八番線 明日への決意

 「ゴホンッ、ではこれより健康診断の説明を始めます。全員起立、礼 」

 キィー、ガラガラ

 皆はばらばらに立ち上がりパイプ椅子の軋む音、ぶつかる音が聞こえてくる。

 礼もバラバラで一体感がない。

 まあ軍隊でもないしな。

 「着席 」

 またバラバラに席に着くと、説明が開始される。

 そう、今日は入学前日健康診断をやるためにここまできたのだ。

 普通はこんなビルとかじゃなく学校でやるようなことだがおそらく少しでも多く空室を減らしたいのだろう。

 この上野スカイスクレイパーは開業当時こそとても賑わっていて、今使っている会議室も「日本一高いオフィス 」として人気が高く時には使用料を何倍も払ってまだここを使っていた企業もあったそうだ。

 だがそれも昔の話で、バブルが弾けた後は一気に利用客が激減した。

 さらに日本一高い場所にあることが仇となり大きな改装が実施できなかった。会議室直行のエレベーターも2機しかなく多くの人数を運べないこともあり「設備が古くてアクセスも悪い会議室」になってしまった。

 その後鐵道省がこの会議室を積極的に使うようになり空きを減らしている。そのため駅係員なんかもわざわざここに来て会議をしているらしい。

 そんなこともあってか例年このプログラムに参加する生徒はここで健康診断を受けることになっている。

 「ーーこれで説明を終わります。それでは各自移動開始 」  

 皆がバラバラに立ち上がり出入り口に向かう。   

 俺と翼も立ち上がり扉に向かうって歩き出そうとしたその時。

 「男女で別れて残念ねナンパ男 」

 またお前かよ!

 ツインテールが腕を組み俺の顔を覗き込むように見る。

 「大丈夫さ、あんたのを見たいとは思ってないから 」

 俺も腕を組み笑みを浮かべながらツインテールを見下ろす。

 「それはどう言う意味よ! 」

 ツインテールが俺に詰め寄り顔を近づけて睨む。

 「そのままの意味だが?」

 俺も負けじと顔を近づけて睨んだ。

 「「グヌヌヌ」」

 「素早い移動をおねがいします 」

 「「すみません 」」


    ⭐︎


  健康診断は特に変わったことはなく、無事終了した。

 ただ一つ気になったのは俺が出した診断表を職員の人が茶封筒に入れたことだ。封筒が置いてあった机の上には他の人のものであろう診断表が何枚も置いてあった。

 まさか俺が提出したレポートを読んだ鐵道省のお偉いさん達が「この子は逸材だ!」とか「将来の幹部候補にしよう!」ということになって俺の情報を集めてるとかか?

 俺はそんな妄想に夢を膨らませながら第三会議室前で翼を待っていた。

 何人かの生徒は診断表を提出し帰宅し始めていた。

 エレベーターは2機しかなくみんなもバラバラに帰宅するためそこまで人数がいるわけでもないのにエレベーターホールは混んでいた。

 何人かの生徒は、もともと友達だったのかはたまたこの短時間で友達になったのかはわからないが3〜4人くらいで固まり喋っていた。

 もう仲良くなったのか?みんな適応能力高いな。

 「大和〜お待たせ 」

 翼も健診を終えたようでネクタイを整えながらこちらに歩いてきた。

 「お疲れ、それじゃ行くか 」

 「あっ、ちょっと待って!」 

 突然、翼が俺の首元へ手を伸ばした。

 「なっ、なに?」

 「大丈夫、ちょっと動かないでね 」

 俺の首元で数秒手を動かす。 

 「できた!」

 という声と共に首元から手を下ろした。

 一体何をしたんだ?

 俺が分かってなさそうな顔をしていたからか、翼が口を開いた。

 「ネクタイのボタンがちゃんと付いてなかったから直したんだよ 」

 「流石は翼さん、ありがとうございます 」

 「ちゃんと身だしなみには気をつけないと彼女できないぞ 」

 翼はいたずらっ子のような笑みを浮かべ人差し指で俺の胸元を突いた。

 俺はパッと翼の腕を握り、顔を額スレスレに近づけて言った。

 「大丈夫、俺には翼がいるからさ 」

 痛いところを突かれたので咄嗟にこんなことを言ってしまったがこれ人によっては告白じゃないか?

