九番線 中央鐡道學園

 時刻は八時二十二分。

 時間ぴったりに到着した鐵道省201系の重厚な扉が開く。

 西国分寺駅三番線ホームに降り立つとすぐに扉が閉まり201系は行ってしまった。

 ゴォォォーー ダダン ダダン

 向かい側一番線をものすごい勢いで通過した201系はおそらく通勤快速だろう。

 この駅は優等列車が一本も止まらない。

 だからラッシュ時など本数の多い時間帯は一番線と四番線に基本的に列車が止まらない。

 ホームを歩き改札へ向かうエスカレーターを登り駅員さんの立っている横にある自動改札を通った。

 中央鐡道學園は西国分寺駅の南口を出てすぐの場所にある。

 「ここからどれくらいなの?」

 「多分十分くらいじゃないか、確かプリントにそう書いてあったような 」

 翼は手に持っていたカバンから書類が入っている動輪マークが印刷されたファイルを素早く取り出した。

 プリントには集合時間と集合場所、中央鐡道學園への行き方が書いてあった。

 「九時に新壱いち校舎に集合だって」

 「あと三十分くらいあるな、どうする?」

 「まあ、早く行く分には怒られないと思うからとりあえず行ってみよう 」

 「それもそうだな 」

 俺と翼は西国分寺駅を出て武蔵野線の北府中方面に向かって歩いた。

 途中Xの形をした陸橋がありそれを渡ってまた一直線。

 プシュッ フォーーン

 白い壁の向こうから電気機関車の起動音が聞こえてきた。

 そしてD51が置いてある校門前に着いた。

 校門の右には真四角の小屋があってその中に警備員さんが座っていた。

 「「おはようございます 」」

 俺たちが挨拶すると警備員さんも笑顔で挨拶してくれた。

 中に入ってすぐ右には中央線から伸びる本物の線路が敷かれていた。

 ここからではよく見えないが、新幹線や電車、それに蒸気機関車や試験車両なんかも置いてあった。

 約二十二万平方メートルという広大な土地に、校舎、実習設備、図書館、学生寮、陸上競技場、野球場、そしてテニスコートなどを備えている鐵道省の中枢的な教育機関だ。

 校舎はなんというかプレハブ小屋を重ねたような真っ白い長方形の建物だ。

 プリントに書かれている新第壱校舎は奥の方にある陸上競技場と道場の間にある。

 新第壱校舎に向かうまでに何人かとすれ違ったが、全員鐵道省の制服を着ていた。

 おそらく全員が鐵道省関係者なのだろう。

 この學園は鐵道省で働くための力を養うため他の学校とは違い鉄道に関係する勉強を多く行う。

 そのため教師として現役鐵道省職員か、元鐵道省職員が指導することもある。

 テニスコートと道場の間にある細い道を通ると目の前に現れたのは比較的新しいコンクリート作りの校舎だった。 

 校舎に入ってすぐの場所に「プログラム参加者ハ二階二〇一号室ヘ」と書いてあった。

 階段を登って指定された教室に向かう。

 ガラガラ

 俺の高校と同じ横開きドアを開けると、十人ほどの生徒が座っていた。

 「まだあんまりいないみたいだね 」

 「結構早く来たからな、後20分くらいあるし 」

 俺たちはホワイトボードに貼ってある座席表の通りに座った。

 俺は窓側の後ろから二番目の席で翼は窓側から二列目の二番目で俺の隣だった。

 「よかったよ、翼が隣で知らない人に囲まれると妙に緊張しちゃうからさ 」

 「うん、僕も大和隣で嬉しいな 」

 翼は頬を赤くして照れながら言った。

 コンコン

 カーテンの掛かった窓の方からノック音が聞こえた。

 それに影絵のように何かがカーテンの外で動いている。

 「え?翼一応確認するけど、ここ二階だよね?」

 翼はビクビクと体を震わせながら頷く。

 「だよね、ということは、ま・さ・か 」

 「ゆ、幽霊だーー 」

 翼はそう叫ぶと、教室の奥の方にある掃除道具入れあたりまで一気に走った。

 周りの生徒はもう教室の外に出ていた。

 この場にいるのは俺だけかよ。

 怖いという気持ちより何が外にいるかの方が気になった俺は、アイボリー色の薄い布でできたカーテンを勢いよく開けた。

 シャーー

 カーテンがレールを走る音と共に一本の手が見えた。

 コンコン

 「開け...... くれー」

 近くに鉄道路線があるこの學園では教室が防音加工されているので、外ににいるやつの声がよく聞こえない。

 俺は窓のロックを外し、開けようとしたがその前に思い切り扉が空いた。

 ガラガラ ドン

 思い切り窓を開けたのでものすごい勢いでが窓が開き壁にぶつかった。 

 反動で少し窓が戻ったがそれを気にすることなく思い切り腕を伸ばした。

 俺がその腕を思い切り持ち上げると窓の外から勢いよく大柄の男が飛び出してきた。

 その瞬間スローモーションのように周りがゆっくりと見えた。

 飛び出してきた男はそのまま俺を飛び越え靴についていたであろう土が顔をかすめた。

 そして翼の前の席に着地した。

 自然と手は離れていたが俺はその男の方向を見ていた。

 その男も俺を見てしばらくの沈黙が続いた。

 「すばる待って、私は何もしないから 」

 突然、俺の後ろに紫色の瞳をした女性が現れた。

 あの窓から入ってきたのか?誰の手も借りないで?

