それでも雄叫びをあげて襲い掛かる。

 その行動は統率されてなく、ただバラバラに近くにいる者へと襲い掛かる幼稚な戦術とも呼べないものだった。


「まずは私が」


 大太刀を引き抜いたタエが踏み込めば渇いた地面に足跡をつけ、その強力な膂力で振り抜いた大太刀は三体もの餓鬼を一太刀で仕留めてしまう。

 腐汁を身体から溢れさせて死んでいる餓鬼を見て、他の餓鬼たちは驚き足を止めてしまう。


「ギあ■きっ!?」

「おいたをする奴らに、情けは要らないねっ!」


 足跡すら残さない速さで止まった餓鬼の背後を取ったアキが二体の餓鬼の首を斬り落とす。

 瞬時に半分以上が屍を晒すことになり、残った二体の餓鬼はそれでも前へと進み、同時にとび跳ねて持っていた鍬を、棒を振り上げた。


「遅い」


 餓鬼たちが手に持った武器を振り上げる前、飛び跳ねる前から餓鬼がそう来るだろうと想像がついていた。

 そしてそれは、餓鬼たちが武器を振り上げたまま横を通り過ぎ、地面に着いた瞬間に身体がバラバラになった想像通りの結果を齎した。

 血振りを行い、懐から和紙を取り出し刃に微量に残った血のりを拭き取り鞘に納める。


「二体で十九回か。準備程度にはなったな」

「サクヤ様、流石ですっ! 全然剣閃裏で熱せられた汁物を飲みながら、アキは先程のオウカの態度に不満を言い散らしていた。


「アイツは何も考えていないんですよ! 自分が良ければ何でもいいとか思っているんじゃないんですか? ああ嫌だ嫌だ! 周りが迷惑してるってことを理解してるんですかね? いや考えていませんね、アレは!」

「行儀が悪いよ、アキ」

「タエだって嫌気が差してるんじゃないの!? あんな自己中心的な奴に絡まれてさ!」

「それはそれ。これはこれ。私が受けてる時点で私にも責任があるの。オウカだけを悪くは言えないの」

「でもさ―――「アキ」―――は、はい。サクヤ様」

「食事中は静かに。それと本人が腹に収めたことに口出しするものではないよ」

「…………分かりました」


 渋々引き下がってくれたアキは黙って配膳された食事を食べ始め、タエは小さく頭を下げて礼をした。

 タエなりに自分の中に収めているのだと察して仲裁に入ったが、余計な世話だと言われなかっただけタエも落ち着いているようだった。

 里の街中には森の中で得られる山菜や、川魚を調理してくれる台所が人界からの隠れ里である【不嶽ふがく】には在る。

 里にある家々に台所が無い訳ではないが、時たま調理をしたくない日もあれば手早く済ましたい者もいる。

 そんな時はこの店で取ってきたモノと引き換えに料理を提供して貰ったりしていた。

 自然と人が集まる場所だからこそ、情報もまた集まってくる。


「サクヤ様! サクヤ様はいらっしゃるかい!?」


 そんな折に鼠人の小母さんが店内に駆け込んでキョロキョロと店内を見渡していた。

 血相を変え汗を流して駆け込んできたところを見れば何らかの異常事態が起きているのだと悟り、食べ終える前ではあったが話を聴かない訳にもいかず箸を置いた。


「此処にいる。何があった?」

「あぁサクヤ様! 実は森の中から出てきたあやかしが里に入り込んできたんだよ!」

「あやかしが? どんな奴だ?」

「餓鬼が七体です! しかも人面瘡まで憑りついてたっ! ああ恐ろしいっ」


 あやかしが入り込んだと聞いて店内が騒然とし、小母さんは産毛が逆立ち両手で自分の身体を抱くように腕を組んで震えていた。

 里にあやかしが入ってくること自体が珍しい話だ。森の中では時たま見かけるため斬り祓うこともあるが、里の周囲には結界が敷かれているのであやかしは入って来れないはずだった。


