とあるアナタとある希望

こうしゅう

第1話 とあるアナタとある希望1

『あの時は済まんなかった!』


 そんな、誤字混じりの言葉を始まりとして送られてきたメッセージに、アナタは送り主と交わした最後のやりとりを思い出した。


 このメッセージの送り主は知己の仲と言える相手で、アナタにとっては数少ない“普通の”友人だった。公私共に色褪せた世界に生きるアナタにとって、彼の存在はそれなりに貴重なものだった。

 そんな彼と仲違いし、連絡が途絶えてかれこれ二ヶ月程になる。互いに気のおけない間柄だと認識しているアナタと彼がそうなってしまった理由に、意見の相違があった。


 ヴァーチャルライバー。

 近年その認知度と人気を急激に高め、経済を回す歯車の一つとして台頭してきた存在が居る。

 創造されたキャラクターに現実の人間が宿り、二次元であり三次元としてこの世に生を受けた存在、それがヴァーチャルライバーと言うものだ。


 ――端的に言ってしまえば、世に数多く存在する配信者ライバーが、自身の姿形では無く、架空のキャラクターアバターを介して活動しているのだ。

 配信者の中には、自身の顔や姿を露出させている人も多い。ヴァーチャルライバーは自身の露出を避ける人が、アバターを纏い活動をしている訳だ。


 このヴァーチャルライバー、初期の頃はともあれ、現在では色々なところで目にすることが非常に多くなってきた。それだけ彼、あるいは彼女達の存在が人気を博している証明なのだろう。

 だが、そんなヴァーチャルライバーを毛嫌いする人も少なくは無かった。

 アナタと知己の関係にあるメッセージの送り主もその一人で、彼は大別すればアニメオタク、アニオタと分類される人間だった。

 オタク文化と言うものに理解がある筈の彼がどうしてヴァーチャルライバーを嫌っているか。そこにはアニメを、アニメに登場するキャラクターを好きだからこそ、キャラクターと言うアバターを着飾り持て囃され、また多くの金銭を得ていることが気に入らないと言う理由があった。


 アナタもオタク文化に精通している自負はあるし、アナタと彼が知り合った切っ掛けもそこにある。だからこそ、アナタは彼がヴァーチャルライバーを嫌う気持ちを理解出来た。

 同時に、「そこまで気にすることだろうか?」と言う疑問も持っていた。

 アナタは彼と違い、ヴァーチャルライバーと言う存在を受け入れていたし、むしろ好きな部類に入る。プライベート的な意味でも、所謂「推し」と呼ばれる存在は居るし、ビジネス的な意味でもアナタは繋がりを持つ人間だった。


 だからこそ、アナタはヴァーチャルライバーへ不快を見せる彼にこう言った。


『ヴァーチャルライバーもアニメキャラクターも同類項だろう』と。


 すぐさま強く抗議の声を上げた彼に、アナタは続けた。


『ヴァーチャルライバーはキャラデザインを担当する母が居て、それを2Dや3Dで動くようにする父や技術屋が居て、完成したアバターを着る配信者が居る。

 アニメキャラクターも、キャラデザインを創り映像として動かすアニメーターが居て、声を宿す声優が居る――ヴァーチャルライバーが嫌いならアニメキャラクターも嫌い、ひいてはアニメも嫌いと言う結論にならないか?』


 中に居る人が気に入らないと言うのであれば、お前が大好きな声優も汚い方法でお金を稼いでいることになるんじゃないか?

 一切の悪意なくそう言ったアナタに、彼は激しい怒声を浴びせかけた。

 彼との連絡が途絶えたのはその日からだった。


 そんな流れで関係が途絶えた筈の彼から唐突に謝罪が届いたので、アナタは仕事の手を止め、次々と送られてくるメッセージに目を通した。

 メッセージの内容はなんて事はない。つい最近になって気になるヴァーチャルライバーが出来た。アニメに注ぎ込んでいたお金が投げ銭で消えてしまうのが困りものだ。俺の頭が固かった。きちんと謝りたいから今度ご飯を奢らせてくれ、と言うものだった。


 アナタとしてはなんの問題もない、諸手もろてを挙げて喜ぶべき提案だった。

 何度も言うが、アナタにとって彼は掛け替えのない“普通の”友人である。彼との関係が切れたことに僅かながらの存念があったアナタには、その提案を断る理由なんてどこにもなかった。


 アナタは端的に了承の旨と、期日を尋ねる内容を送り返した。その返事は早いもので、メッセージを送信して数十秒後には彼から電話が掛かってきた。

 アナタはスマホ画面の通話をタップし、久しぶりに聞ける友人の声に頬を緩めた。


 そして思う。

 さて、彼が好きになったヴァーチャルライバーとはどんな人だろうかと。

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