 室内が暖かかったからか冷たい風が一気にこちらに入ってきた。

 女性は乱れた前髪を人差し指でなぞるように直す。

 紺色の制服の胸元には動輪マークを真ん中に左右にオジギソウのような葉が伸びた金色の階級章がついていた。

 バチバチ

 「おい、明らかに俺に危害を加えようとしてるだろ!」

 え?

 なんとその女性は右手にスタンガンを持っていたのだ。

 なんでそんなもん持ってんだよ!

 コツコツ

 驚いている俺をよそにその女性は近づいてきた。

 ガシャン

 俺はびっくりして椅子を倒しながら尻餅をついてしまった。

 やばいやられる!

 目の前に腕をクロスさせ咄嗟に防御姿勢を取った。

 コツコツ  

 次第に靴音は遠のいていき俺はガードを緩めた。

 「おいあやめ、俺は先生にどこに行けば聞いただけで決して...... 」

 その男は必死で何かを伝えようとしていたが、それを遮って女性は言った。

 「私は浮気を許さない 」

 「待て、おいやめ 」

 男の必死な抵抗も虚しく女性はスタンガンのスイッチを入れた。

 バチバチバチバチ

 「ぐわーー 」

 さっきよりも長い電撃音と共に男は女性の方向に倒れた。

 それに焦ることなく男をキャッチすると、ホワイトボードを見て俺の前の席に気絶した男を置いた。

 倒れていた机や椅子を素早く片付け土で汚れた窓の縁や机を丁寧に拭くと何も言わずに立ち去っていった。

 俺は立ち上がってブレザーについた汚れを払った。

 辺りを見渡すと先程まで廊下で立っていた生徒たちは教室の次席に座っていた。

 翼は気絶した男のところにいき心配そうに声をかけていた。

 「大丈夫?」

 「大丈夫か? 」

 俺と翼が呼んでも反応がなくずっと机に突っ伏している。

 こういう時自分の名前を言われると意識がはっきりすると聞いたことがあったのでホワイトボードに貼られていた名前を呼んだ。

 「大丈夫か?大間おおますばる

 「う、ああ大丈夫だ 」

 どうやら効果があったようだ。

 大きな上半身を起こし、教室を見渡す。

 「お前が俺を引っ張ったのか?」

 「ああ、そうだとも 」

 俺がそういうと男はカッと笑い手を差し出した。

 「ありがとう、出身の俺は大間 昴だよろしくな 」

 俺も手を差し出し、握手をしながら自己紹介する。

 「俺は翡翠ひすい高校出身の甲武大和、よろしく 」

 握手はとても力強く正直少し痛かったが今の俺にとっては些細なことだった。

 「あ、あの〜 」

 俺の後ろに隠れていた翼がぴょこっと顔を出した。

 頭をポンポンと叩き俺が翼を紹介した。

 「俺と同じ学校の参宮翼だ 」

 「参宮翼です。よ、よろしくね 」

 俺に続けて小さな声で翼は言った。

 すると大間は少し驚いた顔をして言った。

 「すごいな甲武は、彼女か何かか?」

 大間さん何言ってるんですか?違いますよ!

 俺は左手でおでこを押さながら言った。

 「あのな、制服を見てみろ男用だろ?」

 大間は首を上下に動かしながら翼を見た。

 「まっ、まさか、彼女に男装させてるのか?」

 「ちげぇーよ、なんでそうなるんだよ。なんで男かもしれないって思わないんだよ!」

 大間は納得したのか拳と掌を合わせて言った。

 「そうか!だから男物の制服を着てるのか、ごめんな参宮 」

 どうやらやっと理解したようだ。

 そういえばなんでスタンガンを持った女子に襲われてたんだろうか?

 「大間、なんで窓から入ってきたんだ?それに女子に追われてたよな?」

 大間は肘を机に手をおでこにあて大きなため息をついた。

 「はぁ〜、あれか......。少し長くなるがいいか?あと俺は昴でいいぞ 」 

 「時間もまだあるしいいよ、俺は大和で 」

 「僕は翼でいいよ 」  

 俺たちがそう答えるとこちらに体を向けて話し始めた。

 「さっきの女、中越なかごしあやめと言うんだがあいつはこの學園の公安科だ 」

 この學園にはいくつもの科がある、鉄道の運転士を育成する運輸科などなど沢山ある、その中に鐵道公安科というものがある。

 鉄道の警察官のようなもので、なんと銃まで所持している。

 「なんで、公安科の中越さん?に追われてるんだよ、何かしたのか?」

 「なにもやってねぇよ、ただ...... 」

 昴の言葉が詰まった。 

 「ただなんだよ 」

 「ただ女の先生に道を聞いたんだ 」

 「はあーー?」

 なんだよそれ、ただ女性の先生に道を聞いただけであんなことになるのか?