「結界が緩んでいる? そちらの調査もしたほうが良さそうだ。が……」


 今は目の前にやってきた脅威を斬り祓うほうを優先するべく、刀を腰帯に差して立ち上がる。

 敵が鬼の成り損ないに過ぎない餓鬼とはいえ、力を持たない幼子などが怪我をしては一大事だった。


「早々に始末をつけて森に入る。他にもいるかもしれない」

「サクヤ様! 私も行きますっ!」

「私も共に行きましょう」

「アキもタエも避難を……いや、森は広い。人手は多い方がいいか。すまないが協力してくれるか?」

「はい!」「はい」


 二人の声が店内に響き、そして近くに置いていた武器をそれぞれ手に取った。

 アキは自らの素早さを活かすための短刀を。タエはその身体からは想像できない怪力を活かすための大太刀を。

 二人の実力は持ち前の仲の良さを加味せずとも餓鬼程度には決して劣ることは無く、その連携を持ってすれば鬼にも退かぬ刃になる。

 何一つとして心配するようなことはないが、それでも油断だけはしないようにと釘をさして店を出た。

 里はそれほど大きい訳でなく、人数だけで見れば百人にも満たない程度。それだけに油断すれば呆気なく滅びる程度の規模でしかない。

 ゆえに、害ある者の侵入を許してはならない。


「きゃあああ!」「助けてっ!」「餓鬼だぁああ! 餓鬼が来たぞ!」


 四方八方から悲鳴があがる中を駆け抜けていけば騒動の中心へと辿り着く。

 そこに居たのは七体の餓鬼。痩せ細り、大きめの木々の枝を武器にしている点は変わらない。

 しかしその身体には腹や腕、膝などに人の顔らしきものがついて木の実や根菜を本体の餓鬼とともに食っている。


「本当に人面瘡……」

「でも良かったっ! まだ誰も怪我をしていないみたい!」

「タエ。アキ。刀を抜け。即座に終わらせる」

「「はい!」」


 各々が鞘からその刀身を晒して敵へと向ける。

 全てこの里にて鍛え上げられた刃。アキの小刀も、タエの大太刀も敵を斬るのに十二分に役目を果たせる一品であり、もしも通用しないとしたらそれは個人の技量が拙すぎるのだ。


「ギぃ■あイき■り」「がぎ■ぎり■き」「ゴが■■ぎぐ」


 畑に侵入していた餓鬼たちがこちらに気づくと仲間たちと会話らしきものをし、近くにあった鍬や桶、木の棒など手に取って構えた。

 人面瘡の穴からは紫色の煙を吐き出し、動く度に口や目のように見える場所から液体を噴き出す。

 餓鬼は永遠に満たされない飢えと渇きを持ったあやかしであり、その腹がどれだけ膨れようとも満たされることはない。

 常に餓え、常に渇き、常に次を求め、常に満たされない者。害あるあやかし、妖魔と呼ばれる者たちだ。


伺便しべんの餓鬼共よ。現世に貴様らの生きる場所はないと知れ」


 刀を構えて敵を睨めば、餓鬼どもは一瞬たじろぎ、それでも雄叫びをあげて襲い掛かる。

 その行動は統率されてなく、ただバラバラに近くにいる者へと襲い掛かる幼稚な戦術とも呼べないものだった。


「まずは私が」


 大太刀を引き抜いたタエが踏み込めば渇いた地面に足跡をつけ、その強力な膂力で振り抜いた大太刀は三体もの餓鬼を一太刀で仕留めてしまう。

 腐汁を身体から溢れさせて死んでいる餓鬼を見て、他の餓鬼たちは驚き足を止めてしまう。


「ギあ■きっ!?」

「おいたをする奴らに、情けは要らないねっ!」


 足跡すら残さない速さで止まった餓鬼の背後を取ったアキが二体の餓鬼の首を斬り落とす。

 瞬時に半分以上が屍を晒すことになり、残った二体の餓鬼はそれでも前へと進み、同時にとび跳ねて持っていた鍬を、棒を振り上げた。


「遅い」


 餓鬼たちが手に持った武器を振り上げる前、飛び跳ねる前から餓鬼がそう来るだろうと想像がついていた。

 そしてそれは、餓鬼たちが武器を振り上げたまま横を通り過ぎ、地面に着いた瞬間に身体がバラバラになった想像通りの結果を齎した。


「二体で十九回か。準備程度にはなったな」


 血振りを行い、懐から和紙を取り出し刃に微量に残った血のりを拭き取り鞘に収めた。

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