 まずい、また翼に怒られてしまう。

 「そ、そうなんだね。ふ〜ん僕がいるからか...... 」

 あれ?何だか嬉しそうだ。

 翼は指と指を合わせ下を見ながら体を左右に揺らしてなんだかモジモジしている。それに頬が赤く染まっていた。

 まさか熱でも出たのか?

 咄嗟に翼の肩を抑え、翼の額に俺の額を当てて熱があるかを確認した。

 子供の頃熱が出たときによく母親がやってくれていたのを思い出す。まあ今でも額を当ててくるのはちょっと恥ずかしいが。

 「熱はないみたいだな、大丈夫か?」

 「だっ大丈夫だよ!変なことしてないで早く降りるよ!」

 変なことって何だよ!

 何だかとてもやましいことをしてしまった気分になった。

 ちょうどエレベーターが行ってしまったようでエレベーターホールには俺たち以外誰もいなかった。

 周りを見ると残っていたのは男子側女子側にいる白衣を着た人たちと第二会議室で何やら作業をしている先生方、そしてカーキ色の服を着た人だった。

 どうやら学生は俺たちで最後なようだ。

 「ねえねえ、この後どうする?」

 翼がカバンを両手で持ちながら問いかける。

 「そうだな...... 」

 時計を確認してみると時刻は11時10分だった。

 「少し早いが昼ご飯食べてくか?」

 そう答えると翼は右手をカバンから離しグッドサインを俺に向けウインクした。

 「うん!なんか食べたいものある?料理は僕に任せて!」

 あれ、どっかの店に行くんじゃないのか?

 「なんでもいいよ、翼の料理美味しいから 」

 そう答えると翼はそっぽを向きほっぺを膨らませ

 「そう言うのが一番難しいですけど 」

 と、小声で言った。

 「そうなのか? 」

 「うん 」

 まだそっぽを向いたまま翼はアホ毛をぴょんぴょんと揺らしながら頷いた。

 「そうか、翼の料理はどれも美味しいから本当になんでもいいんだけどな 」

 翼の趣味は料理で常日頃から色々なメニューを作っている。前なんて翼の胴体よりでかい中華鍋を使ってチャーハンを作っていた。

 「じゃあ家にあるもので何か作るよ 」

 スッと180度回転しこちらを向いて微笑んだ。

 《33階です 》

 エレベーターが到着し扉が開く。

 俺たちは一応人が乗ってるかもと思い右に避けた。だがやはり誰も乗っていなかったので中に入り2階を押した。

 黒い行き先階ボタンを押すと2の部分が白く光扉が閉まった。 

 タッタッタッ

 誰かがすごい勢いでこちらにくる。

 ガンッ

 エレベーターの扉は閉まる寸前、何か長いものが扉に挟まった。

 その長い棒は俺の腹寸前で止まり、エレベーターの安全装置が作動し扉がゆっくりと開いた。

 危ねぇな!

 「ごめんなさいね、一回下に行っちゃうと長いから...... 」 

 今日この髪型を見るのは何回目だろうか。

 「はあ、またお前かよ...... 」

 ため息と共にそう言い放つ。

 「こっちのセリフよ 」

 ツインテールはお構いなしにズカズカと入り込みその後ろを申し訳なさそうに黒髪ロングのお嬢様が入ってきた。 

 《ドアが閉まります 》

 今回は誰かが止めることなく扉は閉まり、降下し始めた。

 エレベーターの中は嫌な静かさに包まれていた。

 翼はどうすればいいかわからず俺をチラチラ見ているしお嬢様は目を硬くつぶって自分の世界に入ろうとしている。

 そしてツインテールは腕を組み、壁にもたれかかって、外を意味ありげに眺めていた。

 腰あたりまで伸びるフワッとしたツインテール、髪は青15号のような濃い青色でそれが映えるようなクリーム色のセイラー服を着ている。

 ツルツルした材質の黒いパンスト?のようなものを履いていて、ぴっちりと足のラインが見えた。

 太ももがガッチリしていて膝から足の付け根にかけてはパンストからもわかるぐらいふっくらとしていた。

 「なっ、どこみてんのよ!」

 ツインテールは一瞬で顔が赤くなりスカートを押さえ太ももを隠そうとする。

 「どっ、どこもみてねえよ!」

 ごめんなさい、今回は俺が悪かったです。

 ツインテールはフンと鼻を鳴らして再び外を眺めた。

 なんだか落ち着かずいつもの癖で生徒手帳を開こうと胸ポケットに手をとれたその時。

 胸ポケットがなんだかいつもより膨らんでいた。

 あっ、そうだ!