 「女の先生が道を教えてくれる時風が吹いたんだよ、その時一瞬な、健康的な生足が見えたんだ 」

 「もしもし中越さん、ここに変態がいます 」

 「おいバカやめろ、まじで来たらどうすんだ!」

 昴は周りを見渡して本気で警戒しているようだ。

 「で?どうしたんだ 」

 昴が話を続ける。

 「それで急にあいつが現れて『浮気、許さない』とか言って追いかけられたんだよ、スタンガンを振り回されながらな 」

 そんなの初対面の人にやるのか?

 「その中越さんって人とは知り合いなのか?」

 すると昴は大きなため息をついてから答えた。

 「はあ、あいつはな俺のストーカーなんだよ 」

 おそらくこの場合ストーカーというのは自動給炭機のことではなく、つきまといとかをする人のことなのだろう。

 「「ストーカー?」」

 「そうだ、あやめと俺は中学校が同じでな、その時から追いかけ回されたり、待ち伏せされたり、それに俺を盗撮した写真がポストに入っていたり...... 」

 それは素直に国家権力に頼るべきでは?

 「まあ中学校を卒業した後は別々の高校に行ったこともあって何もなかったんだがな 」

 「なんというか、大変だな昴は 」

 「でも、中越さんの気持ち分かるかも、好きな人が他の人と喋ってるのを見るのは少しムッとしちゃうよ 」

 え?翼さんまさかヤンデレ属性なのか?

 「翼も誰か気になる人いるのか?」

 俺がそう聞くと翼はムッとほっぺを膨らませてそっぽを向いた。

 「いたとしても大和には教えないよーだ 」

 「なんというか大和はストーカーとかされても気づかなそうだな 」

 「どういう意味だよ!」 

 ジリリリリリーー

 蒸気機関車が現役で走っていた頃の発車ベルに似た音が鳴った。

 ガラガラ

 前の扉がゆっくりと開き黒い服を着た大柄の男性が堂々と歩いて教壇きょうだんに立つ。

 昨日健康診断の説明をしていた人だ。  

 名簿を小脇に抱えたまま渋い声で言った。

 「全員起立 」

 皆バラバラと立ち上がり机や椅子からキィーという音が聞こえた。

  「礼、着席。これからこのクラスを担当する足尾だ。早速HR《ホームルーム》を始める。そうだな、とりあえず自己紹介からだ 」

 廊下側一番前の人から順に自己紹介が始まった。

 クラスの内訳は大体男子六、女子四で想像していた以上に女子が多かった。

 てっきり男だらけかと思っていたがそんなことはなかった。

 淡々と自分の名前を告げるだけの作業が進み次は翼の番だ。

 「ぼっ僕は、翡翠高校出身の参宮翼です。好きなことは料理です。よろしくお願いします 」

 相変わらず翼は少し恥ずかしそうにしていたがそんな仕草も可愛らしい。

 翼が静かに座り次の人が自己紹介を始めた。 

 「銀嶺ぎんれい学院出身の、信濃しなのさくらです。よろしくお願いします 」

 可憐な彼女を前に生徒の皆が釘付けになっていてる。

 無理もない、こんなに可愛い女子が同じ学校にいるなんてとても幸せなことだ。

 「ゴホンッ、次 」

 「はっはいーー」

   先生の咳払いと共にまた自己紹介が始まった。

 「俺は大間昴、煌星こうせい高校出身だ。よろしく頼む 」

 昴は結構身長が高く立ち上がるとかなり大きかった。

 さて次は俺の番だ。

 「翡翠高校出身の甲武大和です。これからよろしくお願いします 」

 普通の挨拶だなと思ったか?

 だがこんな時にとがった挨拶なんてしたら今後の学校生活に関わる。

 こういう時は無難に普通にが一番だ。

 俺の自己紹介が終わると次は後ろの人なのだが、どうやら遅刻しているようだ。

 ガラガラ

 後方の扉が開きヘルメットを被った人が教室に入ってきた。

 コツコツ

 こちらに歩きながらヘルメットを外すと綺麗な濃い青色の髪が現れた。

 カチャカチャ

 ヘルメットを持ちながら器用に髪を結い、席に着く頃には俺が知っている髪型になっていた。

 まじかよ......。

 ツインテールは息「スゥー」と吸い込むと大きな声で言い放った。

 「霧島高校出身、横須賀 あずさ、私の目標は海軍に入隊することよ 」

 『えっ?』

 「どういうこと?」

 「確か海軍って......」

 クラスにいる全員が声を上げた。

 このツインテール只者ではない。

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轟け!鐵輪!!〜中央鐡道學園の日常〜 鐵 幻華 @yorunokyuo

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