 俺はあることを思い出し胸ポケットから生徒手帳と共に入っていたものを取り出した。

 目の前には綺麗な桜の刺繍が施されたパスケースがあった。

 この状況で声を出すのは勇気がいるが、あの人との約束を俺は守りたい。

 よしっ!行くぞ

 俺は足に力を入れて一歩踏み出し沈黙を破った。

 「あの!これ、朝落としましたよね?」

 突然俺が声を発したので、全員少し驚いて体をビクッとさせた。

 黒髪ロングのお嬢様は俺の手のひらに乗っているパスケースに気がつくとパッと顔が明るくなった。

 「ありがとうございます!無くしたと思って色々探してたんですが、あの時に拾っていたんですね!」

 パスケースと俺の手を握りながら喜ぶお嬢様はとても愛らしくなんだか俺も嬉しかった。

 「そうだったんですね。よかったです。これを拾ってくれた黒い服を着ていた人にも感謝ですね 」

 俺はこのパスケースを受け取った経緯を説明した。

 話しをすると時間は早く進むのかあっという間に2階についた。

 「本当にありがとうございました。明日からよろしくお願いしますね 」

 お嬢様は丁寧にも体を45度に曲げた。

 「はい、こちらこそよろしくお願いします 」

 俺も体を45度に曲げてお辞儀をした。

 ツインテールは挨拶をする前にエレベーターで下に行ってしまった。

 お嬢様はどうやら迎えが来るようで、それまでここで待つそうだ。

 俺と翼は自動ドアを出て駅まで続く短い橋を渡った。

 横幅は6mくらいあり7人くらい並んでも大丈夫そうだ。

 そしてまた自動ドアがあり、そこを抜けて一番近い3、4番線に降りて電車を待つ。

 田端から品川まで山手線も京浜東北線が並走しているので神田駅に向かう俺たちはいつも早く来た方に乗っている。

 《まもなく、3番線に東京、品川方面行きが参ります 》

 どうやら山手線の方が先に来るようだ。

 「さっき言ってた黒髪ロングのお嬢様って言うのがあの人?」

 翼は首を右に傾げて言った。

 「ああ、俺が言ってたのはあの人のことだよ、すごい可愛かっただろ?」

 「うん!凄い可愛かったよ、それにあのツインテールの女の子はすごい美人さんだったね 」

 あのツインテールは知らん。

 「確かにな、だが性格はあれだぞ 」

 なんと言うか、反抗期の妹みたいだった。

 翼は右手を口に当てフフット笑う。

 「大和だって、反抗期ぐらいあったんじゃないの?」

 「おっ、俺はそんな...... 」

 俺は言い返せずに黙ってしまった。

 すると翼はこちらに近づき俺を諭す《さとす》ように言った。

 「そうでしょ?それならあのツインテールの子も多分そうなんだよ。だからそこまで気にしなくていいんじゃないかな?」

 こちらを見る翼の目は優しさにあふれ、視線は暖かささえ感じた。

 流石は翼さん、そんな目で見られては俺は何も言い返せない。

 俺の弱点を知っているな。

 「とりあえず今日は、大和の家でお昼だね 」

 翼は嬉しそうに聞いてくる。

 「うん、よろしくな翼 」

 鐵道省山手線201系が上野駅にいる全員に聞こえる轟音を響かせながら到着した。

 そうだ、他人に構っている暇なんてない、俺はこのプログラムを遂行し、必ず大学校に入学して入省するんだ!

 俺の覚悟と共に扉は開き、勇ましく俺は一歩踏み出す。

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